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逃げれない夏休みの過ごし方 2
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その日の夕方前。
思わぬ来客に俺だけではなく先生も頭を抱えていた。
沸いた風呂を堪能し一眠りしてから明日学校に行くために家に帰ろうかと話したところで一人の少女と青年が立っていた。
少女の年頃は高校生。
おしゃれしたいはずのお年頃なのに髪は一つに結わえただけで靴はくたびれたスニーカー。年季の入ったジーンズにファストファションお馴染みの無地のシャツとパーカーを羽織っていた。驚くほどの地味子だが、俺はそれを誰だか知っている。
「陽奈、それに夏樹……
なんでここに来たんだよ……」
夏樹と呼ばれた青年は鍛え上げられた体はシャツの上からでも隠せず浮き立たせていた。
「綾、連絡もなく悪い。
ただ連絡入れたらお前逃げるだろ?」
その指摘に一瞬頬がひきつり自分でも驚くぐらいの低い声で「当然だ」と、唸るようかの声に二人は沈黙をしてしまった。
「綾人、お客様さん?」
先生が呑気な声で風呂上がりの甚兵衛で夕涼みを堪能していたが、そういうわけにいかない様子に慌てて間に入って来た。
謎の甚平男に来訪者の二人も胡散臭げに視線を向ければ
「綾人さん、俺上に行ってます」
こういう空気を嫌というほど知り尽くす陸斗は逃げるように二階に行こうとするも、逃げようとする陸斗の右手を掴み
「二人は従兄弟で自衛隊に入った夏樹と高校一年生の陽奈。
で、こっちの甚平さんは俺が行っていた高校の先生と、こっちは高校の友達の弟で、家を工事中だから預かっている」
そんな簡単な説明。
だけど夏樹は工事の途中の家へと視線を向けて
「あれは……」
昔、まだここまで関係が崩れるなんて想像もしてなかった頃、よく一緒に探検した納屋の変わり様に驚いたのだろうか。
「母校から協力を頼まれてここで合宿場を開いてる。ちゃんとした場所を用意しようかと思って」
仕事に早々ありつけないかもと思って依頼した仕事は想像以上の人を招き、予想以上の出費があった事はふたりには関係ない。
「ちゃんと仕事してるんだな」
普段は何をしてるかは答えないが
「それで何をしに来たんだ?」
話しづらい様な声と口調で聞くも
「綾人、その前に陸斗の手を離してやんな」
キュッと唇を結んで何かに耐えている様な顔を見てゆっくりと手を見る。
指先は血流を止められて真っ青になったのを見て
「悪い!ごめん!痛かったな?大丈夫?」
慌てて手を離して血流が巡る様に揉んでやれば
「俺よりも綾人さんの方こそ大丈夫ですか?」
ヒリヒリするだろう手を自分でも揉み解せば
「なっちゃん、やっぱり帰る」
「陽奈……」
俯いて顔を上げずに泣き出しそうな声で
「綾ちゃんにはこれ以上迷惑かけれないよ。そういう約束してるし」
「だけどせっかくここまで来たんだ。せめて今の事情を聞いてもらうだけでも!」
ギュッと唇を結び、必要ないと頭を振りながら決して泣き声を溢さない様にうつむいたままの陽奈は慣れた足取りで敷地を害獣除けの柵を退けて出ようとするも
「なんかよくわからんが、嬢ちゃん。
せっかく久しぶりに吉野の家に来て墓にも手を合わさず帰るんじゃ一郎さん達も寂しいじゃろう。旅館を予約してなければ家においで。
婆さんとコレと孫が二人の家だが、職人を泊まらせる部屋ならたーんとある」
そして俺を見て
「綾人君にも少し時間が必要だから。明日改めて話をしよう、それが良い」
言いながら内田さんは二人を手招きして悪いが今日は上がりだと浩太さんに言うも残された井上さんは
「俺は時間まで仕事させてもらいます」
左官職人さんは他の予定もあるので長引かせれないと山の天気の読めなさに気持ちいいくらいのスピードで、リズム良いざっざっと撫でる様な音で壁を塗っていく。
腰板から上部を器用に真っ白に塗り付ける動きの無駄のなさはいつまでも見てしまう光景だったものの今はそれどころじゃないとトイレへと駆け込む。
そして……
フェイントの様に現れた二人に心の準備ができないまま対面した盛大なストレスに俺は胃袋の中身をひっくり返していた。
防音なんて言葉のなかった……あったかもしれないが、縁のないこの家の作りから言えばこのみっともない姿は丸見えもどうぜんだ。
「内田さん、悪いが二人をよろしくお願いします。俺は綾人の方看るんで」
「綾人、大丈夫か?」
夏樹の声が聞こえて、妙に優しさが押し出された声にまた盛大に胃袋が空っぽでもひっくり返そうとするえづく音を響かせるのだった。
「お前綾人に何したか覚えてるか?」
先生の声がここまではっきり聞こえる。
「お前がもらえるなら俺にも権利はある。うちの財産を分けろって散々綾人を他の従兄弟達と殴りかかってたな」
「それは……」
「そこの陽奈だったか?
