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キリマンジャロとモンブラン 6
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やがて穏やかな空気の余韻にも満足してお客様も帰って行って誰も居なくなった静かな店内を見計らって私は切りだした。
「素敵なお店ですね」
「はい。沢山の方のお力で支えて頂いてますので」
受け答えも柔らかくそして自慢と言うように笑みも柔らかく、なんというのだろうか。
理想、それが目の前にいた。
下げたカップを運んでカウンターの所に戻って来た所で
「甘味屋美園ってご存知ですか?」
「ええと、足湯のある所から一本入った所の?」
有り難い事にこの街の地理にも明るいようだ。
「私そこの娘なんです」
「そうでしたか。祖母がいつも美園屋さんのおまんじゅうを用意してくれてたので覚えてます」
よしっ!お父さんの味も知ってて掴みはよし!
「で、本題です。
実はこちらのコーヒーがとてもおいしいので、一度美園屋のケーキを取り扱っていただけないかご相談に上がりまして……」
私は鞄の中から保冷材の入ったトレイバッグを取り出した。
「父は和菓子だけではなく洋菓子もごらんの通り見た目は勿論味も自信を持ってお客様にお出ししてます。
提案としてはオーソドックスなショートケーキ、誰でも手を伸ばしやすいシュークリーム、甘いのが苦手な方でも食べやすいチーズケーキ。和菓子屋なのであんこも得意なので、それを美味しく食べる為の抹茶のケーキ、後は季節の果物を使った物を月ごとに展開していきたいと思ってます。
本日はこの季節美味しい栗を使ったモンブランをご用意してみました」
どうぞ食べてくださいと進める。燈火さんは躊躇いながらもとりあえずと言う様に一緒にお出ししたプラスチックのフォークに手を伸ばそうとした所で
「燈火、ダメだよ」
ほとんどお客様が帰った静かな店内に第三者の声が降ってきた。
ここ数日この時間はお客様がいない事はリサーチ済みなのに、それなのによりにもよって店の主人をたしなめるような人物がいたのかと舌打ちしたいのを耐えててんないをぐるりとみまわせば、店内のロフトから一人の男性が降りてきた。
めんどくさい、そんな顔を隠さずに私の席から一つ席を開けた場所に座り
「ダメなのか?」
「ダメだ」
「そうか、ダメなんだ。
と言うわけで、折角の申し出ですが今回はご縁が無かったと言う事で」
経ったその一言で私のプレゼンテーションはなかった事にされてしまった。
と言うかだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!
何で駄目なのか全く理解できないし、そもそもあなた一体何なんですか?!」
思わず詰め寄りたかったけど間に一個置かれた椅子が邪魔で手を伸ばしてもひょいと躱されてしまった。
暴挙と言う私の動きに
「お客様、暴力はおやめください……」
何てカウンターから飛び出してきた物の、男は呆れた顔で私を見て
「甘味屋美園、確かにケーキもまんじゅうもおいしい。俺も好きだから時々買いに行くし」
まさかの常連だった。
だけど顔知らないし……
一体何なのよと思うも
「綾人知ってるのか?」
「まあね。たまにはコンビニスイーツ以外も食べたくなるし」
その程度の奴にうちのお菓子を語って欲しくない。
「お菓子は店主のおじさんが作ってるんだよね?」
「はい、父です。祖父からついでずっと暖簾を守ってます」
言えば知ってると言う様に頷き
「年齢で言えばもうすぐ七十になると聞いている」
「まだ六十五です」
五歳も歳を増やさないでと言えば
「社会的には大体定年を迎えている年齢だ」
「ですが、自営業なので定年はありません」
そこは理解してるのかそうだと言う様に頷く。
「だけど燈火はまだ三十を過ぎたばかり。これからの働き盛りの人間なのに、パートナーとなる相手が引退間際。
これから長いお付き合い、と言うのは正直難しい。
燈火のコーヒーに美園屋さんのケーキならまずは及第点だ。むしろこちらこそよろしくお願いしますと頭を下げるべきだと思う」
「そこまで評価してくれるのにどうして駄目なのよ!」
思わず立ち上がって吠えてしまえば、綾人と言われた人は酷く冷静な目で
「噂だけど娘さんが店を継ぐと聞いたが?」
「そうよ。何か問題がある?」
だから何なんだと聞けば
「個人的な感想だが時々買う物に酷く素人然とした物が混ざってる。趣味の延長のような、焼き色もまばらでクリームの固さもまちまち。勿論シュークリームの中のクリームの内容量もばらばら。
悪いが店を継いだとしても先はない。美園さんが現役の間のお付き合いとなるならなおの事この件は受け入られない。
考えてみろ。
燈火のコーヒーと美園さんのケーキが目当てで来るお客様が一定数定着したとする。美園さんのケーキが無くなった時、そのお客様の落胆を考えたらとてもこの提案は受け入られない」
「なるほど。確かに言われたらその通りだな。ほんの一、二年の提供だけじゃ返ってお客様をがっかりさせてしまうだけになる。
情報誌の力を見たばかりだから、ケーキセットがあると一度でも紹介されたら質が落ちても止められなくなるよな……」
そこまで考えてなかった。
「た、確かに私はずっとお父さんの側で手伝って来ただけだけど……」
「アルバイトが職人の店主になれると思うのか?」
どこまでも心をえぐるような指摘大してできた事は荷物を片付けてコーヒー代を置いて店を出るだけ。
「お騒がせしました」
悔しくって、悲しくって、情けなくって……
逃げるように店を飛び出した。
「素敵なお店ですね」
「はい。沢山の方のお力で支えて頂いてますので」
受け答えも柔らかくそして自慢と言うように笑みも柔らかく、なんというのだろうか。
理想、それが目の前にいた。
下げたカップを運んでカウンターの所に戻って来た所で
「甘味屋美園ってご存知ですか?」
「ええと、足湯のある所から一本入った所の?」
有り難い事にこの街の地理にも明るいようだ。
「私そこの娘なんです」
「そうでしたか。祖母がいつも美園屋さんのおまんじゅうを用意してくれてたので覚えてます」
よしっ!お父さんの味も知ってて掴みはよし!
