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変らぬ距離ならこれが適正 2

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「お前らさ、綾人と本当に仲良くしたかったらあいつの要望ぐらい聞けよ」
 圭斗はだいぶ顔見知りになった夏樹と陽奈に思いっきりの嫌味を言う。
「いくら周りに言われても相手の事を考えれないんじゃあ綾人は心開いてくれないぞ。って言うかさあ……」
 はあ、とため息をこぼし
「ここに来た理由は上官命令とか言う愉快な内容か?それは世間一般に言うパワハラとモラハラだ。
 お山で遊びたい?古民家に泊まってみたい?別にここじゃなくてもいくらでもできるだろう」
 夏樹と一緒にいる男達三人はバツの悪い顔をして、年長者の一人がその顔を見てうまく使われた事をやっと理解した。
「あんたは全く知らなさそうな顔をしてるけどあいつここでの生活の動画をあげててそこそこの認知度があるんですよ」
 スマホを操作して目の前に立つ古民家の動画を見せる。興味深そうにスマホと現物を見てほうほうと言いながらスマホに向ける視線は映像ではない情報を拾い上げてなるほどと部下達を睨みつけていた。当然部下達は目を逸らして、それが全てを物語っていた。
「お前はさ綾人とスマホ越しに会話をしてもらえた、それで満足するべきだったんじゃないかな」
 言えば陽奈だったか陸斗と同じ歳の少女は夏樹にぎゅっとしがみつく。こっちはちゃんと弁えているようだ。だったら説得しきれよと恨んでしまう。
「あと、あいつこの間仕事で東京行った時に実の親父と偶然にもバッタリと出会って、意識朦朧で担がれながら帰って来たんだよ」
「綾ちゃん叔父さんと会ったの?!」
 ギョッとした声の陽奈に
「愛人とその息子の誕生日パーティーの帰りだとさ」
 愛人という言葉に同僚の皆様は顔を引き攣らせる。そしてこんなお節介の人間達には想像もつかないドラマだけの世界な事を告げる。
「綾人が誕生日を祝われた事のないのに、愛人の息子にはホテルディナーでお祝いって、ほんと腐った人間クソだな」
「叔父さん事はいいの。それよりも綾ちゃんは、大丈夫なの?」
 夏樹の手を離して俺に詰め寄る陽奈に
「今日やっと監視を解いて一人で行動させて見た所だ。食事もやっと一人前食べれるぐらいに戻って、おまえだって知ってるだろ?食べても吐くのが分かってても食わないと人は生きていけないって事を」
 あの夏の日を思い出させれば俯く頭に来るなと言われたのに来た奴が心配する権利はないと睨んでいれば
「篠田、お前は綾人君の所に戻ってろ」
 内田の師匠の言葉に少しだけ俺がここでと思うも浩太さんにまで
「お前は直情過ぎるから」
と言われればため息を吐いてそのまま綾人の所へと向かう。
 その後ろ姿を見送って声が聞こえない所まで離れた所でやっと口を開いた。
「さて、招かざるお客様方。少し話を聞きなさい」
 そう言って新しく生まれ変わった離れと風格ある佇まいの母屋に目を向けて
「今生活している母屋はわしの爺様が建てた築七十年以上のもので、随分と丁寧に暮らしてもらってるからあと百年は住める良い家だ。
 そして新しい家は爺さんのさらに爺様方が作った家だ」
 突如始まった自慢話に夏樹と陽奈は戸惑いながらも、目の前の人達がお婆ちゃんがよく言っていた大工の人だと察した。
「吉野の御代はこの家の先々の事をちゃーんと心配して木こりを辞めたというのにこの家を一軒作れるぐらいの材木を用意してくれていた。柱用の丸太から床材や壁材用の木材、障子やドア用の木材。木をよく知ってるだけに、ずっと自分の家の木を育てて来たのだろう。この家が御代の代で終わらないようにと願いながら」
 浸りと夏樹と陽奈を改めて見て
「綾人君は御代の選択を選んだ。一人この山に残る事を選んだんだ。あの子は自分の才能未来と引き換えにこの家を守りすがる事を選んだ。いや、選ばされたのだろう」
 悲しそうな視線に周囲はただ耳を傾ける。
「綾人君の面倒は浩太がちゃんと世話をする」
