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まずは一歩 9

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 さっぱりと汗と埃を洗い落とした宮下の後で俺もシャワーを浴びる。外の五右衛門風呂では水遊びをした子供達がおっかなびっくり大人達に付き添われて楽しんでいた。それなりに深さもあり、一応水着を着て入る当たり現代っ子目と誰もが思うが、周囲をうろつく人数を思えば当然だろう。少し大きい子供達は薪風呂を楽しんでくれているが、小さな体なので直ぐに飛び出してしまうもそれが後退の合図なら問題ないだろう。
 ちょっと深めのプールで遊んでいるつもりなのか湯船にはゴミが浮いている。でも気にしないのが子供で、微笑ましく見守りながらこの後水を抜く事にした。
 ほら、お風呂に落下っで……ってよく聞く話じゃない?今時のおふろでもあるのだから、子供達の足のつかないお風呂はもうそうなるしかないじゃん。幾ら大人が見守ってくれているとは言え安全の為に水は抜いておこうと言う所で庭の一角が騒ぎ出した。
「ん?」
 子供達を出してもらって五右衛門風呂の水を抜けばその水ですら遊びだす子供達はご両親に責任を持ってもらって門へと行けば一台のタクシーが止まっていた。
「いたいた!あーやーとーくーん!!!」
「あやっち芸能人がきた!!!」
 なぜか興奮気味の高校生達と言う不気味さよりも
「なんで波瑠さんがここに……」
 思わず顔が引きつった。
「なんでって、昌君に招待状送ってくれたでしょ?
 だけど昌君まだイタリアだから代わりに行ってくれって。
 ほらー、東京であんなお別れしたでしょ?私心配になっちゃって代わりに来ちゃったわけなの」
 うふっと少女のように笑う女優さんの笑顔に勝てる物があるだろうか。
 本性を知れば拒否の出来ない笑みに恐怖しか覚えないけど。
「だけどよくここまで来れましたね?」
「駅でタクシー運転手さんに聞いたらすぐに案内してくれたわよ?深山の吉野さんだねって。綾人君意外と有名人なのね?」
 支払途中のタクシーを見ればよく知っている顔だった。猟友会でお世話になってつ方で毎年熊を仕留めるハンターの方だった。
 挨拶と言わんばかりに車の中からひらひらと手を振ってからもう一人のお客を下ろして去っていく姿に手を振れば、知らない人が波瑠さんの隣に立ち
「綾人君に紹介するね?
 今撮影している映画の監督さんで大守多紀さんって言うの。
 親しみを込めて多紀さんって呼んであげてね」
「お邪魔しちゃって済みませーん!
 波瑠ちゃんったら強引なんだから本物の古民家見せてあげるって誘惑してね?
 そうそう、俺も動画のファンなんですよ。登録人数五千人位の時からのお付き合いしてます。
 いやぁ、世間ってほんと狭いですね!」
 強引にアヤさんファンです!何て握手されたけど
「田舎に憧れるって、芸能界病んでますね」
「そりゃあもう分刻みで管理されれば逃げ出したくなりますから!」
「多紀さんの場合いつもマイナスからの脱出だから大変なのよね?」
「いやぁ仕方がないじゃないか。撮影も押しているのにグッとくるものが無くてねぇ。
 気分転換にって波瑠ちゃんにいいとこ連れてってあげるって言われたら仕事放り出すしかないでしょう!」
「やーだー多紀さんったら、昼間っから変な事考えて!可愛い烏骨鶏ちゃんにつつかれますよ?」
 いつの間に捕獲したのか烏骨鶏を多紀さんの顔の前につきだせば烏骨鶏はつつかずに蹴りをくらわせていた。
「うおっ!波瑠ちゃん酷い!」
「うわぁ、多紀さん男前になったわぁ」
 爪で引っかき傷が出来てしまったが気にせずに笑うあたり二人の信頼関係とかは良好以上なのだろう。
「一応消毒しておきましょう。どうぞ入ってください」
「いやぁ、悪いねぇ」
「もう多紀さんってば相変らず運動神経悪いんだから」
「波瑠ちゃんが鶏になれている方がおかしいよ」
 一応水道水で顔を洗ってもらう。消毒はその後だが土間上がりに座ってもらって治療する事にした。
「だって私女優なのよ?牧場主の奥さんの役もやった事あるし時代劇で庭に鶏がいるなんて当たり前だった物。触れる機会があれば触ってみるのが体験って言うものよ」
 フンと胸を張りながら俺から消毒液と絆創膏を受けとり傷のお世話をした所でちょっと失礼と家の中に上がって多紀さんを連れて縁側に立ち
「みなさーん初めまして!本日主人の代理でお邪魔します大林波瑠でーす。波瑠ちゃんって呼んでね?そしてこの絆創膏男が旅は道連れで連れてきちゃった仕事仲間の大守多紀さんです!こう見えてもそこそこおじいちゃんなのであまり弄らないであげてね!
 今近くの宿場町で映画の撮影をしていて冬休み位に上映するからみんな見に来てね!」
「え、番宣なの?」
 と突っ込むも誰もが波瑠さんに釘付けでスマホのシャッター音が止まる気配がない。動画用のカメラを向ける陸斗に向かって投げキッスをする波瑠さんに皆さん大うけだ。主役は間違いなく彼女だといつの間にか陸斗を背中からその手を取ってカメラを波瑠さんに向けて撮影をする多紀さんは確かに監督さんだと疑わずにはいられなかった。波瑠さんに引っ張られている時の情けない顔は今どこにもなく、陸斗を通してファインダーを覗くような視線はさっきまでの人物とは別物だった。
「あとつまらない物だけど、お土産。おばあ様にお供えさせてね」
 仏壇どこときょろきょろして家の中を探索する波瑠さんは土間台所を見つけ
「キャー!飯田君!!
 いつみても素敵な背中だわぁ!!!」
 そんな悲鳴に親兄弟が一斉に振り向いてぎょっとしたのは波瑠さん。慌てて追いかければ陸斗からカメラを奪った多紀さんもついてくる。
「波瑠さん紹介します。
 飯田さんのお父さんとお母さんと弟さんです。飯田一家が我が家の台所を占領してます」
「まぁー、初めまして。大林波瑠でーす。お仕事は女優してます」
 そんな挨拶にお母さんは嬉しそうな顔で悲鳴を上げて、弟さんはびっくりしたように口を開ける中、お父さんはぺこりと挨拶をするだけで直ぐに料理に集中してしまった。
「ごめんなさい。お仕事のお邪魔するつもりはないの。
 ただ、噂の土間の台所を見て見たくて。飯田君、片付いたら新しい台所合わせて紹介してくださいねー」
 またねとさらりと挨拶を終えて去って行った挨拶に
「かっこいいなあ」
 あんなこざっぱりとした大人になりたいと思うのだった。


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