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壁越しの秘密基地 5

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 シャワーを浴び、鏡の前に立って傷の場所にガーゼを当ててテープで留める。糸が服に引っかかって気になるんだよと結局傷が塞がったら貼らなくていいって言われたけど貼ってしまう。本来入院コースだったけど陸斗の面倒もありお断りする代わりに一日二度の消毒と何かあったら電話する事と言う約束も使う事なく一週間が過ぎてしまった。
 傷口はまめな消毒のおかげで化膿する事無く薄っすらと新しい皮膚も出来て明日の抜糸は問題ないと自己判断。溶ける糸で縫ってくれればいいのにと思ったけどそれを使うと病院に来ないだろうと言い切った先生の笑顔は俺よりも陸斗の様子を見せに来いと言う物。ひでぇ医者だと思えば顔に出いていたのか先生はニヤリと笑いそれが医者ってもんだと何やらドヤ顔されてムカついたが引き攣った笑顔でスルーする事にした。
 そして今、水野と植田が勉強している横で俺は風呂上りの陸斗に湿布を貼って包帯を巻いていた。
 ちらりちらりとこちらを見る視線を見せないように陸斗には背中を見せているが、内出血は背中側からでも見えるし、蹴られた痣はまだ薄っすらとなったが背中にも幾つもある。表側の内出血か背中側の痣の数どちらがましか?そんなレベルに二人は手記で何やらやり取りしているが後で言いふらすなと注意をしておくことにする。そして保護者でもある先生は縁側でお昼寝マットを敷いて枕に頭を乗せて一人平和かつ豪快に寝ていた。枕元にはビールが五本。飲み過ぎだと思うも山のように盛ってきた漬物は今はもう跡形もなく、持って来た仕事も半分ほども辿り着く事なくリタイアしていた。
 ぐあー、ぐあー、と遠慮ないいびきを聞きながら擦り傷と言った小さな怪我のかさぶたもだいぶ目立たなくなったと教えればかゆいですと恥ずかしげに笑う陸斗の手には大切そうに両手で持ってるスマホがあった。
 あれから圭斗と連絡取ったり、圭斗から連絡を取ってくれた姉の香奈ちゃんとも話をしたりとかなり久しぶりだったようで嬉しい顔は隠せない様子は随分と幼く見えた。
 俺も香奈ちゃんと少し挨拶代わりに陸斗を預かっている話をしたら夏休みに圭斗が買った家に帰るからその時に会いに来ると言ってくれた。三人の生家はこの広さだけはある村の隣町から一番奥まった所の集落に在る。つまり俺の家よりもさらに町より遠くに在るも、集落と言う様に十数件の家々に賑やかそうな錯覚をしてしまう。
 なのでこっそり来る分には問題なく、ついでに爆弾発言もしてくれた。
 先日誕生日を迎えた香奈ちゃんは圭斗同様戸籍を抜いて圭斗の戸籍へと入ってしまったのだ。それは良いのか?と思うも養子縁組と言う形で親も知らない状態で弁護士さんを挟んで手続きをする暴挙をしてくれたのだ。手数料高かっただろうにと思うも
「それぐらいは貯めたしとっても有意義な使い方と思うんだけど!」
 陸斗を守る為に少しばかり気が強くなってしまった陸斗のお母さんのような香奈ちゃんは誇らしげに主張してくれて、俺はそうだねと相槌を打つのだった。
 香奈ちゃんをまたお姉ちゃんって呼べると本当に嬉しそうに笑う顔に水野も植田もつられて笑っているのはこいつらに兄弟がいないのも一因だろう。
 やがて九時を回って陸斗の集中が切れた所で今夜は終了にする事にした。
「綾っち、では二階へ戻らせて頂きます!」
「植田、綾っちはやめろ。そして今回は陸斗もいるから朝まで馬鹿騒ぎはしないように。明日は朝の八時スタートだからそれまでに起きてご飯を食べて着替えておくように。
 陸斗はいつもの通り起きて今夜の続きをするぞー」
「んじゃあおやすみなさーい」
「おやすみなさい!」
「おやすみなさい」
 途端に元気な足音にしょうがない奴らだなあと苦笑を隠せないでいれば陸斗も部屋に戻ろうと別の階段の方へとむかうのを見て
「おや、りっくんは俺たちとご一緒では?」
 りっくんとは何ぞ?と突っ込むも前に植田の何気ない質問に一瞬陸斗の体がフリーズするのを見てしまって本人も顔を引きつらせるも
「陸斗は療養も兼ねてここにいる。