かわいそーとか言って笑ってみてただろう」
「ご、ごめん、なさい……」
「またお前らがたかりにくるんじゃないかと思って張り込んでたが、よくあんなことをした綾人を頼りに来れたもんだな」
「だ、だって……」
おばあちゃんの財産をもらったのならお金あるはず、とでも言いたそうな陽奈に
「綾人は金銭的なものは受け取ってないぞ。あったとしても自分の親の葬式に一円も金を出さなかった情けない四バカの息子達に代わって自分で用意した葬式代を綾人が代理で支払っただけだ」
黙りこくった様に先生以外の声が聞こえなくなったところで俺はトイレから出て洗面所で口を濯ぎ、歯を磨く。
「親に捨てられ、頼る親族にもこんな目に合わされ、山奥に一人取り残して、都合が悪くなればすり寄ったあげくお前達は綾人からまだ奪おうとするのか!
俺はあの日見た、お前らが笑いながら綾人にした事を忘れないぞっ!!」
一喝する先生の声に俺は顔を洗ってからもう一度庭に出た。
綾人さん、小さな陸斗の声と一歩前に出た足は先生の思わぬ声に震えていた。
俺はそのまま縁側に座って陸斗を手招きする。ぽんぽんと縁側を叩いて隣に座る様に促せば、躊躇いながらもちょこんと座ってくれた。これだけでもどれだけありがたいか陸斗はわかってないんだろうなと、今は心の中で感謝する。
「先生、とりあえず大丈夫。ありがとう。
夏樹も陽奈も悪いけど明日仕切り直そう」
合わせない視線に二人は声を出すのを躊躇う様に少し悩み、でもまた明日と言って内田さんにお世話になる事を感謝して頭を下げていた。
二人を乗せて去って行った車を見ないように家の中に潜り込んで横になる。ほとんど匂わない井草の匂いを思い出して畳も打ち直してもらおうかと考えていれば目蓋が重くなってきた。
「ああ、こんなとこで横になるな。布団持ってくるから待ってろ。
篠田も白湯持ってきてくれ。
左官屋さんはあのしゃっ、しゃっって音お願い。綾人に子守唄代わりに聞かせてやっ頂戴」
「せんせー、ありがとう。だけど子守唄って井上さんにしつれーだよ」
「いやあ、これは職人冥利につくってやつだよ。癒し効果になるとは最高の褒め言葉だ」
磨き上げた腕がまさかこの様な評価を得るとは思いもしなかったと本当に嬉しそうな顔で笑い
「時間になったら勝手に帰るのでそのまま休んでてください」
「すみません。うちのゴタゴタに巻き込んでしまって」
謝るも
「こう言う古い家にゴタゴタはつきものです。
寧ろ負の遺産を残されなかっただけ有り難いと思わなくては」
言って少し空を眺めたあと
「負の遺産も含まれましたが、それを引いてもお婆さんが綾人さんに残してくれたものは俺にはそれ以上だと思いますが」
どう思いますか?