「俺かよ」
 苦笑する声はこの家を世話させてもらえるのなら別に良いけどと言う嬉しげな物は内田一族が代々作り続けた家の世話を任せる後継と認められた証拠。親から認められる事以上の喜びはないという喜びをここでは隠すことができる大人だけど喜びは纏う空気からダダ漏れだ。
 だけどその浮ついた空気を一掃するように
「綾人君の生涯の間に御仏前を案内してもらえるようにじっくり壊してしまった関係を修復しなさい。
 あの家だって親父が何度も修復しているし、離れに至っては人が住める物じゃないのに綾人君は爺さんの残してくれた材木を活用してまた家として復活させた。そしてなんだかんだ言ってお前さん達をまだ見捨ててないのだろう?」
 聞かれてどうかと思うもなんだかんだ未だにスマホに自分たちの番号は登録されていて、拒否られてはいない。
 その言葉にこくんと頷いてしまえば
「ならじっくりと向き合いなさい」
 その言葉に夏樹と陽奈は再び小さな返事をみまもって
「さて、右も左もまだわからんガキに大人は何をやってる。吉野はお前達の好奇心を満たす場所じゃないぞ」
 先ほどよりも厳しい声で問いただせば何もわからずについて来た上司が
「田宮と申します。部下がご迷惑おかけしました」
 綺麗な姿勢で頭を下げる姿勢に以下全員が同じく頭を下げる。
「全くだ。こっちは念願の家にわしの歴史を刻ませてもらってると言うのに、危うくこの中途半端な状態で家作りを放棄されるんじゃないとヒヤヒヤだ」
 ふんすと鼻息荒く息を吐き出す様子に上官は空気を変えるためにもやれやれというように申し訳なさを全面にして謝罪をもう一度重ねて
「所で、このような所で家を建てるというのは随分するのでしょう?」 
 お金が。
 こんなところに引きこもった若造が払えるのか?それをこの二人に背負わすつもりでは?と言うような心配げな視線にもう一度鼻息荒くその心配を吹き飛ばすして
「そんな心配しとったのか?
 当代吉野は気前がいいぞ?男前だぞ?      
 既に見積もりで弾きだした金額は全額入金してある。しかもさらに何か必要なら言ってくれと人件費も惜しみなく出してくれる、他人に心配されない程度には稼いでいるぞ。
 むしろそれをむしり取りに来る血の繋がっただけの親戚が来る方が迷惑だともな。
 じゃから赤の他人のお前さんに心配される所以はない。
 全くもって、なんであんな良い子を山奥に閉じ込めたのか不思議でたまらん」
 言って一度家を見てからまた夏樹と陽奈を見て
「お前さん達が綾人君を頼ることがあっても綾人君はお前さん達を頼る理由はない。そういう関係になったのは自分たちだという事を理解して、今日はもう帰りなさい。これ以上暗くなると綾人君にいらない心配をさせる」
 それは誰に対してか。田宮と名乗った年長者がもう一度綺麗に頭を下げればまた全員が頭を下げる。
「次お会いするときは許された時に」
 と言うも
「そのときは生きてるかが心配だな」
 かかと笑うも笑って良いだろうかと戸惑う一同は乾いた笑みをこぼすだけだが。それでも年長者の笑いは空気を左右する力があるのか強張った顔ぶれはホッとしたものに変わった所で陽奈は道端にあった小さな花を摘み出した。
 萩に桔梗に竜胆、他にも名も知らない、きっと何かで溢れた種が芽吹いたのだろう花々を、思い出と変わらぬ咲く花々を小さくまとめ
「これ、御仏前に飾って下さい」
 全てここで咲いていた花なのにと思うも
「お婆ちゃんの好きな花です。綾ちゃんこういうのはあまり興味ないと思って」
 言われれば畑の一角で咲く花は小さな野菊ばかり。仏花と言えば野菊と言う刷り込みなのだろうか縁側から声をかける時に見える仏壇に飾られた花はものの見事野菊だった事を思い出す。
 浩太は差し出された花を受け取り
「花には罪はないからね。これは綾人君にではなくお婆ちゃんにっていただくよ」
 ホッとした顔に周囲も笑みをこぼして、ありがとうございますと陽奈は笑みを浮かべた。

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