上 下
145 / 976

静かな夜に 7

しおりを挟む
「だけど一度本当に会えないかな?」
 なお食いついてくるだけに余計に怪しめば警戒されている事に気がついて慌てて謝罪。
「いや、何も悪い事考えてないんだよ!
 ただうちの奥さんがっ!」
「奥さん?」
 まさかの既婚者だった。
 いや、結婚してても構わないんだけどねとなんとなく独身のような気がしていただけにショックを覚えた。
「話してなかったっけ?」
「初耳です。まあ、いてもおかしくはない歳だとは想像してましたが」
 言えば失笑されてしまった。
「うちは奥さんも働いているからね。子供がいないから余計に所帯持ちの匂いがしなかったかな?」
「あー、そう言うのまだわからない年代ですので」
 たかが通話越しに相手が既婚者かどうかなんてわかるわけないだろうと盛大に心の中では突っ込んでいるが
「そのうちの奥さんが問題でね、この間何か一晩中動画を見ているから何見ているんだと思ってのぞいたら先日の天体観測のLIVEやってただろ?それを一晩中ぼーっと見てたんだ。貴重な休みをそれにつぎ込んでね」
 苦笑しながらの告白にあの視聴者の中に奥さんがいたんだとチャット機能の中に書き込みがあったかなと想像してみる。
「奥さんにこの人達の動画癒されるから見てって言われてね。俺も視聴者なのを黙って見てたんだけど奥さん君達のファンでね。
 俺も引くぐらい君たちのファンでね。
 ビール代って言って投げゼニするぐらいでね、お風呂シーンにお酒どうぞって投げゼニしてね」
「あー、覚えてます。って、え?
 マジっすか?!なんか、その、ごめんなさい」
 なんかここはそう言う店じゃないって言うくらいに貢いでくれた人がいた事を思い出す。飯田さんの時が一番アツかった人がまさかの奥さんだと考えれば申し訳なさすぎるだろうと平謝りするしかない。

