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バーサス 6

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 飯田さんのご飯は相変わらずサイコー!だった。
 烏骨鶏のホワイトじゃなくなってしまったホワイトシチューはほろほろとした食感とプチプチとした肉の繊維がたまらなく食欲を促し、憎い事に骨付きのモモはスプーンで解れるほどの柔らかさ。骨からもしっかりとダシが溢れ出していて、それをパイ生地で作ったココット皿の蓋で掬いながら食べる何とも贅沢なランチを楽しんでしまう。たっぷりと塗りたくった卵黄のテカリ具合や黄金色に焼けたパイ生地はさくっさくで、添えられたドリアも竃で焼かれただけでもう別物だった。
「お昼じゃなかったらワインが欲しい。
 なんかね、白ワインがすごく合うと思うんだ」
 あまりの美味しさに涙が溢れ出そうになるものの、体は正直なので溢れ出たのはヨダレだけ。どれだけ胃袋に正直なんだよと料理に申し訳なく思うも
「そうですね。これならキリッとした辛口のドイツの白ワインが合いますね」
 ふうふうと息を吹き付けながら烏骨鶏の無くなってしまったココット皿にパイ生地を全部投入してトロトロになった生地をゆっくりと食べる飯田さんのお飲み物は炭酸水にレモンを絞っただけの簡単なものだった。もちろん俺もだ同じものを戴きます。
 この後飯田さんと食料の買い物に行く事になっているのでアルコールは禁止だ。
 すでに俺はヴァン・ショーを飲んでいるので運転はいつも通り飯田さんにお願いしてしまうけど、食べながら何を買おうか食事をしながら山をいくつか越えた向こうの市まで出かける事になった。隣の街もその隣の街も知れたものしかないので気合を入れようとなれば山を超えた先に行くしかない。とは言えお昼食べた後では気合はどこだと探さないといけないレベルだが。
 とりあえず食べ終わったら片付けをして出かける準備をする。なんせいまだに飯田さんの寝癖は絶好調なままなので、俺はゆっくりと準備をしながら支度ができるのを待つのだった。
 
 


 車で一時間以上を走らせて幾つもの山を越えた先の街にたどり着いた。
 麓の街にはない平らな地面と高い背のビルが人の住む場所だと認識させる。緑に埋め尽くされた視界からカラフルで無機質な建物が青空によく映えていた。
 そんな街をカーナビの指示に従って複合施設に案内される。
 店内はどこか閑散としながらもいくつものテナントが並んでいて
「久しぶりの現物を見ての買い物」
「夏以来ですか?」
「ですねー」
 夏に高級別荘地にあるアウトレットに行った時以来なことを思い出す。
「そろそろ冬服が欲しい」
 とは言え、まだ本格的な冬服は売っていない。それまでの服が手に入ればいいと思うも
「離れに足りないものってあります?」
「足りないものをあげればキリがないけどいいですか?」
 店舗レベルまで購入してもいいかと言う視線に
「必須のものなら」
 言えばしょぼんとイヌミミが垂れ下がって見えると言う幻覚が見えた。
 何があったんだと思うも俺が背を向けていたテナントには調理器具が並び
「なるほどね。欲しかったんだね」
 子供にはおもちゃ売り場、女性なら洋服売り場、飯田さんなら調理器具売り場かと妙な納得をした。
「まあ、せっかくだし見ておこうか」
 その合図とともにテナントに飛び込み様子を見て後悔した。
 あれだ。
 ジュエリーショップに立ち寄って二時間三時間気に入ったものを買ってもらえるまでびくとも動かないようなヤツだ。
 もちろん飯田さんはそれなりの収入とうちで遊ぶ程度しかお金を使わないのでそれなりに無駄遣いをする暇はない。高速料金とガソリン代はそれなりにかかるだろうが深夜時間の高速料金の割引な度使えるサービスはしっかると受け取っている。
 なのでお詫びじゃないが俺が買っても構わない物なら率先してお金は出すようにしているとはいえ
「長くなりそうだなあ」
 何やら鍋を叩いたり、フライパンを叩いたり長くなりそうだなと近くのコーヒーショップでコーヒーを飲む事にした。もちろん飲んで戻ってきても飯田さんはまだまだ物色中。むしろ姿が見えないからゆっくりしててもいいだろうとの理解からかカウンタの横に置かれて荷物は引越しでもしたのですか?と言うような物量だ。
 それ以上買うと食糧買って持ち帰るスペースがなくなるよと店に乗り込めば強請ったものは全部買ってもらえると確信しているなだろう飯田さんは悩む事なく荷物を増やしていた。
 正直日々の食事ができればいい俺としたらそんなにも何が必要なのか全くわからないが、とりあえず三つ目の鍋を選び終わった所で
「そろそろ決まった?」
 何て声をかければびくりと体を震わしてゆっくりと俺を見る三十歳。
 何をそんな怖いものを見る目でと呆れるものの
「飯田さんを調理器具屋さんに入れた時点で諦めてるからね?」
 カウンターに取り置きしたものを見直してびびるなよ。こっちはそんなの見慣れたよと冷めた目で見てしまうのはなんでだろうかと考える方が時間の無駄だ。
「ええと、とりあえず終わりましたので」
 二人体制の店員さんが顔を引き攣らせながらも会計をしてくれて、六桁になるお会計をカードで一括で済まし、梱包してくれている間に俺はカートを探してくるのだった。あまり喜ばしくない事だがこのテナントには他にお客はおらず、一個数万もする鍋を当然のようにポンポン選ぶ飯田さんの買い物は一人で本日の目標金額は達成しただろう。
 お高い買い物だが鍋の良し悪しのわからない俺は五百円の鍋で良くね?何て思うも、飯田さんが選んだ鍋やフライパンは確かに調理しやすくつかい勝手はいい。お値段なりの価値はあると思うので、飯田さんの買い物を止める事ができない俺がいるのだ。
 カートに荷物を積んで一度車に置いてくると言う飯田さんに俺は本屋で待ってると待ち合わせをして本屋に向かう。 
 基本ネットで本を読むようになってからあまり本を買わなくなったけど、それでも雑誌を物色していればすぐに飯田さんが戻ってきて、どれだけ冬籠するつもりだと笑うくらいの買い物をするのだった。シーチキンの箱買いだなんて人生初めてだと自分にドン引きしながらも笑ってしまう。
「長期間常温保存できる奴ならまとめて買っちゃいましょう!」
 先程の挽回をするつもりではないだろけどあまり賞味期限なんて気にしない俺の代わりに飯田さんがしっかりと確認しながら選んでいく。
 インスタントラーメンが大して保存効か無い代わりにパスタは何年も持つからと非常食として優秀だと言いながらパスタを箱ごと購入。
 そりゃあパスタ嫌いじゃないけど俺店でも開くのかと通り過ぎる人の視線の痛い事。
「カットトマトもあると便利なので買っちゃいましょう。夏がくる前には食べれちゃうので大丈夫ですよ。ポテトチップスだって箱買いしてもあっという間でしょ?」
「確かに一瞬だけど一体何の買い出しだか」
「どのみち買うのなら人の手がある内に買ってしまった方が楽ですよ」
 なんて悪魔のような囁きの買い物を終えてフードコートで食事を済まして帰宅する頃にはどっぷりと夜の帳が降りていて

