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焦って急いでも着地地点は結局同じ、と思ったら大間違いだ 6

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 ポツリポツリと罪状を白状する様に、怖さを誤魔化すように半分ほどお茶を飲んだペットボトルを握りしめ
「綾人は俺が高校の時役所に就職する時反対していたんだ。
 俺の就職がそんなに羨ましいのかって、就職も進学もしなかった綾人に優越感に浸った時もあったけど就職してすぐに理解した。綾人があんなにも反対した理由。
 向き不向きがある、そんなの我が儘だって思ってたけど実際全く合わなかったんだ。全部ルールに嵌められてその順番通り時間に追われながら、次々に変る上司と、上司が変われば方針も変わって、だけどルールとノルマは押し付けられて……
 初めて綾人が言ってた事が正しいって理解できた。
 親に相談しても一切話し合ってくれなくって、だから綾人に相談したんだ。
 凄い恥かしかったけど綾人はこうなるって事を理解してくれてたように就業規定の本をスマホで写して送れって言いだして、すごく時間かかったけど全部送り終わった所で綾人から権利を利用して一年は頑張って働けって応援してもらって。
 狂いそうな中綾人が帰って来いって言う声を待ちながら何とか頑張って、帰って来たその場でバイト先を紹介してくれたんだ」
「相変わらず鬼ね」
 真顔で言ってしまうのは私も綾人さんの生徒だからだ。翔ちゃんも頷くも
「だけど結果から言えば綾人の鬼ぶりは正解だったよ。
 あのまま家で療養なんてしてたらバイト何て出来なかったと思う。
 帰った次の日にバイトの面接に出かけ、面接通って、魚なんて適当に捌いたぐらいしか覚えがないから戸惑って。だけど親切に教えてくれもらえてやりがいを覚えて初めて自分がこう言った事が得意なんだって。
 綾人はちゃんと見抜いてくれてたんだ。
 親は暫く機嫌悪かったけど退職金はないけどちゃんと保険も年金もあるからしぶしぶ了承してくれたよ。あと人の少ない部門だから凄くありがたがられて、親切にしてもらえてすごく良い職場だと思ったんだ。たとえ年収が二百万もない収入だけど凄く居心地がよくって何で公務員何てこだわったんだろうなってまた笑えるようになった俺に母さんたちはもう何も言わなくなったんだ」
 そう言ってからお茶を一口飲んで私を見て
「だけど俺は長沢さんからその話を貰ってすぐに受けたんだ。
 即答に長沢さんも驚いてたけど、すぐに話しを通して貰って九月を待たずに向こうに行く事になったんだ」
「九月待たずって、もうすぐに……」
 あまりの展開の速さに驚いていれば
「職場にも報告したし退職手続きもしてもらってる。あと二、三日行って有給消化に入るからそのまま制服とか保険証とか返して退職なんだ。だから一日準備にあてて、向こうでの生活の準備もあるからすぐに行かないと」
「それを圭ちゃんにも綾人さんにも先生にも話してないとか……」
「因みに親にもまだ話してない」
 きりっとした顔で言われてそれはさすがにダメでしょう!と叫んでしまえば向かいの山に反射して虚しいやまびこが響き渡っていた。
「親にはね、引っ越しとかあるから帰ったらすぐに言うつもりだよ?
 あと、みんな揃ってるからこのタイミングでみんなにも言うつもりだし……」
「こんな所で話しをしてる場合じゃないじゃない!すぐに引っ越しの準備しなくちゃ!」
 再度やまびことなって響き渡る私の悲鳴何て関係ないと言う様に翔ちゃんは笑顔を浮かべて
「ええと、荷物は車に乗せれるだけにするから大丈夫だよ」
「それもそうね、じゃなくて、引っ越しって思ったより必要な物があるの!」
「うん。俺も知ってる。だから要らない物は向こうで揃えるつもりだし、それぐらいの蓄えはある。と思う」
 不安しかない自信だ。
「ただ綾人がどんな反応するか怖くて……」
 どうしてなんて聞かなくても判る。
「やっとやってみたい、やりたいって思う事に出会えたのにそれは違うって言われたら、綾人の言う事は正しいから……」
 前例があるだけに不安なんだ。
 また間違えた選択をするのではないのか、そして役所勤めしていた時みたいに体を壊すほど心を病むのではないのかと。そしてどんな顔をして俺は再び家に帰ってくるのだろうか、不安しかない未来に自分で決めた決意が鈍りそうで、だけどもう後には引けない状況になっている。
 そんな翔ちゃんを見て私が呼ばれた理由が理解できた。
 綾人さんと先生に支えられてここまで復活したのに何の相談もなく決めてまた迷惑かけて、でも心は止まれなくって突っ走った挙句にふと我に返ればとんでもないことしちゃったと言う状況。
 だけど一つだけ言える事がある。
 約二年ほど綾人さんに勉強を教えてもらっただけだけど、一番病んでて笑う事すらなかった怖かった頃の綾人さんにビビらずに喰い付いて勉強を教えてもらって、メンタルまで鍛え上げられて……
 ゴリ先輩何て呼ばれる理由の大半は綾人さんのせいじゃない?と首をかしげてしまうのは仕方がないだろう。

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