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瞬く星は近く暖かく 12

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 夜は久々に賑やかな夕食となった。
 内田さん達が帰って暫くすると先生が陸斗を連れてやって来たのだ。
「先生お久しぶりです。今夜は綾人さんのリクエストで茶碗蒸しですので食べて行ってください。栗もありがとうございました。折角なので栗ご飯にさせてもらいました。残りは栗きんとんにしたり、母が茶巾絞り何て作ってますのでご飯までのおやつに食べてみてください」
 台所に行って妙に大人しいと思ったらそちらで西野さんの奥様と山のような栗で戯れていたのはせっかく向いた渋皮の栗がザルからなくなっていた所で気が付いた時だった。俺が鬼皮を向いて飯田親子で丁寧に渋皮を剥くと言う黙々とした作業はそれでも一人でするよりも早く進み、二階で遊んだツケではないが森下さん達は離れの作業をライトを設置しながら進めるのだった。もともと冷蔵庫の為に電気は通してあったので作業に不便さはないと思うが、それでも暗いだろうにと事故につながらないか心配はある。
 とは言えご飯の時間。
 二人には先にお風呂に入ってもらい着替えた所で食事となるのだった。
 昼の煮物にレンタカーを借りた時の隣の農協で肉や魚を適当に買って来た物で作ったカラアゲやエビのフリッターに飯田さんに教えてもらって覚えた秋の味覚。栗を渋皮が付いたまま素揚げてぱらぱらと塩を振った物が箸休めとし鎮座しているのだ。栗好きの圭斗はひたすらぱくぱくと食べている為に圭斗から取り上げられる事件へと発展してしまったが
「鬼皮が付いた奴もイケるとは思いませんでしたよ」
 鬼皮事バリバリと食べる山川さんに森下さんも幸せそうに噛み砕いて
「焼酎がすすみますね!それにこの猪の味噌漬けもなかなか!」
 しっかりと飯田料理を堪能する森下さんと山川さんはビールも次々に空けて行く。
「虹鱒の刺身がだされるとは」
「養殖で餌も虫は与えられていません。寄生虫もほぼほぼなく、でも父さんと俺は万が一を考えて刺身はありません」
「料理人の鏡だねぇ」
 先生は涙ぐみながら先ほど引っこ抜いてきたワサビをすりおろして透き通った白身の刺身を口へと運ぶのだった。
「それにしてもワサビまで栽培してるとは驚いだな」
 飯田父も皮を剥かずにすりおろしたワサビだけを口へと運び目を瞑って味わっていた。
 ツーンとしてるだろうと心で突っ込みながらも大きくカットされた唐揚げを口へと運ぶ。ニンニクと生姜がよく効いた唐揚げはカリッとした衣の中に閉じ込められた溢れんばかりの肉汁が噛み締めるたびに溢れ出てきて俺はもちろん圭斗と陸斗を虜にするパワーがあった。だけどお父様方は飯田父が山を見た時に見つけたという天然の自然薯のすり身を出し汁に落としただけの料理に感動に震えていた。バアちゃんが良く見つけてきたからあるのは知ってたけど怪我をしているのによく掘れたなと感心するも、森下さん達が泥まみれだった事を思い出せば想像はできた。となれば美味さもまた別格だろうと納得するしかない。
 俺の隣で陸斗が唐揚げを噛み締めているのを見守りながら熱々の茶碗蒸しを手に取る。中には俺の要望通りの栗と銀杏、一口大の烏骨鶏のもも肉に自然薯の短冊が幾つか。表面には細く切られた椎茸の餡がかけられていて烏骨鶏の卵と混ぜた鰹出汁と合わさって旨みが倍増だ。
 ぷるんとした卵をスプーンで掬い、何度か息を吹き付けてゆっくりと啜るように口へと運ぶ。勿論周囲に不快を感じさせないように音は立てずにゆっくりと、そして舌で包み込むように咀嚼。
 じんわりと口に広がる優しい味に恍惚と天井を見上げてしまう。
「陸斗、綾人のこれは病気みたいなものだから気にせずちゃんと食べておけ」
「父さん達も、綾人さん好物にはこうなるので気にせずに食べてください」
 見慣れた光景だという先生や飯田さんが何やら説明しているが俺は気にせず茶碗蒸しに隠されたお宝を一つ一つ発見してしっとりと品の良い塩梅の出汁を含んだ秋の味覚を堪能する。
「せんせーフリッター食べないのなら下さい」
「圭斗君フリッターにはワサビのタルタルソースを試して見てください。ワサビの葉を刻んだ物を入れてみましたのでたっぷりとどうぞ」
「っあー!鼻からワサビの辛みが抜ける!」
「食べる直前に和えましたので」
 よく効くでしょう?と笑う飯田さんの笑みに何やら黒さを感じたが、俺はこの頃茶碗蒸しに隠された栗を発見して夢見心地にゆっくりと何度も噛み締めていたので圭斗が涙をこぼして悶える姿なんてどうでもいい。
 そんな圭斗の姿を見てみなさんほどほどに控えて召し上がるも飯田父は食べるたびに首を傾げながらも黙って食事を続けるのだった。
 この癖、お父さんの癖だったんだと理解した。首を傾げるたびに飯田さんはお父さんの方を見て料理をチェックするかのように同じ物を食べていた。
 ゆっくりと探るように、集中して味を確かめる顔は何かを見つけて苦い顔をする。だけど何も父子は会話する事ないまま二人の食事は黙々と進む。いや、これほど雄弁な食事はないだろうと気付けばこの親子に言葉と言うツールが必要でない事を理解した。この親子の間には料理に関してはもう言葉で伝え合う必要がないのだと、羨ましくもあり、厳しさという愛情を理解するのだった。



