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バーサス 5
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もうもうと薪を焚いて一度竈の中を温める炎の予熱はほのかに室内も温めてくれる。しっかりと乾燥させた杉の薪からはあまり煙も上がらず室内の空気も煙に負ける事はない。その中で俺はキャンプでも愛用するチタンのマグカップにワインを入れて香りづけラム酒を足して竈オーブンの中に入れれば薪から遠い場所なのにすぐにアルコールに引火してワインから炎が立ち上った。沸騰してごぽごぽいっているけどそこはアルコールが飛んで火が消えるまで我慢。この数分が長いけど火が消えた所を見計らって皮をむいた輪切りのオレンジとクローブとシナモン、そして砂糖を投入。くるくるととシナモンで砂糖を溶かして沸騰しないように温め直して完成。
飯田さん直伝のヴァン・ショー。英語でホットワイン。
冬の寒い日の夜によく飲むのだがこれがなかなかどうして体が温まる事。
スパイシーなジュース感覚で、だけど砂糖大目に入れるのが俺の好み。アルコールを飛ばしてもどうしてか残っていると言うのでアルコールに弱い人には要注意。
熱でアルコールが飛ぶと言う科学で常識は繊細な感覚の世界では忘れましょうとにこやかに言う飯田さんに何かあったのか聞きたかったが、二十歳を迎えた春の、まだ薄く雪の積るこの山で作ってくれて照れながら飲んだヴァン・ショーほど思い出の深い飲み物はないと思っている。
今では一人でも作れるようになったが、この竈オーブンで作るヴァン・ショーはいかがなものでと思えば面白い位に炎が上がり、この国同様竈文化のあるフランスの飲み物だと確かな確信をして鹿の皮で作ったグローブで取り出してしばらく口が付けれそうにないカップの縁を突きながら口を付ける瞬間を楽しみに待つのだった。
お昼になる頃寝癖を残したまま旧家のキッチンに姿を現した飯田さんはヴァン・ショーの香りの残る室内で目を覚ましてシナモンが残された空っぽのチタンのカップを見てニヤリと笑う。
「こちらはもうこんな季節なのですね」
「ふふふ、竈オーブンの火を利用しないわけがない」
既に酔いもさめた俺はノートパソコンを片付けて
「火は言われたまま自然に消えるままにしたけど?」
「竈オーブンは一度温める事に時間がかかります。ですが、一度温まってしまえば早々に冷たくはならないので……」
オーブンの扉を開けてくれた。鋳物で出来た扉の奥は消し炭となった薪があったものの、扉を開ければほんわかとした温かさが溢れだしてきた。
「半日とは言わないけど予熱はかなり残ります。なので少量の薪で直ぐに温度も上がりますし、熱くなりすぎません」
「なんか、やっと納得したよ。
前にあっちの竈に飯田さん大量に薪を詰め込んだだろ?」
「ありましたね」
くつくつと笑い
「こっちの竈と一緒に考えていたんだって」
「その節は本当に申し訳ありません」
まさかあの日の出来事を笑い飛ばす日が来るとは夢にも思わなかった。
「ずいぶんと長い事お待たせしちゃったような」
「いえ、大切な竈をもう少しで爆発させるような真似をして申し訳ないと言うか」
静かな山間に相応しく静かに笑い
「さて、せっかくです。何が食べたいでしょう?」
「実はそんな要望を待ってまして、冷凍のパイ生地を用意しまして、キッシュを所望します!」
「具材はお任せで構いませんよね?!」
「それはもう、冷蔵庫の中身を使いつくしても構いませんよ」
と言った所で二人で冷蔵庫に入って確認をすれば
「さすがにあれから買い足してませんか」
「さすがにね。買うのなら飯田さんを連れて買い物に行こうかと思って」
「冷凍庫の方は?」
「同じ状態。だけどもうすぐ猟の解禁だから、ここで空っぽに出来たのは正解かな?」
ほぼほぼ古い肉はなく、使わなかった烏骨鶏の肉が少しあるだけ。他にはジャムを作る為に冷凍保存している果物やお酒用の丸い氷があったりその程度。
冷蔵庫はお酒やジュースが山積みになっていて、これは先生や植田達が来た時に処分すればいいだろうと放置の物件。実際片付けてくれるのだからありがたいと、冬の合宿の折りにはまた宮下商店に頼まないとなと大和さんに配達してもらうつもりだ。
「苗にはまだ時期がありますね」
「冬野菜はもう植えたから後は春まで何もしなくていいけど、春に芽吹かせる苗を用意するにはまだ早いから」
この時期電気代だけがかかる。止めるよりも働かせ続けるのが家電の寿命の伸ばし方(バアちゃんの経験談)なので代わりに猟のシーズンに突入する時は皆さんに臨時の保管場所としてお貸しするのが定番だ。勿論使用料としてお肉を置いて行ってもらうのが持ちつ持たれつと言う所だろう。
「でしたら、畑の野菜を見てシンプルにチキンのパイ包みにしましょう。
香草をたっぷりと入れて、確か缶のホワイトソースありましたよね?チキンクリームパイにしましょう。パンは間に合いませんのであまったホワイソースで簡単ドリアにしましょう。となると今からならピラフも間に合いますね」
「冷凍のピラフがあります!霜が酷いので処分をお願いします!」
「でしたらそちらを使い切っちゃいましょ!
