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冬の訪れ 8

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 山に住むと色々な生き物と出会う。
 熊、猪、鹿、狐、狸、兎、猿、栗鼠、鼠、鼬、白鼻芯、浣熊などなど。
 不思議と猫はあまり見ない。
 寒いのもあるし、やはり人里の方を好むのかここまでやっては来ない。
 だけど意外な事に人里ではあまり見ない犬が多い。猪や熊用の罠に入っている事も多々あるし、驚きなのがどれもこれも雑種ではなく血統書付きというような顔立ちが多いのだ。毛並みは汚れて今ひとつだがトリマーの手のかかれば一瞬で大変身を遂げるだろう。
 そしてもう一匹。ちょろちょろと周囲を窺う子犬は見事混ざっているけど、親が恋しいのか檻の隙間を出入りしながらもいっちょ前に低い体制で唸る姿はご褒美でしかない。
 かといってこのまま放置するわけにはいかず
「ステイ!」
 檻にかかったのが野犬だった事で俺はスープの出汁にしようととっておいた冷凍の猪の骨をいくつか持ちだして唸る犬の親子の前に差し出せば、あばらが浮き出たその体とまだ乳離れしてない子犬に乳房をしゃぶられても膨らみのない様子に子犬も肉付きは可哀想な姿をしていた。
 久しぶりの命令を受けた母犬は檻の中でうろうろするのを辞めてピシリと俺を見て止まる。
「シット」
 きびきびとした動きで座り、次の命令を待つようにしっぽが揺れている。
 檻の手前まで近寄り、猪の骨を見せればひくひくと鳴らす鼻と口元から涎がぼたぼたと落ちだしていた。
「ダウン」
 それでもさっと伏せをしながらも何かを期待する様に顔は向けれど、身体を浮き上がらせないのはしっかりと訓練を受けた優秀な猟犬だからだろう。
「ステイ」
 俺は猪の骨から肉をこそぎ落として母犬の口元に餌を放り投げるもすぐにはとびつかず、命令通り待てが出来るのも子犬を産む間放置されてたのにもかかわらず賢い犬だと感心している間に子犬がエサを持って行ってしまった。
 だけど母犬は名残惜しそうに周囲の匂いを嗅ぐもエサはない。待ての姿勢のまま切なく鳴く様子に俺の方が根負けをした。
 檻の中に骨を投げて
「オーケー」
 子犬にとられる間も無く骨を咥えてガジガジとわずかについてる実をこそぎ落とすように、骨の柔らかな部分をバキバキと音を立てて齧る様に食事を初めた。
「紀州犬だと思うんだー」
「猟犬の定番だな。猟のシーズンが終わったから捨てられたんだな。よくある話だ」
「もしくは交配させた覚えがないのにお腹が大きくなったから捨てられたとか?」
「どうせ全部ひっくるめての処分だろう」
「というか妊娠期間が合わないんだけど」
「綾人は考えないようにしているかもしれんがお仲間が他にもいるんだろ」
「考えないようにしてたのに」
「現実逃避は時間の無駄だ。そんでどうする?」
「犬は保健所に通報」
 と言ってスマホを取り出してみるも圏外だった。
 溜息を零しながらもしゃがみこんで
「何で今まで捕まらなかったのにここでつかまっちゃうかなあ」
 顔立ちの良さやその血統、去勢されてない所を見ると最終的には交配を目的とした事も視野に入れていたのだろう。瞬く間に骨を齧り尽くそうとする様子に追加でやや肉多めの骨を与える。先生の咎める視線が居心地悪いが
「飼わないのならあまりかまうな」
「判ってるけどさあ」
 犬を捕まえたのは何も今回が初めてではない。
 ただ、熊や猪の匂いがあるのに犬がいるのは珍しいと言うか何と言うか。
「せんせーこのまま見なかった振りしちゃダメかな?」
「狂犬病の予防接種もしてないだろうし、罠を仕掛ける人間がそう言う責任のない言葉を言うのは先生は許されない事だと思ぞ」
「ですよねー」
 骨を取りに行ったついでに盥と水を汲んで来て、犬と離れた所に檻の隙間から突っ込んで水を与える。
 その間も怯えて、吠えない物の反対方向に逃げていたがその水を飲んでもいいのかと命令を待つように俺を見て居た。
 健気なまでにじーっと俺を見て、耳も俺の声を聞き洩らさないようにと注意を向けている。
「オーケー」
 水を一つ飲むのも命令かと飽きれれば勢いよく周囲に水をまき散らしながら音を立てて飲み始めていた。
「で、どうするの?」
 さすがに首輪も鎖もないので
「一度戻って田尾さんに連絡する。良い猟犬いますよって」
「奥さん泣くぞ?」
「ペットフード代ぐらいは出すつもりです」
 言えばしょうがないなと苦笑する先生だが、骨に紐をつけて子犬に向かって投げては齧りつこうとした所を引っ張ってからかって遊んでいた。教師として教育的にどうよ?と思うも
「綾人君!上に居るの?」
 宮下のおばさんの声だった。
「ここです。今行きます!」
 声を張り上げればそれより先におばさんが姿を現した。
「お蕎麦を持って来たんだけどね、何か山菜あるかしら?」
「今の時期も山菜の宝庫ですが……」
「まぁ、ワンちゃんまで取れちゃったのね?」
 おばさんは檻の側まで近寄り
「子供を産んだばかり?それにしても痩せちゃって。
 汚れてるけど、美人さんね」
檻に手の甲を当てればフンフンと匂いをかぎに来たついでに牙をむこうとするも
 ガシャン!
 檻に阻まれたけどタイミングよくおばさんも手を引いて難を逃れる。
「なかなか気が強いのね?」
「野生の本能が目覚めたのでしょう」
 ちらりと森の奥を見ればいつの間にか逃げていた子犬がこちらを伺っていた。
「野生と言うより母性かしら?順位付けする辺りおばさんは格下なのね」
「なんか賢い犬なので」
「ふーん?」
 言いながらもおばさんはじっと雌犬を見ながら
「お父さんに怒られるかしら?」
「いきなり連れて帰る前に連絡を入れましょう」
「ふふふ、動物飼うの久し振りだわ。あの子のせいで烏骨鶏も手放したけどもう飼ってもいいわよね?」
「とりあえずペットショップで生体認証確認してもらってからにしてください。
 予防接種も必要ですし」
「お父さんを説得してくるからお願いしてもいいかしら?」
「飼っていただけるなら任せてください」
 なぜかおばさんと握手をしていた。
「お前も保健所も猟友会のお世話にもならなくって良かったな」
「そうそう、子犬ちゃんもお願いしていい?
 もなかちゃーん、お母さんと一緒に行きますよー」
「名前がもう付いた。しかももなかとか安直」
「お母さんはあずきちゃんにする予定なの」
「親子であずきもなか。街に降りたついでに買ってきます」
 遠回しの催促だけど、それで後ろめたさがなくなるのなら安い位だ。
「ふふふ、翔太に娘が出来たわよって言ったら驚くかしら?」
「飛んで帰って来るんじゃね」
 あいつの動物好きはおばさん譲りかと何も言えずに良いと言うおじさんと大和さんの散歩の当番の押し付け合いを不憫と思うべきかと悩みながら
「とりあえず捕獲するので一応安全を兼ねておばさんは家の方で待っててください」
「綾人君、先生、うちの子をお願いします」
 スキップで山道を下りて行くおばさんは山菜を取りに来たと言う目的はいいのだろうかと見送って、とりあえず俺も縄を取りに行けば大人しく縄を付けられる人恋しさにすり寄ってくるあずきを可愛く思うのだった。









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