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夏がくる前に 4

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 台所はやっぱり入れるのやめたと思うもそう言う時は必ず何かが邪魔しに来る。
 しかも今回もオヤジ以上のわけわからない最大級の敵になるかもしれない相手だった。いや、そもそもなんで他人の夢を俺が叶えなくてはならないのかと言うわけのわからない悩みは単に俺もしっかりと餌付けされているかが理由なのだが、まあ、一度本格的な料理を食べたいと言う事情が俺を悩ませているだけの話だ。
「だったらレンガを床材に使うといい。洗うのも変えたりもできる。
 ピザ窯は設置すると重くなるから考えものだからロケット・マス・ヒーターみたいなキッチン・ストーブだと景観も損なわれないと思う」
「あ、飯田さん起きたんだ。というか、何寝起きに自分の理想を語ってるんだよ」
 しっかりと寝癖の付いた髪型と半分寝起きの顔だが目はキラキラと輝いている。ヨダレの残る口元も。
 ちょっといい顔しているだけにたちが悪いと舌打ちしてしまえば
「あれだけ大きな声なら目が覚めます。そして何やら楽しそうな会話も聞こえたので……あふ……」
 言いながらもまだ眠いのかあくびが止まらないようだが顔を反らせ口を手元で隠す様子すらどこか大型犬のような仕草に見える俺は密かに犬を飼いたいと思っている。主に害獣対策で。熊や猪に勝てそうなやつを希望してるけど出会う子がどれもこれも子犬なのでこんなちっちゃい子を熊と戦わせるなんてとんでもないといつもペットショップでためらって未だに踏ん切りがつかないが、よくよく考えたら飯田さんならなんだか熊でも猪でも勝てそうだなと思ってしまうのはこの中で一番良いガタイだからだろうかと真剣に考えてしまう。
 そんな大型犬のような飯田さんは目を覚まさせようと顔を両手で擦りながら
「店は開くつもりはないって言ってませんでした?」
「開くつもりはないよ。だけど飯田さんにフランス料理を食べさせてもらうくらいの設備はあってもいいかなって思ってね」
 母屋の台所では料理人の調理向きではない火力しかないものばかりなのだ。
 どうせ手を入れるならちょっと本気になるかと言うように焚き付ければ
「でしたら台所の水回りを知り合いのメーカーにお願いしてもいいですか?」
「設備はあってもいいかなって思っただけで台所は作りません。その前に俺が金払うこと分かってます?」
「あ、あの、少しなら出せますので……」
 少しではなく全額払えと言いたい。だけどだ。
「綾人、結局作るなら使う人の意見を参考にした方が良いんじゃない?」
 こんな時も宮下が的確なツッコミを入れてくれて涙が出そうだった。作らないって言ってるのにお前ら自分が金を出すわけじゃないから好き放題言いやがって、なんで俺の周りはもう作る事を前提に話が進んでるんだよと内田さんと山川さんがかつての台所を見ながら何やら楽しそうに相談するのは止めてくれと睨みながら
「食いに来る分には構わないがこれからは飯代とるからな」
「ええ?!」
「当たり前だろ!あくまでも母屋のすぐ横の別邸のリフォームになんでそこまで金を注ぎ込む理由を俺に教えろ!」
 正直屋根の葺き替えだけで五百は飛んだと思ったのに台所だけでも五百は覚悟しないといけないのかと残りの俺の寿命とこの家の寿命に涙をのむしかない。絶対君主の我が家の主人とはいえ民主主義の状況では俺に分がない事は分かってる。いいさ。徹底的にまけてもらうさと諦める事に関しては慣れている俺としては建設的な方向へと思考を切り替える。
「とりあえずメーカーの連絡先だけでも内田さんに教えて下さい。あとオーブンなんかも簡単な見積もりとかサイズがわかればそれも添えてください。オーブンはプロパンなんて増設する気ないので薪で対応ができるもので考えてください。