そして今度俺のピラフを食べてください!烏骨鶏の卵でオムライスにしましょう!」
そっちが目的だったかと失笑した後は飯田さんの趣味の時間。
土間に作った作りつけの長火鉢の一角に俺は座りながらまたノートパソコンを起動して飯田さんの料理をする姿を眺める。
真ん中に作業場があるとはいえ対面キッチンの為に料理する姿は良く見える。
まだ三度しか使った事が無いのに既に自分の物にしているキッチンを所せましと動き回るも決して邪魔をしない動線に飯田さんの希望通りのキッチンを作れたことを少しだけ誇らしく思うのだった。
飯田さん直伝のヴァン・ショー。英語でホットワイン。
冬の寒い日の夜によく飲むのだがこれがなかなかどうして体が温まる事。
スパイシーなジュース感覚で、だけど砂糖大目に入れるのが俺の好み。アルコールを飛ばしてもどうしてか残っていると言うのでアルコールに弱い人には要注意。
熱でアルコールが飛ぶと言う科学で常識は繊細な感覚の世界では忘れましょうとにこやかに言う飯田さんに何かあったのか聞きたかったが、二十歳を迎えた春の、まだ薄く雪の積るこの山で作ってくれて照れながら飲んだヴァン・ショーほど思い出の深い飲み物はないと思っている。
今では一人でも作れるようになったが、この竈オーブンで作るヴァン・ショーはいかがなものでと思えば面白い位に炎が上がり、この国同様竈文化のあるフランスの飲み物だと確かな確信をして鹿の皮で作ったグローブで取り出してしばらく口が付けれそうにないカップの縁を突きながら口を付ける瞬間を楽しみに待つのだった。
お昼になる頃寝癖を残したまま旧家のキッチンに姿を現した飯田さんはヴァン・ショーの香りの残る室内で目を覚ましてシナモンが残された空っぽのチタンのカップを見てニヤリと笑う。
「こちらはもうこんな季節なのですね」
「ふふふ、竈オーブンの火を利用しないわけがない」
既に酔いもさめた俺はノートパソコンを片付けて
「火は言われたまま自然に消えるままにしたけど?」
「竈オーブンは一度温める事に時間がかかります。ですが、一度温まってしまえば早々に冷たくはならないので……」
オーブンの扉を開けてくれた。鋳物で出来た扉の奥は消し炭となった薪があったものの、扉を開ければほんわかとした温かさが溢れだしてきた。
「半日とは言わないけど予熱はかなり残ります。なので少量の薪で直ぐに温度も上がりますし、熱くなりすぎません」
「なんか、やっと納得したよ。
前にあっちの竈に飯田さん大量に薪を詰め込んだだろ?」
「ありましたね」
くつくつと笑い
「こっちの竈と一緒に考えていたんだって」
「その節は本当に申し訳ありません」
まさかあの日の出来事を笑い飛ばす日が来るとは夢にも思わなかった。
「ずいぶんと長い事お待たせしちゃったような」
「いえ、大切な竈をもう少しで爆発させるような真似をして申し訳ないと言うか」
静かな山間に相応しく静かに笑い
「さて、せっかくです。何が食べたいでしょう?」
「実はそんな要望を待ってまして、冷凍のパイ生地を用意しまして、キッシュを所望します!」
「具材はお任せで構いませんよね?!」
「それはもう、冷蔵庫の中身を使いつくしても構いませんよ」
と言った所で二人で冷蔵庫に入って確認をすれば
「さすがにあれから買い足してませんか」
「さすがにね。買うのなら飯田さんを連れて買い物に行こうかと思って」
「冷凍庫の方は?」
「同じ状態。だけどもうすぐ猟の解禁だから、ここで空っぽに出来たのは正解かな?」
ほぼほぼ古い肉はなく、使わなかった烏骨鶏の肉が少しあるだけ。他にはジャムを作る為に冷凍保存している果物やお酒用の丸い氷があったりその程度。
冷蔵庫はお酒やジュースが山積みになっていて、これは先生や植田達が来た時に処分すればいいだろうと放置の物件。実際片付けてくれるのだからありがたいと、冬の合宿の折りにはまた宮下商店に頼まないとなと大和さんに配達してもらうつもりだ。
「苗にはまだ時期がありますね」
「冬野菜はもう植えたから後は春まで何もしなくていいけど、春に芽吹かせる苗を用意するにはまだ早いから」
この時期電気代だけがかかる。止めるよりも働かせ続けるのが家電の寿命の伸ばし方(バアちゃんの経験談)なので代わりに猟のシーズンに突入する時は皆さんに臨時の保管場所としてお貸しするのが定番だ。勿論使用料としてお肉を置いて行ってもらうのが持ちつ持たれつと言う所だろう。
「でしたら、畑の野菜を見てシンプルにチキンのパイ包みにしましょう。
香草をたっぷりと入れて、確か缶のホワイトソースありましたよね?チキンクリームパイにしましょう。パンは間に合いませんのであまったホワイソースで簡単ドリアにしましょう。となると今からならピラフも間に合いますね」
「冷凍のピラフがあります!霜が酷いので処分をお願いします!」
「でしたらそちらを使い切っちゃいましょ!
そして今度俺のピラフを食べてください!烏骨鶏の卵でオムライスにしましょう!」
そっちが目的だったかと失笑した後は飯田さんの趣味の時間。
土間に作った作りつけの長火鉢の一角に俺は座りながらまたノートパソコンを起動して飯田さんの料理をする姿を眺める。
真ん中に作業場があるとはいえ対面キッチンの為に料理する姿は良く見える。
まだ三度しか使った事が無いのに既に自分の物にしているキッチンを所せましと動き回るも決して邪魔をしない動線に飯田さんの希望通りのキッチンを作れたことを少しだけ誇らしく思うのだった。
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