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バーサス 3

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 朝、畑を耕していれば車のクラクションが山間に響いた。誰が来たのだろうかと顔を上げれば多紀さんが門の外で手を振っていた。
「綾人君おはよう!」
 その様子に今日も来たと顔を引き攣らせながらも鍬を置いて出迎えれば
「早いんだねぇ」
「まぁ、ぼちぼち仕事を切り上げて休憩しようとは思ってましたが」
「休憩?!今から朝ごはんかい?」
 まるで僕も食べれるよと言わんばかりの顔だけど
「朝ご飯はとっくに済ませましたよ。
 少し昼寝をしてお昼を食べて集中しようかとおもいまして」
 少しずつ陽がのぼるのが遅くなったとはいえ既に二時間ほど畑仕事をしている。どっちにしても水分補給を兼ねて休む必要がある頃合いだ。
「ずいぶん変わったルーティンだねぇ」
「日の出と共に活動してますので」
 爽やかに笑いながら下からもう一台上ってくる車を見て
「お迎えが来ましたよ?」
「もう?!」
 振り向いた多紀さんに「もうです」と頷けばかくりと肩を落とす。
「ちなみに今夜の予定は?」
「ネットで打ち合わせ。向こうは昼間仕事だから夜しか話し合いできないからね。今日はそれまでに準備をしておこうかと」
 構ってる暇がないからとチャイムも呼び鈴もないこの不便な山奥の家の夜に訪れる人はまずいない。雨戸を閉めてしまえば家からこぼれる明かりの少なさにはっきり言って小さな子供なら泣きだすかもしれないレベルの暗闇だ。ちなみに俺は暗すぎて当時外にあったトイレに行けないと泣いた。かわいい頃もあったとジイちゃんにトイレについていってもらった話は懐かしい思い出だ。
 夜と言えばと言うようについでに思い出した。
「予報じゃ今夜は雨らしいから動かない方が安全ですよ?」
「そうか、雨か」
 なぜか唸る多紀さんに小首をかしげる。
「何か予定でも?」
「いや、雨シーンを撮るのだが、どうしようかと」
「だったら回避しましょう。ここは山でも雲の中で雨を受ける事になるので下界の雨とは違います。雷が発生すれば近すぎるので危険ですよ?」
「あー、それならやめておこう」
 意外と素直だなと思えば
「こう言う天候に関しては地元の人の言葉を信じる事にしてんだ」
 言いながらも参ったなあと頭をぼりぼりとかきながらまた少し変更を加えようかと車に乗ってお迎えの人と一緒に去っていくのだった。
 遠ざかる車を見送りながら
「これはひょっとして毎日来るのか?」
 嫌な予感に顔を引きつらせるしかなかった。