「厳しい方ですね」
「気付きました?昔からああなんですよ」

 長距離の移動と高原地帯の酸素の薄さにみなさん早々にお休みになられる中、台所で恒例のバアちゃんの梅酒を飯田さんと二人で飲んでいた。圭斗もビールを飲んだために陸斗と共に二階で眠っている。意外にも篠田家の夜は早い。
 宮下は結局親父さんとお酒を飲んでしまってこっちに来れなくて、今はお兄さんの愚痴を聞いてるとメッセージが届くのだった。
 先生も圭斗達と一緒に寝てしまったのでいつも通りぐい呑みに一杯ずつお酒を注いで、栗の素揚げと銀杏の素揚げを並べるのだった。
「実は隠しておきまして」
「栗は食べ放題ですからね」
 とても安いは言い切れない国産栗は当然無農薬。栗の栽培の森林限界値にも近い場所ながらこうやって食べることができるのはジイちゃんのおかげという物。
 一時期この山には杉しか生えてなく、生態系とかいう言葉を耳にするようになって植えたと言う木は栗だけではない。俗に言うどんぐりの木を何種類もこの家から遠い所で植林をし、害虫対策と言わんばかりに一本一本の距離を開けて明るい森づくりに心がけていた。それから月日は流れ、その恩恵を頂くことになっているが
「山菜も食べ放題です。
 俺としては、この季節山の恵みをありがたくいただけるので大満足ですが」
 銀杏の素揚げを口へと運ぶ。カリッとした食感と結晶化した塩を纏う銀杏の塩辛さは不思議と手は止まらずにいて
「銀杏の木育てようかな?」
「雄株と雌株がいりますよ?」
「道沿いに植えるか」
「臭いますし。あと大きくなりますよ?」
「確か結構幹の側でバッサリ斬り落としても大丈夫だっけ?昔落ち葉が終わるころ丸坊主になってる木を見た事があったんだけど。そもそもここでも育つのかな?」
「そう言えば店の側の並木道でも枝がバッサリ斬り落とされますね。北海道でも銀杏は育ってるので寒さは大丈夫でしょう」
「ふむ、これで銀杏も食べ放題だな」
「食べ過ぎると鼻血出しますよ」
 まるで体験談のような言い方に詳しくは聞かずに察する事にしておく。何事も距離感と言うのは大切だからねとニヤニヤと笑ってしまえばバツの悪い顔。だけどこの件に関しては蒸し返さずに鼻血には気を付けようと銀杏を食べていれば
「何だ。まだ呑んでたのか」
 飯田父がトイレに起きたようで台所にひょっこりと顔をのぞかせてきた。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
 ちょこんと頭を下げるも水を貰いたいと言ってウォーターサーバーで白湯を作って台所の机の一角に座るのだった。そして机に並ぶ瓶詰を見て
「また随分と漬け込んだ物だな」
「死んだ祖母の遺産です」
 言いながら飲みますと聞けば少しだけと言われてラベルを見てぐい呑みに飯田さんが注いでくれるのだった。
「お湯で良いですか?」
「ああ、ここは冷えるからな」
「布団の追加だしましょうか?」
「いや、布団は温かいが、トイレまでが遠いな」
 昔ならではの作りなのでそれはしょうがない。
「薫が産まれる前に、私が小さい頃育った家がこう言った古民家で、今では店の離れの場所にあったな。とにかくトイレが遠くて、外に在って、冬の夜は寒くて嫌だった」
 ちびりと山査子のお酒をなめて目を瞠り、絶妙な甘さだなとの言葉に悔しそうな顔をする飯田さんの表情を見て、これは最大の褒め言葉なのだと理解するのだった。
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