「で、本題です。
実はこちらのコーヒーがとてもおいしいので、一度美園屋のケーキを取り扱っていただけないかご相談に上がりまして……」
私は鞄の中から保冷材の入ったトレイバッグを取り出した。
「父は和菓子だけではなく洋菓子もごらんの通り見た目は勿論味も自信を持ってお客様にお出ししてます。
提案としてはオーソドックスなショートケーキ、誰でも手を伸ばしやすいシュークリーム、甘いのが苦手な方でも食べやすいチーズケーキ。和菓子屋なのであんこも得意なので、それを美味しく食べる為の抹茶のケーキ、後は季節の果物を使った物を月ごとに展開していきたいと思ってます。
本日はこの季節美味しい栗を使ったモンブランをご用意してみました」
どうぞ食べてくださいと進める。燈火さんは躊躇いながらもとりあえずと言う様に一緒にお出ししたプラスチックのフォークに手を伸ばそうとした所で
「燈火、ダメだよ」
ほとんどお客様が帰った静かな店内に第三者の声が降ってきた。
ここ数日この時間はお客様がいない事はリサーチ済みなのに、それなのによりにもよって店の主人をたしなめるような人物がいたのかと舌打ちしたいのを耐えててんないをぐるりとみまわせば、店内のロフトから一人の男性が降りてきた。
めんどくさい、そんな顔を隠さずに私の席から一つ席を開けた場所に座り
「ダメなのか?」
「ダメだ」
「そうか、ダメなんだ。
と言うわけで、折角の申し出ですが今回はご縁が無かったと言う事で」
経ったその一言で私のプレゼンテーションはなかった事にされてしまった。
と言うかだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!
何で駄目なのか全く理解できないし、そもそもあなた一体何なんですか?!」
思わず詰め寄りたかったけど間に一個置かれた椅子が邪魔で手を伸ばしてもひょいと躱されてしまった。
暴挙と言う私の動きに
「お客様、暴力はおやめください……」
何てカウンターから飛び出してきた物の、男は呆れた顔で私を見て
「甘味屋美園、確かにケーキもまんじゅうもおいしい。俺も好きだから時々買いに行くし」
まさかの常連だった。
だけど顔知らないし……
一体何なのよと思うも
「綾人知ってるのか?」
「まあね。たまにはコンビニスイーツ以外も食べたくなるし」
その程度の奴にうちのお菓子を語って欲しくない。
「お菓子は店主のおじさんが作ってるんだよね?」
「はい、父です。祖父からついでずっと暖簾を守ってます」
言えば知ってると言う様に頷き
「年齢で言えばもうすぐ七十になると聞いている」
「まだ六十五です」
五歳も歳を増やさないでと言えば
「社会的には大体定年を迎えている年齢だ」
「ですが、自営業なので定年はありません」
そこは理解してるのかそうだと言う様に頷く。
「だけど燈火はまだ三十を過ぎたばかり。これからの働き盛りの人間なのに、パートナーとなる相手が引退間際。
これから長いお付き合い、と言うのは正直難しい。
燈火のコーヒーに美園屋さんのケーキならまずは及第点だ。むしろこちらこそよろしくお願いしますと頭を下げるべきだと思う」
「そこまで評価してくれるのにどうして駄目なのよ!」
思わず立ち上がって吠えてしまえば、綾人と言われた人は酷く冷静な目で
「噂だけど娘さんが店を継ぐと聞いたが?」
「そうよ。何か問題がある?」
だから何なんだと聞けば
「個人的な感想だが時々買う物に酷く素人然とした物が混ざってる。趣味の延長のような、焼き色もまばらでクリームの固さもまちまち。勿論シュークリームの中のクリームの内容量もばらばら。
悪いが店を継いだとしても先はない。美園さんが現役の間のお付き合いとなるならなおの事この件は受け入られない。
考えてみろ。
燈火のコーヒーと美園さんのケーキが目当てで来るお客様が一定数定着したとする。美園さんのケーキが無くなった時、そのお客様の落胆を考えたらとてもこの提案は受け入られない」
「なるほど。確かに言われたらその通りだな。ほんの一、二年の提供だけじゃ返ってお客様をがっかりさせてしまうだけになる。
情報誌の力を見たばかりだから、ケーキセットがあると一度でも紹介されたら質が落ちても止められなくなるよな……」
そこまで考えてなかった。
「た、確かに私はずっとお父さんの側で手伝って来ただけだけど……」
「アルバイトが職人の店主になれると思うのか?」
どこまでも心をえぐるような指摘大してできた事は荷物を片付けてコーヒー代を置いて店を出るだけ。
「お騒がせしました」
悔しくって、悲しくって、情けなくって……
逃げるように店を飛び出した。
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