上 下
186 / 976

まずは一歩 2

しおりを挟む
 金曜日、この日は気合を入れてパソコンの前に座った。
 こーっこっこっ……
 長閑にも聞こえる烏骨鶏の囀りに癒しを覚え、いつもの通り内田さん達の仕事も本日はお休みとなっている。
 いつもの通りパソコンの周りにこれでもかと食料と飲料を置いて戦闘開始。 
 最近適当だったしなんだかんだで結果を出していなかった。ちょっとやそっとじゃなんて事ないぐらいの蓄えはあるが、今回家の手入れをして弾き出された具体的な数字にジイちゃんより少し若い程度のこの家をいかに保つ為にはと考えると、蘇らせた家の分も世話をしなくてはいけない金額が必要だ。
 それぐらいはいくらでもなんとかなる。
 この家の一番の問題は環境なのだ。
 ジイちゃんだ自分で伐採、抜根、剪定、植樹となんでもやっていた。
 庭木程度なら伐採はやれるが山の木となると疑問だ。切って、山から運んで下ろして……となるとお手上げだ。
 機械が入れるところならなんとでもなるだろう。実際子供の時ジイちゃんに連れられて仕事をしていたのを見ていたのだ。やり方もコツも注意点も今もきちんと覚えている。道具の取り扱いも機械の怖さも教えてもらっている。
 何より山には神様がいる。
 この大自然の中で暮らす故の信仰だろう。そう言った迷信じみたことも教えてもらった。
 山に住むとは山の恵みに感謝をし、自然にあがらえない事をきちんと恐れ、今ある命を敬う、そういう暮らしだと教えられた。
 小学校の夏休みの自由研究のテーマに取り上げた題材にジイちゃんはそれはそれは嬉しそうに、この吉野の歴史を全部を語る勢いで俺に話す。
 とは言っても夏休みが終わってすぐに東京に戻り、それからしばらくもしないうちに風邪をこじらせて、夜眠るように逝ってしまった……
 あまりにも呆気なくって返却された夏休みの自由研究をお棺の中に入れてもらったけど、ジイちゃんはどう採点してくれるか、厳しい答えとまたあの嬉しそうな顔で一から話が始まるのだろうかと想像をして、なんの答えのない……
 初めての死別という体験に涙をするのだった。
 そのジイちゃんが誇った家と山を守る。ここに来てやっと決意ができた。
 とは言え、命大事に。
 これは絶対だ。
 一応この家はフェンスでぐるりと囲んである。あまりに広範囲なので肝心のフェンスなんて見えないし、猿なんて余裕で超えてくる。広すぎて猪や狐達が掘っただろう穴もどこにあるか見つけられず、壊れている所もあるのだろう。熊も当然やってくる。
 うん。
 意味ねえ……
 なのでここは一つ気合を入れてフェンスを直す事から始めなくてはいけない。
 来年の春から。
 仕方ないじゃないか。
 もうすぐ冬が来るんだぞ?
 冬と同時に雪が降るんだぞ?
 動物達の蓄えの季節に入るし、熊が冬眠の為のバーサーカーになる季節なんだぞ?
 そして雪が降ったら遭難率が上がるんだぞ?
 うちの山で人が死ぬのは勘弁してくださいと土下座してお願いする内容だが、過去には何人なんて生ぬるい数の人が亡くなっているのだ。
 今更なんて決して言わない。
 取り敢えずこの家と畑をぐるりと囲む範囲のフェンスを作ってもらいたい。直ぐに穴を塞いだり補修できるように見えるところにフェンスが欲しい。家主すら知らないところにあるフェンスなんて意味ないだろうとフェンスの探索も猟友会の人と一緒に探索する事に決めた。
 今回からはそのための資金集め。

「やるぞ!!!」

 俺の気合の結果「やり過ぎです」と税理士さんに笑わる未来が見えたがちゃんと毎月報酬を支払っての雇用契約をしているのだ。気持ちよく応援してもらいたいものの半分は税金で引かれるからやりすぎぐらいがちょうどいいのですと他にお金のかける所のない山奥の生活の数少ないお金の使い方だ。
 多少ゾンビ状態になってはいるもののやり切った感は十分以上だ。
 温かな縁側に座布団を枕に沈みかけた陽射しの中一瞬うとうととする。ガラス窓越しに烏骨鶏が人影を見つけて餌を集ろうと集まってきたところで嘴でガラスを叩く音にクッキーの缶に入れておいたミルワームを取り出して庭にばら撒いた。
 クッキーだと信じて嬉しそうな顔を隠さずに対面した干からびたミルワームと対面してキャーッと悲鳴をあげたのは植田だったか。妙な親近感を覚えたがこんなのにビビるなんてと笑いながらミルワームを植田に投げつけたことを思い出す。クッキーの缶はサビが出てきたから思い出と引き換えに新しい缶に変えたい。
 そもそも植田はクッキーだと思ってたのにミルワームだったからその差に頭が処理できずにパニックになっただけで、この家に来る奴らで俺みたいにガチで涙わ流す奴なんて誰もいない。ふっ……
 そんな思い出に浸ってるのも楽しいもののあと少しでめんどくさい奴が来るのだ。
 かつては教師と生徒という間柄の今は友人の先生が腹をすかせてやって来るのだ。文化祭と体育祭の準備で忙しいとぼやきながらも理科部の出し子に何にしようって相談に来るのもお約束。毎年恒例手作りラムネの実食で良いじゃんと思いながらも一応遠心分離機を利用したわたあめ作りとか、魚の解剖と称したお刺身の実食とか案をいくつかだしてラムネしか許可降りなかったというのもお約束。校長が変わらないことを切に願う。
 朝水を抜いて昼に掃除して水を溜めて
「そろそろ暖かくしておくか」
 時計を見れば来るまでにはまだ一時間以上はかかる。時間は十分。
 散々食べ散らかした後だけど空腹を訴える胃袋にお釜でごはんを炊いていっぱい食べようと気合を入れた。






しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多
大衆娯楽
夜月燈火は亡き祖父の家をカフェに作り直して人生を再出発。 高校時代の友人と再会からの有無を言わさぬ魔王の指示で俺の意志一つなくリフォームは進んでいく。 あれ? 俺が思ったのとなんか違うけどでも俺が想像したよりいいカフェになってるんだけど予算内ならまあいいか? え?あまい? は?コーヒー不味い? インスタントしか飲んだ事ないから分かるわけないじゃん。 はい?!修行いって来い??? しかも棒を銜えて筋トレってどんな修行?! その甲斐あって人通りのない裏路地の古民家カフェは人はいないが穏やかな時間とコーヒーの香りと周囲の優しさに助けられ今日もオープンします。 第6回ライト文芸大賞で奨励賞を頂きました!ありがとうございました!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

超時空スキルを貰って、幼馴染の女の子と一緒に冒険者します。

烏帽子 博
ファンタジー
クリスは、孤児院で同い年のララと、院長のシスター メリジェーンと祝福の儀に臨んだ。 その瞬間クリスは、真っ白な空間に召喚されていた。 「クリス、あなたに超時空スキルを授けます。 あなたの思うように過ごしていいのよ」 真っ白なベールを纏って後光に包まれたその人は、それだけ言って消えていった。 その日クリスに司祭から告げられたスキルは「マジックポーチ」だった。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

処理中です...