 お前らの酷い寝相の中に放り込む事なんてできるわけないだろう。
 陸斗はせめて腫れが引くまでこっちの二階だ」
 戯れたり、枕投げでヒビの入ってる骨をパキッとやるわけにはいかないのだ。
「お前らもふざけて階段から落ちるなよ」
「いやあ、一年の時を思い出すな水野?」
「そうっすね。階段って滑り台って思ったぐらいだし」
 今でこそ笑い話だが確かにあの音はマジでびびった。だけど落ちたのが水野だったという謎の安定感(?)にホッとしたのもまた事実。以来寝ぼけたまま階段を降りるという事は誰もしなくなり、寝起きからちゃんと目を覚ますと言うか目覚めの良さを発揮するようになった。そして朝から大量に飯を食うという胃袋も開発して行き明日の朝は何合炊けば良いんだ?朝から五合か?もう一升炊いてやれと考えれば「綾人さん、焚きすぎですよ」と今から水野の注意が飛ぶのを俺は無視をする。
 三者三様と言ったように解散と言えばそそくさと二階へと上がっていくのを見送り、先生の食べっぱなし飲みっぱなしの宴の後を片付ける。
 台所の流しで食器を洗っていればすぐ傍で気配を感じて振り向けば
「せんせー、まだ飲む気ですか?」
「そりゃあ先生だって待ちに待った夏休みだよ?ここで飲まなくていつ呑むんだって話だ」
「先生は毎晩飲んでいるでしょう」
 呆れて言えば確かにと頷きながら冷蔵庫からペットボトルの緑茶を取り出したかと思えば紙パックの焼酎を抱え、グラスを取り出して焼酎を緑茶で割る。
「ああもう、そのまま飲むと悪酔するから」
 冷蔵庫からキノコを取り出して石突きを取りさっと水で洗ってザルにあげておく。オイルサーディンの缶をフライパンにひっくり返してふつふつとなるまで温めた所にキノコを投入。他にも適当な野菜を一口大に切ってオイルサーディンの油を絡めるように炒める。なんちゃってアヒージョの出来上がりだ。先生はワインの方があったか?とうなるも強烈なまでのガーリックとオリーブオイルの匂いにもう気にしないと言うように夜になると寒いとも言える縁側につまみと焼酎を並べて毎週末我が家で繰り広げる恒例の宴を始める。
「ほらよ」
 言いながら先生はグラスをもう一つ持ってきて焼酎の緑茶割、ただしかなり緑茶多めを作ってくれた。
「一週間ぶりだろ?」
 完治とまでは言わないものの一足早く快気祝いをしてくれているつもりらしい。
「酔っ払ったらちゃんとベットに連れてくれよ?」
 風邪をひきたくないし、朝起きたら身体がバッキバキになるのは勘弁だ。
 久しぶりに飲んだアルコールが胃袋に染み渡るのを感じながらフォークでマッシュルームを刺して口へと運ぶ。
 自分で作るお一人様料理では滅多に使わないニンニクの匂いがそのまま口の中に広がった。まだまだ熱いマッシュルームをゆっくりと口に中で暴れる熱を散らすように咀嚼して飲み込む。むふ~……とゆっくりと鼻から吐き出して余韻を残す口を洗うように緑茶割りを煽る。
 幸せ……
 一週間ぶりの命の水。
 アル中では無いと主張しておこう。
 なんかやっと
「日常が戻ってきたって顔だな」
 ホフホフとアツアツのイワシを齧りながら俺より遥かに多い焼酎の割合の緑茶割を煽り
 む、は~~~
 至福のため息をニンニクの匂いとともに吐き出した。
 くっせーと思いつつも俺も今同じ匂いをしているんだろうなって思えば気にならない。そもそも先生なんて気にする必要なし!
 飲んだことで減った量を補うように焼酎を足せば先生はアスパラガスを齧りながらニヤリと笑う。
「一週間ハードだったけど頑張ったな」
 不意の優しい褒め言葉。
 やめろよ、泣けるだろ?
「ああ、もう。相変わらず泣き虫だなあ綾人は。
 なんだったら胸貸すぜ?」
「せんせー、それはセクハラです」
「セクハラだなんて酷いっ!」
 言いながらもイワシをまた齧っていく。
 うん。オイルサーディン好きなんだね、ってまた今度買っておこうとそういうことで感謝を表す事にした。
「ま、ガキ供もまだまだ遊ぶつもりだし?」
 何やら二階全体が騒がしい。
 防音なんて考えのない時代の建物は二階の声も筒抜けだ。
「大人は大人で楽しもうや」
「ですね」
 そう言って飲みかけのグラスをカチンと重ねた。


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