そんな視線で問われたら言葉にするしかないだろうと目を瞑る。先生が敷いてくれた布団に転がりながら移動して毛布を抱きしめて
「そう思うからここにいるんだし、相続でもらった以上の金を注ぎ込めれるんだ。
俺がバアちゃんから受けた恩を返すにはこの家を守っていく事だろうから……
そんなこと願ってなかったかもしれないけど、俺は置いていかれたここから逃げ出すんじゃなくって自分の限界を探したいんだ」
ホヤホヤと毛布の暖かさが体を温めてくれる。
東京でなくても山を降りた街でさえ暑苦しくてこんな風に寝れないと言うのに強烈な眠気はほんの途切れた会話の一瞬でその後のことを全く覚えてないのだった。
思わぬ来客に俺だけではなく先生も頭を抱えていた。
沸いた風呂を堪能し一眠りしてから明日学校に行くために家に帰ろうかと話したところで一人の少女と青年が立っていた。
少女の年頃は高校生。
おしゃれしたいはずのお年頃なのに髪は一つに結わえただけで靴はくたびれたスニーカー。年季の入ったジーンズにファストファションお馴染みの無地のシャツとパーカーを羽織っていた。驚くほどの地味子だが、俺はそれを誰だか知っている。
「陽奈、それに夏樹……
なんでここに来たんだよ……」
夏樹と呼ばれた青年は鍛え上げられた体はシャツの上からでも隠せず浮き立たせていた。
「綾、連絡もなく悪い。
ただ連絡入れたらお前逃げるだろ?」
その指摘に一瞬頬がひきつり自分でも驚くぐらいの低い声で「当然だ」と、唸るようかの声に二人は沈黙をしてしまった。
「綾人、お客様さん?」
先生が呑気な声で風呂上がりの甚兵衛で夕涼みを堪能していたが、そういうわけにいかない様子に慌てて間に入って来た。
謎の甚平男に来訪者の二人も胡散臭げに視線を向ければ
「綾人さん、俺上に行ってます」
こういう空気を嫌というほど知り尽くす陸斗は逃げるように二階に行こうとするも、逃げようとする陸斗の右手を掴み
「二人は従兄弟で自衛隊に入った夏樹と高校一年生の陽奈。
で、こっちの甚平さんは俺が行っていた高校の先生と、こっちは高校の友達の弟で、家を工事中だから預かっている」
そんな簡単な説明。
だけど夏樹は工事の途中の家へと視線を向けて
「あれは……」
昔、まだここまで関係が崩れるなんて想像もしてなかった頃、よく一緒に探検した納屋の変わり様に驚いたのだろうか。
「母校から協力を頼まれてここで合宿場を開いてる。ちゃんとした場所を用意しようかと思って」
仕事に早々ありつけないかもと思って依頼した仕事は想像以上の人を招き、予想以上の出費があった事はふたりには関係ない。
「ちゃんと仕事してるんだな」
普段は何をしてるかは答えないが
「それで何をしに来たんだ?」
話しづらい様な声と口調で聞くも
「綾人、その前に陸斗の手を離してやんな」
キュッと唇を結んで何かに耐えている様な顔を見てゆっくりと手を見る。
指先は血流を止められて真っ青になったのを見て
「悪い!ごめん!痛かったな?大丈夫?」
慌てて手を離して血流が巡る様に揉んでやれば
「俺よりも綾人さんの方こそ大丈夫ですか?」
ヒリヒリするだろう手を自分でも揉み解せば
「なっちゃん、やっぱり帰る」
「陽奈……」
俯いて顔を上げずに泣き出しそうな声で
「綾ちゃんにはこれ以上迷惑かけれないよ。そういう約束してるし」
「だけどせっかくここまで来たんだ。せめて今の事情を聞いてもらうだけでも!」
ギュッと唇を結び、必要ないと頭を振りながら決して泣き声を溢さない様にうつむいたままの陽奈は慣れた足取りで敷地を害獣除けの柵を退けて出ようとするも
「なんかよくわからんが、嬢ちゃん。
せっかく久しぶりに吉野の家に来て墓にも手を合わさず帰るんじゃ一郎さん達も寂しいじゃろう。旅館を予約してなければ家においで。
婆さんとコレと孫が二人の家だが、職人を泊まらせる部屋ならたーんとある」
そして俺を見て
「綾人君にも少し時間が必要だから。明日改めて話をしよう、それが良い」
言いながら内田さんは二人を手招きして悪いが今日は上がりだと浩太さんに言うも残された井上さんは
「俺は時間まで仕事させてもらいます」
左官職人さんは他の予定もあるので長引かせれないと山の天気の読めなさに気持ちいいくらいのスピードで、リズム良いざっざっと撫でる様な音で壁を塗っていく。
腰板から上部を器用に真っ白に塗り付ける動きの無駄のなさはいつまでも見てしまう光景だったものの今はそれどころじゃないとトイレへと駆け込む。
そして……
フェイントの様に現れた二人に心の準備ができないまま対面した盛大なストレスに俺は胃袋の中身をひっくり返していた。
防音なんて言葉のなかった……あったかもしれないが、縁のないこの家の作りから言えばこのみっともない姿は丸見えもどうぜんだ。
「内田さん、悪いが二人をよろしくお願いします。俺は綾人の方看るんで」
「綾人、大丈夫か?」
夏樹の声が聞こえて、妙に優しさが押し出された声にまた盛大に胃袋が空っぽでもひっくり返そうとするえづく音を響かせるのだった。
「お前綾人に何したか覚えてるか?」
先生の声がここまではっきり聞こえる。
「お前がもらえるなら俺にも権利はある。うちの財産を分けろって散々綾人を他の従兄弟達と殴りかかってたな」
「それは……」
「そこの陽奈だったか?