「綾人くーん!やーっと帰ってきたー!」

 いったいいつから待っていただろうか想像もしたくもないが多紀さんとその仲間達が夜の暗さに怯える……事はないだろうが、お付きの人は寒さで震えていて顔色はあまりよろしくない。
 俺は車から降りて門を開ければ飯田さんに家の鍵を渡して先に入ってもらい

「ただいま戻りました。
 ですが、この時期夜は十度前後なのでそんな薄着だと風邪引きますよ?」
「今身を持って体験している所。
 ほんのちょっと山を降りただけでこの格好でも問題ないのに、山の天気は過酷だなあ。夜も真っ暗だし、でも星はめちゃくちゃ綺麗だね!動画の星空を肉眼でも見れるって、流星群来てるわけじゃないのにさっきから流れ星いくつも見れたよ!ここは本当にすごい所だ!」
「それを体験したのなら早く帰ってあったかい格好をして下さい。
 みなさんも温かい格好をして風邪ひか無いように注意してください。
 ではみなさんおやすみなさい」
 丁寧にちょこんと頭を下げて容赦なく門を閉めた。
 何かいいたげなみなさんに背中を向けて少し明るくなった庭に草陰に潜んでいた烏骨鶏達が現れて、俺は改めて烏骨鶏達を小屋へと導くのだった。もちろんミルワームを使って。
 せっかくあんなに震えるくらい待ってくれていたのに冷たい対応をしたなと心が苦しくなる。俺すごく嫌な奴だと痛む心がある反面、彼らはどのみち何時かは自分の街に帰りこの山に二度と足を運ばなくなるのだ。優しさと楽しい思い出だけを置いて。

「だったら来るなって言うんだよ」

 ミルワームをばら撒き、烏骨鶏を小屋に入れて内扉をしっかりと閉める。
 仕事でここにいるだけ人なのに親しい顔で居座られて、だけど仕事が終わったらやがて途切れるたまの連絡するような優しさなんて俺はいらない。
 途端にこんなふうな人との付き合いしかでき無い自分が惨めに思え、だけどいつかここに戻ってくる人たちを待つと決めた俺はその寂しさを払拭するように目元を拭い……

 一眠りして朝を迎える前に東京へと戻る飯田さんを見送れば静寂に支配された山奥で俺は多紀さんのお付きの人に
「本日は仕事のために留守にします」
 何て嘘のメッセージを送って心まで凍りついていくのではないかと言うような日々から目を逸らすように二度寝を決め込むのだった。
 


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