 パソコンを全部起動して株の動向を眺めたりお気に入りの歌手のPVを流したり、宇宙ステーションからの映像を楽しんだり自分達の動画を作ったり、他所の動画を音を消して眺めたり。字幕ってありがたいねとせわしなく情報を拾いながらサイドテーブルのお茶をすする。
 因みに集中しているのは編集している動画のPCのみ。よく集中できないじゃんと言われるけどコツさえつかめば問題ない。高校の時からパソコンを増やしながらずっとこうやって来たので逆に使わない方が情報の少なさに不安を覚えると言う鬼畜仕様の体になっていた。
 ちなみに俺の株の選び方は基本いくつかの安定した大企業とか好きなブランドの会社とか、好きな食べ物の会社とか。返礼品目的が止められないんだとどのみち割引チケットなんかはここでは役に立たないのでスルーするし。
 最近では余裕もあるからか今更な株も買っている。どれだけ時代が新しい物を求めても良い物は良い。離れに手を入れる様になってから思う様になって幾ら今更?なんて思われても実際その会社の商品を俺も使っているのが購入の決め手になる。使いもしない会社の物に投資はしない。なりふり構わず生活費を稼いでいた頃ならキャッチ&リリースではないがそんな選択も必要だった事を思いだす。最近はゆとり以上のゆとりが出来たとはいえいつただの紙に変るか判らない物なのだ。いろんな分野に幅広い視点を持ち投資者として良い付き合いが出来る様にがんばるつもりでいる。株式総会に一度も参加した事はないが、俺の持つ株何て微々たるもの。でかい顔をしないようにとは務めている。ちょっと調子に乗りすぎて少しずつ買い足した結果個人で持つには会社側でもノーマークじゃいられない株主になってしまい、わざわざこんなド田舎に挨拶という偵察に来てくれた時にはお互いビビっていたのは今だからの笑い話だった。ほら、俺数字でしか見てないから。慌てて沢村さんと樋口さんを呼んで別に乗っ取りとかなんて考えてないよ。こんな場所なので生活費が大変でしてと説明をしてもらい納得をしていただくと言う大騒動をした時もあった。だってこんな観光も娯楽もないのに黒塗りの最高級車が違和感しかなく庭にデンと鎮座している光景のミスマッチさがなんか、もうね、謝罪レベルなのだ。烏骨鶏が珍しそうに車体の下を観察している時は本当に申し訳ない気持ちで一杯でした。
 こんな場所に住んでるので総会とかはなかなか行けませんが……と先に謝っておいた事もあったなと思い出しながら久し振りに静かなこの山奥の家でとんかちの音が聞こえないのが少し寂しく感じてしまっていて少しだけ苦笑。
 ほぼ毎日のように足しげく通って来てくれた内田さんの車も来なくなってしまったし、あれだけ耳障りだったとんかちの音が既に生活音の一つになっていた事に今頃気付いてこれが寂しいと言う事を思い出すのだった。
 そのまま空腹を覚えるまで集中している間に外は薄暗くなっていて慌てて小屋が開くのを待つ烏骨鶏達を迎えに行く。
 そこからは畑で適当に野菜を拾い、飯田さん作のおかずを頂く。飯田さんのお父さんが作ってくれた黒豆の寒天は一切れ一切れ大切に食べてもあっという間に無くなってしまう魅惑のデザートでこれは食後の最後にと大切に食べていた。とは言え気が付いたら最後の一切れになってしまったが、でも飯田さんが見て嫉妬されるよりはいいだろうと美味しく頂く事にした。
 食事を終えればさっさと風呂に入ろうとして思い出す。いつもなら畑仕事した後のタイミングで風呂に入るのだが……そう言えば水を抜いて入れてなかったな。
 ヤバい。
 飯田さんが来てお風呂が出来てなかったらあの人泣くwww
 何て先生じゃないのにバカなことを妄想した所で慌てて水を溜めて沸かす頃にはすっかり真夜中になっていた。
 薪の番をしながらいつの間にかウトウトしていれば肩にポンと手を置かれて慌てて目を覚ませばそこには飯田さんの心配気な顔があって……
「大丈夫ですか?」
 少し硬い声に俺はここがどこだかと周囲を見回して気が付いた。
「あー……寝てた」
 枯れた声に心配げな顔を隠さない飯田さんは本当にそれだけ?と視線で訴えてくる。ごめんなさい。本当にめんどくさい奴でご心配かけますが、今回は本当にうたた寝しただけですと心の中でお詫び。口に出したらそれこそ心配させてしまうので感謝の気持ちだけは心の中で伝えておく。
「昨日風呂を入れようとして、だけどその前に真面目にいろいろしてたからいつの間にか眠ってて」
 離れを直した時にこの薪をくべる場所にも雨除けと風除けを皆様が作ってくれたのだ。通気性は抜群だが、火をくべる場所に程よい高さの椅子と持もたれても大丈夫な壁は大工仕事のお墨付き。挙句に暗くなってしまった代わりにライトまで付けてくれて……
 炎の暖かさと眠気を誘うような暗さ、そして居心地の良い空間。冬はアウトだろうがこの時期の予定道理に降った雨程度なら問題ないし、ちょっとした服を着替えれる場所にもなっていてあの大工集団の仕事ぶりには頭が下がる思いだ。
「気を付けないと風邪ひきますよ?」
「でも暖かかったから」
 うっかり寝てしまったのだ。
 仕方がないと言うような溜息を零す飯田さんは家の中に入りましょうと言ってくれるが家の中の方が寒くて……
「温まったら呼んでくれる?」
「一緒にこの寒さを堪能しましょう」
 あまりに晴れやかな笑みに逃げる事が出来ない事だけは悟った。
 そこからはいつもの通りの飯田さんのウキウキワクワクな山の生活が始まるのだった。




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