かわいそーとか言って笑ってみてただろう」
「ご、ごめん、なさい……」
「またお前らがたかりにくるんじゃないかと思って張り込んでたが、よくあんなことをした綾人を頼りに来れたもんだな」
「だ、だって……」
おばあちゃんの財産をもらったのならお金あるはず、とでも言いたそうな陽奈に
「綾人は金銭的なものは受け取ってないぞ。あったとしても自分の親の葬式に一円も金を出さなかった情けない四バカの息子達に代わって自分で用意した葬式代を綾人が代理で支払っただけだ」
黙りこくった様に先生以外の声が聞こえなくなったところで俺はトイレから出て洗面所で口を濯ぎ、歯を磨く。
「親に捨てられ、頼る親族にもこんな目に合わされ、山奥に一人取り残して、都合が悪くなればすり寄ったあげくお前達は綾人からまだ奪おうとするのか!
俺はあの日見た、お前らが笑いながら綾人にした事を忘れないぞっ!!」
一喝する先生の声に俺は顔を洗ってからもう一度庭に出た。
綾人さん、小さな陸斗の声と一歩前に出た足は先生の思わぬ声に震えていた。
俺はそのまま縁側に座って陸斗を手招きする。ぽんぽんと縁側を叩いて隣に座る様に促せば、躊躇いながらもちょこんと座ってくれた。これだけでもどれだけありがたいか陸斗はわかってないんだろうなと、今は心の中で感謝する。
「先生、とりあえず大丈夫。ありがとう。
夏樹も陽奈も悪いけど明日仕切り直そう」
合わせない視線に二人は声を出すのを躊躇う様に少し悩み、でもまた明日と言って内田さんにお世話になる事を感謝して頭を下げていた。
二人を乗せて去って行った車を見ないように家の中に潜り込んで横になる。ほとんど匂わない井草の匂いを思い出して畳も打ち直してもらおうかと考えていれば目蓋が重くなってきた。
「ああ、こんなとこで横になるな。布団持ってくるから待ってろ。
篠田も白湯持ってきてくれ。
左官屋さんはあのしゃっ、しゃっって音お願い。綾人に子守唄代わりに聞かせてやっ頂戴」
「せんせー、ありがとう。だけど子守唄って井上さんにしつれーだよ」
「いやあ、これは職人冥利につくってやつだよ。癒し効果になるとは最高の褒め言葉だ」
磨き上げた腕がまさかこの様な評価を得るとは思いもしなかったと本当に嬉しそうな顔で笑い
「時間になったら勝手に帰るのでそのまま休んでてください」
「すみません。うちのゴタゴタに巻き込んでしまって」
謝るも
「こう言う古い家にゴタゴタはつきものです。
寧ろ負の遺産を残されなかっただけ有り難いと思わなくては」
言って少し空を眺めたあと
「負の遺産も含まれましたが、それを引いてもお婆さんが綾人さんに残してくれたものは俺にはそれ以上だと思いますが」
どう思いますか?
そんな視線で問われたら言葉にするしかないだろうと目を瞑る。先生が敷いてくれた布団に転がりながら移動して毛布を抱きしめて
「そう思うからここにいるんだし、相続でもらった以上の金を注ぎ込めれるんだ。
俺がバアちゃんから受けた恩を返すにはこの家を守っていく事だろうから……
そんなこと願ってなかったかもしれないけど、俺は置いていかれたここから逃げ出すんじゃなくって自分の限界を探したいんだ」
ホヤホヤと毛布の暖かさが体を温めてくれる。
東京でなくても山を降りた街でさえ暑苦しくてこんな風に寝れないと言うのに強烈な眠気はほんの途切れた会話の一瞬でその後のことを全く覚えてないのだった。
応援ありがとうございます!
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