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冬の訪れ 2

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「ごめん下さい!多紀さんを迎えに来ました!」
「多紀さーん!勝手に一人でうろついちゃだめでしょ!
 みんなで探したんだから!徘徊じゃないんだから出かける時は出先と帰宅時間を教えてよっていつも言ってるでしょ!!!」
 皆さんよほどご心配だったようで、先に勝手に門を開けて中に入って来て下さいと言う言葉通りにやって来た波瑠さん含む迎えの一団は既に出来上がってる室内に眉間を潜め、波瑠さんは突然差し出されたお猪口にもかかわらず当然のように頂いて駆けつけ三杯ではないがお酒を頂いていた。
「いらっしゃい。皆さんもどうです?今年初の猪で作ったシシ鍋です。しっかりと先週狩った物を冷凍しましたので安心ですよ」
 言いながらもお椀に盛って配り歩く飯田さん。有無を言わせない辺り酔っているのだろうと微笑ましく眺めていた。
 誰ともなく視線を合わせどうしようと言う彼らを強引にやっぱり外は寒いからと移動した母屋の囲炉裏の周りに座らせてドライバーの人以外もお酒をふるまい、囲炉裏で焼かれているお肉にも手を出してもらう。
 俺達既におなかいっぱいだから処理したお肉は食べてもらわないと困るからね。一度解凍したお肉を冷凍し直して食べてもおいしくないしねと押し付けて行く。
「波瑠ちゃん聞いてよ!飯田君ったら凄くかっこいいんだよ!」
「ああ、もう!多紀さんったらいきなり飲み過ぎ!」
 波瑠さんのお猪口はいつの間にか湯呑に変って多紀さんはご機嫌に注いでいく。
「だって飯田君が凄くかっこいいんだよ!」
「はいはい!判ったから。飯田君がかっこいいのね!」
 内容を言わずにひたすらかっこいいを連呼する多紀さんに何があったのと俺に話を振られた。
「今日ちょうど多紀さんが来るほんのちょっと前に庭で熊に遭遇したのですよ」
「え?それって大丈夫?」
 ぎょっとする波瑠さんに
「家の中で静かに通り過ぎて行くのを待ってたら多紀さんがタクシーでやって来てね、折角森に帰りかけてきたのに多紀さん目指して戻って来たんですよ」
「え?!じゃあ多紀さんは?!多紀さんは無事なの?!」
 ちらりと見て
「明日は二日酔い決定みたいだね」
 そこで冷静になった波瑠さんは今も飯田君かっこいいんだと一升瓶を抱きしめて呟く多紀さんを残念そうに眺めていた。ちなみに既に三十分ほどこの状態。猟友会の人が来てくれたから熊の処分をさっさと終わらせる事が出来て戻って来たらこの状態だったのだ。
「で、何があったの?波瑠さんに話してごらん?」
 波瑠さん一行はしっかりと話を聞く体勢になってシシ汁をすする。
「面白い話じゃないよ。
 ただ俺が囮役になって、飯田さんが猟銃で仕留めたって、ね?」
 面白くないでしょと言うもそれは話し手が悪いだけの内容だ。
 波瑠達には話し上手な人の話し方を山のように聞いてきた。
 ドラマや映画もそうだ。要約できる事を何十倍にも話を広げて膨らませ、人を引き込んでいく魅了の世界の住人だ。
 なので綾人のような合理的な人間の話しにふてくされてしまうも求める方が間違いな事も知っているのでこの話の素材をいろいろ拾い集めてふくらまして行くのが波瑠の楽しみ方。
「飯田君って猟銃もってるんだ?」
 綾人の隣に座り、囲炉裏の片隅で焼き鳥を焼く飯田は
「はい。こちらに遊びに来させていただくうちに在った方が良いかと思いまして。
 フランスでは勤め先の料理長に何度も鴨とか兎、鹿を狩りに連れて行ってもらったので銃のの取り扱いに離れているつもりです。
 なので猟銃のライセンスを取って猟友会の人にいろいろ連れまわってもらってます」
「じゃあ、猟銃とかあるんだよね?みたいなーって言うか?」
「見せたら触るでしょう?