 内田さんこちらが噂のフランス料理のシェフの飯田さんで、飯田さん、こちらが我が家の建物を作り続ける内田一族の親分です。そし親分の息子さんの浩太さんと相棒の山川さん。そして茅葺き職人の棟梁の井上さんと職人の方々です」
 全員でどうもと頭を下げた後で
「で、宮下は知ってるだろうからこっちが高校時代のバス通学仲間の篠田圭斗と弟の陸斗。もうひとりの子が内田さんのお孫さんだ」
 さり気なく関係ないと名前はスルーしてやった。浩太さんが少し不思議そうな顔をしたが実際関わりない人を紹介してどうするというものだろうし今回だってただの見学者だ。それにと考えて小首を傾ける。何故かこの子は大工にならない気がしたので俺は直感を信じて関わることがないだろうと思う事にした。
 圭斗も大きいがそれよりも大きい飯田さんを圭斗は見上げ
「あんた本当に料理人?なんかプロレスラーって言われる方がしっくり来るんだけど?」
「よく言われます。バスケットプレイヤーだとかスポーツやってるのとか」
「で実際は?」
「賞味期限に追われ仕事に忙殺されるただのサラリーマンです」
 そんな返答に圭斗も陸斗も全員が笑う。それなんのジョークだって。
「東京のレストランのシェフならモテそうな気もするんだけどな?」
「土日休みじゃないし勤務時間も不定期だから家庭向きじゃないってよく言われますよ」
 まさかの理由だが
「俺たち大工は家庭じゃ肩身狭い思いしてますよ」
 山川さんがお盆や正月はむしろ会社の長期休みを利用しての工期を組んだり雨が降ったらおやすみだけどそれが続くと居場所がないと嘆いてみせる。俺も雨が続くと畑仕事もできないし常に放牧している烏骨鶏もストレス抱えるしと頭を悩ませてるのでその気持はよく分かると頷いておく。
 その間にもスマホで連絡先を交換してコミュニケーションアプリでルームを作り逐一情報交換はここでと俺も混ざって登録をする。
「さて、そろそろ昼飯を食べに帰ってこいって言われるから俺達は変えるけど、台所以外の見積もりは簡単に千五百を見積もっていてくれ。屋根はもちろん床も天井も総張り替えだし壁も直さないといかん。骨組みはシロアリの部分だけで全部使えるが言い換えればそれ以外全部だ」
「わかりました。終わったら振り込むので準備しておきます」
「ああ、ですが先に茅葺きだけのお金だけでも現金で準備お願いします。
 村の人の協力を仰いだり茅葺き仲間を連れて真っ先に終わらせたいので日当でお願いするので万札で一束用意しておいてください。十分余ると思いますが集められる人数が不明なので用意だけでもお願いします。あ、のし袋などはこちらで用意します」
 井上さんの提案は昔ながらの風習というものがあるのだろうと承諾するも
「だったら台所の様子が決まり次第にしましょう。煙突の関係もあると思うので対策は万全にしたいですね」
 山川さんも言えば
「いっその事増築してその部分だけ飛び出しちゃえばいいんじゃね?」
 宮下の提案になるほどと思うも
「茅葺屋根はガルバリウム鋼板をかぶせるつもりとはいえ余計危ないので排気口が決まり次第になりますね」
 茅なんてよく燃えそうだしねと頷くも
「ところでこれ、本当に冬までに終わる?」
 工期を心配すれば誰もが笑う。
「そんなのお天道様に聞け」
 言いながら車に乗って帰っていったにぎやかな一行を見送れば
「遅くなりましたがお昼にしましょう」
「じゃあごちになります!」
 当然食べていくという宮下に圭斗も戸惑いながらも陸斗もちょこんと頭を下げる。
 飯田さんは苦笑しながら俺にいいのかと視線で訴えるので
「こいつらの分もお願いします」
 頭を下げれば嬉しそうな顔で畑に向かう様子を四人で見守る。
「あの人本当に料理好きなんだね」
「その為にわざわざこんな山奥に来るくらいだからね」
 圭斗の呆れた声に俺はこの四年でその存在に慣れてしまった為に日常の一つになっていた事を改めて気づくのだった。

 


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