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壁越しの秘密基地 6

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 この合宿の辛い所は夜俺達が部屋に戻る時間になった後、必ずと言って良いほど胃袋を刺激する匂いが漂ってくることだ。
 今回もいきなりガーリックの匂いが下から上がってきてそれだけでご飯が進みそうな強烈な勢いなのだ。
 それを肴に何作ってるのかなー?何て夜食用にと炊飯器ごと持ってきたけど、本日の夜食のご飯は炊飯器を開ければ黄色い粒々が神々しいトウモロコシご飯。バターの香りとほんの少しの醤油の香りが胃袋に暴力的に訴えかけてきます。
 俺も水野もそそくさとお茶碗の山盛りに盛って口へと運ぶ。
「綾人さん神っすね」
 水野は感涙と言いながらご飯を掻き込むのに負けじと俺も箸を動かす。
 飲み物ですか?
 はい飲み物です。
 そう答えれるくらい気持ちよく食べるもまずはお茶碗一杯まで。俺達の密かなルールだ。なんせこの山奥では食料調達なんてまず無理な話。近くの店にたどり着くまでに俺達がご飯にされてしまう危険地帯だ。よくこんな熊出没地帯に住んでいるよなと思うも
「ここに家があるのだから仕方がないだろう」
 男前な意見に惚れてしまうやろーと思うもただ単に人間嫌いなだけなので微笑ましくおばあちゃん子めと思う事にしておいた。
 それはさておき腹を満たし後はスマホを充電しながらゲーム画面を立ち上げる。隣からも似たような音楽が流れてきて家ではとてもできない音量を上げてゲームを始める。可愛い女の子の声の掛け声でゲームは始まり、本日のボーナスをもらいノルマを達成させるルーティンは完了だ。
「水野、ガチャどうよ?」
「あー、ただのノーマルの星三つ」
「無料だとそんなもんだよな」
「課金はしたくないし、宝石貯めても課金より割合低いしな」
 どんなゲームでも課金ユーザーに優しい世界では収入のない高校生に厳しい。
 それから暫く黙々とゲームを進めるも僅か数分で断念。
「植田、陸斗の奴何してるんだろうな」
 俺が気にしていた事をついに言いやがった。ゲームを始めて五分も経ってない。どれだけ堪え性がないんだと思うもこの状況はあえて無視するのはこれからの生活の為に精神上よろしくない。そう言うことして問題ない奴なら無問題。だけどあんな可愛らしい後輩をあえてボッチにする理由が分からない。
 だけど篠田性を聞いて納得した。
 隣町に住む家でも篠田家の傍若無人ぶりは噂で聞こえてくるぐらいの有名な一族だ。
 二年上に通称ゴリ先輩事陸斗姉がいて、一年の時マジあの篠田一族ってビビってたけど、ある時綾人さんと喫茶店の奥の外から見えにくい所で真剣に勉強をしている姿を見た。
 当時初めての合宿した後で綾人さんを知ってたからおや?と思ったけど、宮下先輩がいたから勘違いしなかっただけで、あの時水野が能天気に声をかけてくれたからゴリ先輩と話をする機会があってイメージはガラリと変わった。あまりに必死になって勉強をする様はまさに二年後の俺たちの姿。
 東京に出て独り立ちしなくちゃと焦る服から覗く首筋には青痣がいくつもあって、全てを理解した。

 弟を一人残すのが心配だ。
 あの家族の中に置いていかなくちゃいけないのが心残り。
 なんとかしてちゃんとお金を渡せるようにしなくちゃ……
 私がなんとかしないとあの子が殺されちゃう。

 綾人さんに勉強を見てもらっている合間の無意識の呟きにおごってもらったコーラフロートの味は全くわからなかった。
 これだけしか知らないけど普通じゃない事だけでも十分理解できた。
 そんなゴリ先輩が心配しる弟がリアル弟キャラだなんて……

「この姉弟性別間違えて生まれてきたよ……」
「植田、気持ちはわかるが声に出して言わないでくれない?」

 珍しい水野のツッコミに思わず顔を赤くしてしまうものの咳払いをしてごまかし
「俺が思う所、ゴリ先輩の弟君には是非幸せを掴んでもらわなくてはいけない」
「あー、やっぱりゴリ先輩の弟だったか」
 未だ僅かな希望にすがっていた水野にとどめを刺して
「この村隣町で数多い篠田性だけどあの篠田だからな」
 まさか関わることとは思わずそっとため息を零す。ため息を零したとは言えこの縁はなかった事にしたらゴリ先輩が召喚されそうだ。運良く夏休みも近いしそんな話しも聞こえた気もしたし。
「水野、やるぞ」
 何を?
 そんな疑問を盛大に並べる水野を無視して俺はゲームをやめてLIMEを起動する。
 テキストだけでなく音声でもなく映像で。
 すぐ隣の部屋の奥からデフォ音が聞こえる。
 すぐに戸惑うような顔が映し出されるのを見て俺は笑う。
「よう陸斗、今少し良いか?」
 背景全部本棚、しかもどれも全部俺が読みたと思っている本に囲まれているという夢のような空間に囲まれている事にはグッと我慢して
「ええと……」
 何かしましたかと怯えた表情をする陸斗に
「取り敢えず本の背表紙を写してくれない?」
「ええと、かなりありますが?」
「くうっ!買いたくて買えない本に囲まれていて羨ましいじゃないか!!」
「植田、お前欲望丸出ししすぎだろ」
 丁寧に突っ込んでくれる水野の一言に冷静になれるわけもなく
「取り敢えずストップ!左側の、ああ逆だ!そう!その赤い背表紙?それ!
 そのシリーズを窓からこっちに渡って来れる?無理なら水野が取りに行くから!」
「をい」
 って言いながらも窓を開けて隣の壁越しの部屋へと侵入を試みる水野が素敵すぎる。
 そして無事侵入成功したところを見て陸斗と一緒に隣の壁越しの部屋から窓を伝って山ほどの本をこちら側に引き込む間、俺は台所からラップを強奪してトウモロコシご飯でおにぎりを作る。
 上手に三角にもならないし丸いままのおにぎりの表面はぎゅうぎゅうに潰れている。最後の本を持って来てもらった水野におにぎりを渡せば暫しその丸いだけの物体を眺め、時間を置いておにぎりと気づいてかニヤッと笑う。
「陸斗、夜食だ」
「え?あ、ありがとうございます」
 両手で受け取った黄色いつぶつぶの目立つおにぎりを手にした陸斗のこれから食べても良いのだろうかという途方に暮れた顔に

『綾人さんのトウモロコシご飯マジうまいから一度は食べるべきだ』

 そんなLIMEのメッセージを添えて暫くして

「美味しい!」

 びっくりしたと言わんばかりの声とさらに時間を置いてからの壁越しに聞こえる感想に俺も水野もハイタッチ。
 怪我を治すための時間はしょうがない。
 だけどそれ以外にできることはいくらでもある。
 よく大人達が使う言葉だけどそれ以外にできる事を見つける事ができた俺達は止まる理由なんて知らない。
 俺と水野、この合宿に来て一度は食べておきたいメニューとそれがいかに美味しいかを陸斗に朝を過ぎても語り続けるのだった。

 
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