 銃刀法違反になるので残念ですが諦めてください」
 あっさりと断る飯田さんは強請られないようにと台所に行ってしまった。
「あーん!波瑠さんもっと飯田君のかっこいい話聞きたい―!戻ってこーい!」
 なんて言いながらも俺とがっしりと肩を組んで
「それで綾人君はなんで囮何て危ない真似するのかなー?」
 声は見事なまでの底冷えをする怒りを含むもの。それに気づいてかあえて気付かないように陽気に笑い声を立てる猟友会の人に助けて下さいと言うこと自体聞いてもらえないのだけは判ったので
「一応俺だって猟銃もってますよ?My猟銃?しっかりと厳重に保管してますよ?
 だけどね、人はセンスが問われる生き物なんですよ」
「え?つまり、どういう事?」
 だから何だと言う波瑠さんに周囲は顔を背けて笑い声を零さないように押しとどめている。そして勘のいい波瑠さんはそれだけでどういう事か理解して
「ちょっと待って!ひょっとして凄い下手とか?当らないから撃たないとか?!」
「シューティングゲームは得意です!昔はゲーセンの記録を書き換えるのが趣味だったんです!」
「必死の言い訳の綾人君かーわーいーいー!」
 やだ、なに、ありえないんだけど!何てケラケラと笑う波瑠さんはしっかりと酔っぱらってしまったと思いたい。
 いいさ、思う存分笑うが良いとふてくされて日本酒から焼酎に変えた。さあ、悪酔いするぞと気合を入れて飲めば皆様から拍手を頂いて俺も二日酔い決定だ。
 ふてくされる俺の代わりに飯田さんは台所からお漬物を持ち出してきたり、カラアゲの追加を持って来てくれたりと波瑠さん一行の皆さんに振舞いながら
「俺は経験者ですから。綾人さんみたいに始めたての初心者でもないですし、でも猟友会の皆さんの方が見事ですよ?」
「それを言ったら俺達の年季と経験が違いすぎるわ!」
 豪快に笑う笑い声が部屋中に響く。
「だけどだ。今年も無事猟の季節が始まって、獲物も豊富でありがたい」
 一人が頷けばみんなも頷き
「無事この長い冬が乗り切れればまた一年生き残れるぞ!」
「田尾さんはどれだけ長生きするつもりだ!」
「この家がある限りだ!」
「田尾は年齢を考えろ。今年八十何歳になった?」
「そんな細かい数字覚えてるわけないだろう!」
 そう言ってまた豪快に笑うのを綾人も一緒に笑う。
 こんな賑やかな場所でお酒の飲めないドライバー君はこのテンションについていけない物の、プレゼンテーターとしてのプロの飯田が新鮮な鹿の心臓や肝を刺身にしてごま油と塩で食べさせていた。
 最初はどんびきの彼だが、思い切って一口食べれば臭みもなくとろけるような食感に箸は止まる事を知らず、肩ローストのたたきをニンニクとポン酢で食べるように勧めていた。勿論ごはんにはユッケを準備してウズラの黄身を頂点に飾って差し出せば、生食にビビっていた彼はもうどこにもいなかった。
 こうやって飯田ファンが増えて行くんだよなと綾人もたたきをもらいながらすりおろしたニンニクをたっぷりと乗せて玉ねぎのスライスと共に食べて行く。うまくさー。
 そうやって夜は更けて行き、すっかり出来上がった波瑠さんと多紀さんを車に押し詰めて帰らす頃には日付が変わる時間。勿論猟友会の皆さんは飲酒運転をせずにお泊りしてから帰ってもらう。
 勿論彼らが止まる場所は台所の隣の使用人達が寝ていた雑居部屋。かつてはこの雑居部屋の住人だった。今でこそ綺麗にしてしまったが、ここには畳に一枚につき一人が寝る広さと決まっていて、皆さんこの狭さが懐かしいと布団を敷きつめて、横になった途端鼾をかいて寝てしまったのを俺と飯田さんは囲炉裏の部屋から見守っり、あまりの鼾の大きさに失笑していた。

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