 失笑響く通話は酷く穏やかなもの。
「俺も一緒になって奥さんと夜通し星空見ててね。
 あんな早起きするんだって感心したよ」
「まあ、お客様を寝たまま送り出すのはできないしね」
「あの『コックさん』さん爽やかな人だよね」
 飯田さんの動画上の名前にもうちょっとひねろって言われてるけど定着してしまった今では今更変える事の出来ない名前になってしまった。
「爽やかって言うより情熱の人ですよ」
 高卒で単身フランスに飛んだ探究心の塊がそう見えるのは今を全力で楽しんでいるからだろう。
 畑も耕すし、解体も厭わない。雑用も喜んで引き受けてくれるし、俺の為に無償で料理を用意してくれて常に健康を確認してくれるお母さんのような人だ。絶対にお母さんなんて言わないけど。
「情熱なら俺も負けないよ」
「俺は負けますけどね」
 あんなふうに生きることはできないと言えば
「『アヤ』さん」
 動画上の名前で呼ばれる。
 真剣な声で呼ばれてなんだと首を傾げれば
「『アヤ』さんもその若さで山奥に閉じこもってる理由は知らないけど、一生懸命烏骨鶏の世話をして畑を耕し山の世話なんて並大抵じゃできないよ。
 『アヤ』さんも相当な情熱の人です」
「そうですかね」
 しれっとそんな大したもんじゃないだろうと言うもその言葉はじわりと胸に広がるように熱を伝えてくれてクシャリと髪を握りしめてしまう。
 通話で良かったと思いながら込み上げる何かをやり過ごすように深呼吸を繰り返す。
 認めてもらう事がこんなにも呼吸困難に陥らせるほどの喜びを連れてくるなんてと、バレないようにマイクを手で覆っている間にも話は続くのを黙ってありがたく耳を傾ける。
「そんなこんなで動画の最後朝になった時烏骨鶏のテーマ使ったじゃないですか。小屋から出した時」
「使いましたね。LIVEで編集できないからスマホからアナログで流しましたね」
 いつもなら十秒も使わないけど三分ぐらいのちゃんとした曲を初めてフルで流した。もちろん何故にこんな大作?壮大な烏骨鶏のテーマwと徹夜明けの視聴者様を喜びで賑わせるハイテンションな曲は今度ちゃんと聴きたいとのリクエストの弾幕に近いうちにと約束させられてしまったので久しぶりに烏骨鶏動画回を作らないとなと今思い出したのは秘密だ。
「それでですね」
 何故か急に真面目な声になったと思ったら
「奥さんにバレちゃいました。
 この曲作ったにあなたでしょうって」
「わかるものなのですか?」
「いつもの所だけじゃ気づかなかったみたいだけど、結構クセって言うの?最後のバイオリンの音を入れた所で気づかれました」
「シンセサイザーじゃないんだ」
「結構楽器の音も入れてますよ。
 だからかバイオリンの音でバレちゃいましたけど」
「俺音楽わからないけど、バイオリンって一つ一つ個性が出るって聴きますけど、それでわかるものなのですか?」
「一応俺の演奏に惚れて結婚したって言う経歴なので」
「ふーん」
 結婚願望ゼロの俺にはわからない感覚だがそれもまた縁でよろしいじゃないですかと流しておけば
「その奥さんが今背後で包丁を持って絶対今度ご飯を一緒にしましょうって約束しなさいって脅されてるのですよ」
「ごめんなさい。かわいい烏骨鶏のお世話があるので無理です」
 そんな包丁片手に脅してくる人と仲良くなりたくないとお断りしてしまえば
「ちょっと何人をバイオレンスでドメスティックな人にするのよ!」
 奥さんの声だろうか。
 なんか聞いたことある声だけど思い出せずに「痛い!落ち着いて!お鍋吹いてるから!」その内容でただいまご飯の準備中な事を理解した。包丁をもってるわけだと納得できれば
「『アヤ』さんですか?!はじめましてこの人の妻です!三年ほどずっとファンです!」
「ほぼほぼ初回からぐらいじゃないですか」
「はーい!登録者数が一万人も居ない頃から毎週見てました!」
 まさかのディープなファンとの遭遇だった。
「うちの人は登録者数一桁からの付き合いって自慢するのが鬱陶しいけど、まさかこんな形でお話しできるなんて思わなくて感激です!」
「あ、りがとうございます」
 パワフルな嫁さんだなと腰が引けてしまう。
「そうだわ!せっかくだから今度の週末ご飯一緒に食べましょう!
 今度の週末まで私たち休みなの!これを逃すと私はしばらくこっち帰って来れないし、旦那様はイタリアに行っちゃって当分会えなくなるの。だからご飯一緒に食べましょう!
 そうだわ!遠くから来るならうちでお泊まりしない?ゲストルームちゃんとあるから安心して!来るなら車?駐車場もあるから大丈夫よ!」
 怒涛の既に決定事項の言葉は久しぶりのペースで思わず合わせるテンポを間違ったために
「いえ、泊まるならホテル取りますので。知らない人の家には止まれませんので……あ」
 一番反応してはいけないところで返答してしまった。
「ありがとうございまーす!
 じゃあじゃあ、ご飯は何食べる?イタリアン?フレンチ?あ、お寿司もいいわね。好きなもの奢るわよ」
 拒否はもうできないらしい。押しが強いなとこんな調子で結婚を迫られたんだと想像ができてしまった。
「すみません。俺の行きたい所でもいいですか?」
「勿論」
 既に会う事が決定してしまえば開き直るしかないだろう。
 うっかりと約束させられてしまったのだから、少しぐらい俺の融通も聞いて欲しいと言うものだ。
「では、場所が取れたら連絡します。
 無理ならお願いしてもよろしいでしょうか?」
「それは当然!私のお気に入りの美味しいところ案内してあげるわ」
「あざーっす」
 パワフル奥さんに対してぞんざいな返事だけど、それで満足したのか電話を代わってもらえて
「『アヤ』さん本当に無理言ってすみません」
「いえ、ただし東京はやっぱり遠いのでそこは覚えておいてください」
「本当にありがとうございます」
 通話の先で土下座する勢いで頭を下げられているような気配に苦笑しながらも
「それじゃあ、また決まったら連絡します」
「お待ちしてます」

 どっと疲れて時計を見ればもうすぐ日付も変わろうかと言う時刻。こんな時間にご飯かと思うもなんと言うかだ。
「腹減ったな」
 今から食べるのもなと思いつつインスタントラーメンを作って食べるのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多
大衆娯楽
夜月燈火は亡き祖父の家をカフェに作り直して人生を再出発。 高校時代の友人と再会からの有無を言わさぬ魔王の指示で俺の意志一つなくリフォームは進んでいく。 あれ? 俺が思ったのとなんか違うけどでも俺が想像したよりいいカフェになってるんだけど予算内ならまあいいか? え?あまい? は?コーヒー不味い? インスタントしか飲んだ事ないから分かるわけないじゃん。 はい?!修行いって来い??? しかも棒を銜えて筋トレってどんな修行?! その甲斐あって人通りのない裏路地の古民家カフェは人はいないが穏やかな時間とコーヒーの香りと周囲の優しさに助けられ今日もオープンします。 第6回ライト文芸大賞で奨励賞を頂きました!ありがとうございました!

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

処理中です...