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焦って急いでも着地地点は結局同じ、と思ったら大間違いだ 4

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「おはよー」
「うーっす」
 玄関の引き戸が開けられる重い音と共に二人の声が室内に響いた。
 返事をする前にずかずかと遠慮なく上がってきた足音は合わない物のそのまま台所に来て
「香奈ちゃんの見送りに来たよ」
「同じく顔を見に来た」
 声は宮下と綾人だった。
「ほら、先生も挨拶して」
「おう、うん。また帰って来いよ」
 ずびずびと鼻水を流して泣いていて陸斗が慌ててティッシュを持って来てくれた。
「相変わらず涙もろいんだからー」
 綾人がゴミ箱を抱えてここに捨てろと教育をするのは助かったが普段どうなってるかは……短いながら先生の家で寝泊まりしたから理解してます。あんな家に陸斗を住ませるわけにはいかない!と綾人に頼めばよーく理解している綾人はそれが良いと言ってくれてほっとしたのだった。
 あんな家ってどんな家だって?
 この地域の家は駅周辺じゃなければそれなりに庭付き駐車場付と都会では考えられないくらい広い。
 そんな中でも先生の家はわりとこじんまりとしていて一人暮らし、もしくは一家族が住むにはちょうどいい大きさだ。ほら、田舎だから三世帯四世帯あたりまえなんだよ。思わず生家の様子を思い出して六畳一間が俺達三人の部屋だった事を思いだしてしまった。当然跡取りの兄貴は八畳の部屋を独り占め。ベットもタンスもこたつまでちゃんと用意されていて、俺達はいわゆるせんべい布団でガタの付いた机を共有していただけだった。もっとも三人いつも一緒だったから寒いとかそう言った気にはならなかったが、その場所さえ奪われた陸斗の事を思いだすともう少し真面目に家に帰ればと反省はしている。
 そうそう、先生の家はと言えばコの字型の家で中庭があるのが特徴だ。
 高校の時雪が酷くて帰れなかった時先生の家に泊めてもらったけど、その時は雨戸も閉めきって、まだ引っ越したばかりで物も少なく寒々しい家だとしか覚えはなかったが、久しぶりに泊まったらそれは別の家になってたぐらい酷かった。
 唯一の救いは先生が一切自炊をしなかった事だろうか。そして最悪な理由はゴミを一切捨てないと言う所。
「一応ご近所にも悪いから俺達もたまに来て掃除はしてるんだよ?」
 宮下は言うが、そのたまにの頻度はどれぐらいだろうか。
「俺はお外専門だから」
 綾人はそう言って何もない庭を指差すのだった。
 草木も植えず、でもほんの少し申し訳なさそうに数本植わっているだけ。
 金木犀に沈丁花に躑躅。ちなみに中庭には何もなく軒先から垂らされた鎖樋の先に大きな水瓶があるだけ。
 綾人が言うには日当たりの悪い中庭なので植物を育てるには向かないから。椿ぐらいなら良いだろうが、その前に雑草対策で石を敷いたから諦めたと言う。
 嘘つけ。
 やる気が無かったくせに、と言うのは高校時代のただお祖母さんだけに心配させないように気を配ってた時代を知っているからのそれ以外一切やる気を失ってた時代を高校三年間見ていたからだ。
 まぁ、先生にはこの庭の何もないぐらいがちょうどいいかもしれないが、水瓶を覗けばそこには魚が住んでいた。
「これは……良いのか?」
 エサは?誰が世話を?
 疑問を覚えながら鮒金を見るように覗けば金魚達は瓶の底に隠れるのだった。「餌はボウフラで十分。時々餌をやりに来るが、立派に野生化しただろ」
 水替えは雨が降れば入れ替わるし、既に生態系が確立するほど放置されているのだ。今更手を入れる方が魚の命を脅かすと知らん顔を決め込む綾人とは別に
「ちゃんと俺がエサを週一であげてるよ」
 底に沈められた鉢植えから伸びたスイレンがぷかぷかと浮いているのを見てそれなりに楽しんでいるのは理解できた。
 家の周りにも石を敷き詰めて雑草はその隙間から目を伸ばした根性がある奴だけ。
「通りすがりに抜いてるからそこまでひどくないはずだよ」
と宮下は言うが
「外回りは綾人担当じゃないのか?」
「そこは臨機応変に」
 そっと視線を反らして知らん顔をするのだった。でもおかげで一応小ざっぱりとした外観は保てている。
 玄関まで植えられた沈丁花に隣庭との境に植えられた金木犀。塀の代わりに植えられた躑躅。住む前から置いてあった瓦を短く藁を刻んで土に練り込んだものを挟んでミルフィーユ状態にした塀が中庭の入り口で目隠しになっている。所々根付いた雑草が風に撫でられているものの、この枯れた感じは先生にはぴったりと言うか、これなら日差しの入らない中庭には悪くないといえようか。
 ちなみに綾人作だと言う。
 全く持ってあいつの知識とスキルは謎だと感心しながらも部屋の中を見ればこれぞ独身男の家だ……先生が作り上げた芸術だとすぐに理解できた。
 一人暮らしの二階建て。部屋は余すぎだろうと言うも夏は涼しい中庭に面した部屋を。寒い冬場は底冷えから逃げるように二階に移動。斜面に建つ家の窓からの風景は荒々しい巨大な岩が転がる川と昔の宿場町を見下ろすロケーションは時間が止まったように変わっていない。
 最も背後の室内には山ほどのプリントが積み上げられて崩さないように注意しなくてはいけない状況に窓も開けることができないが、寝る場所と食べる場所は常に宮下と綾人によって守られている。
「ほんと先生ってしょうがないよね」
 そう言って洗濯物は一室を室内乾燥の為に改造してそこに干してそこから着るというクローゼットを兼ねた部屋には一年の半分が冬のこの地域ではそれもアリだなと思う。
 どのみち冬場は外に干せないから縁側もしくは全自動乾燥機を頼らなくてはいけない。ならうちにも二階にそう言った部屋を作ってもいいかなと考える。
 暖房の暖かい空気は上へと逃げる軽さを利用して吹き抜けのそばにあるのが理想的だと、想像はいくらでも膨らむ。



「ねえ、圭ちゃんがなんか変なんだけど」
「ああ、あれか。別に気にすることはない。単なる職業病だろうから、宮下悪いけど香奈を連れて土産でも先に買ってこい。
 俺は陸斗達を見ながら先生と留守番してるから。
 圭斗はこうなったら暫く戻ってこないから放置で十分。ついでに昼飯買ってこい。はい、お昼代。
 香奈もそれぐらいの余裕はあるだろ?」
「お昼は一緒に食べるつもりで一日早く余裕持って帰るんだから大丈夫だけど……」
「圭斗なら大丈夫。今は少しそっとしておいてやれ…むしろ今は関わるな」
 不気味にも笑ったり唸ったりする兄の意外な一面を初めて見て香奈は宮下に促される様に買い物に出かけるのだった。


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