裏路地古民家カフェでまったりしたい

雪那 由多

文字の大きさ
上 下
69 / 84

顔をあげれば古民家カフェ三日月 8

しおりを挟む
 
 一度抱きしめたらもう離さないと言う様にギューギューと抱きしめられた幸せなテディとは別に飲みかけのオレンジジュースは忘れ去られていた。
「さすがクマハンター。一度ロックオンしたら逃がさねー」
  俺の方がやられたと言う様に胸に手を添えて悶える綾人のキモさ。
 何でみんなこんなにもキモいのに何事もなかったかのように飯田さんと談笑をしていられるんだろうか。
 お前らメンタル強すぎるだろ……
 とにかくこのカオス何とかしてほしいと俺だけが取り残された空間の中で綾人は満足したと言う様に最後の一口を飲めば
「じゃあ、休憩もしたし家に帰るか」
「はい。皆さん待ってますから」
 思い出したかのような返事だけど誰も気にしない。
 綾人よ、お前の取り扱いも大概雑にされてるぞと少しだけ哀れに思う。
「先生はもう上に行ってるんだよね?
 先生が一番心配だ。変な事してないだろうな……」
「一番風呂を占領してるぐらいでしょう。急いで帰りましょう」
 そう言って席を立てば
「じゃあ、俺らも後から行くな」
「おう、土産あるから楽しみにしてろよ」
 言いながらも
「あ、とーかの分は明日着予定で配達してもらうから。実桜さん悪いけどそこの花器退けてサイドボードの上を空けといて」
「何か置物ですか?」
「まあね。元々そのつもりで設計してるから楽しみにしておいて」
 ニヤリと笑う顔に篠田達の顔が引きつっている。
 って言うかこれは何かのフラグか?一体何があるのか俺にも判るように言えよと思えば
「そうだった」
 そう呟いて、駐車場側ではなく表側の扉を開けた。
「まだ看板見てなかったんだー。長沢さんの奥さんの字は味があっていいよね」
 そう言って少しだけ薄暗くなった空の下にひょいと飛び出した。
 クルリと反転して掲げられた看板を見上げる。
 そっと零れ落ちる感嘆の溜息。
 ネット越しの画面からは伝わりきれない長沢さんの彫刻の美しさも加わっている。機械では出せない表現に感動と言う所だろう。
 一歩、一歩下がりながら家を見上げていた。
 全体のバランスを見るように、全体の景観までも見るようにゆっくり一歩一歩足を進める。
 そろそろ階段が、と言う所でもまるで見えているように階段を一段一段下がり、道路まで出て一番下から腰に手を当てて隣の家を含めて街に溶け込むかのような、でも渋さを醸し出す古民家を見上げる。
 まるでどこかの有名な建築物を見るように満足げな口元は弧を描いていた。
 そんなにも自分が設計した家の完成が満足かと思いながら俺も隣に並ぶ。
 見慣れたとはいえ立派だよな。
 何度見てもほれぼれする俺がいた。
「立派になったよな。建付けが悪かった家からあっという間に新築に負けない立派な家になった」
「ああ、これからとーかと一緒に年を取ってもらわないといけないんだからな」
「だな。目指すは生涯現役!」
「ちゃんとお犬様の言う事を守れば余裕っしょ」
「その前に俺の心がバッキバキにこわれまくりそう……」
「そうだ。蔵を見忘れた」
「そこは今度にしろよ。みんなも待ってるし、折角だから展示会やってる様子も見てほしいからな」

 本当に小さな個展ともいえないくらいの広さだが、母校の美術部の展示会も開催予定だ。ちなみに心ばかしのお金を貰っている。一週間千円。電気代として頂戴しているが、これを高校生達から回収するわけにはいかない。決して多くない部費なのだから。だけど高校生だからと言ってこれはフェアではない。
 ならどうするべきか。
 実桜さんの畑のお手伝いでどうだと言う案。お花や店のお世話をしてもらっているので代わりに行ってもらう事で高校生からは回収しない事に決めた。
 おかげでというか、華道部の作品展だったり、書道部の作品展だったり、美術部の作品展だったりと、文化祭後は華やぐ事になる予定も既に決まっている。
 知ってる教師は誰も居ないがこの年になって母校に貢献できるとは……
 高校生の若さについて行けなかった事が辛かった……
 
 俺の知らない所で蔵ギャラリーとして作られ、そして知らない所で話題になっていた蔵の使用方法は最初こそ蔵暮らしも悪くないかもなんて思ってたけど、二階に出来た部屋を見て一瞬でやっぱりお家暮らしがいいに変ったけど。
「ほんとうにありがとう。
 俺とは大して話もした事もなかったのに。爺ちゃんの為にこんなにもよくしてくれて……」
 もし綾人と会ったら言おうと思ってた感謝の言葉が胸に詰まって出てこない。
 だけど綾人は気にするなと言う様に肩をポンとたたいて 
「俺なりの感謝の仕方だから。
 とーかの先祖が助けてくれたおかげで今の俺が存在している。
 そして俺達が揃って三日月を見上げている。
 生前にこの家にお邪魔できなかったのが残念だけど」
「うん。俺も爺ちゃんが言った後に初めて知った。
 あと伯母が綾人の所に連絡しなかったの本当に悪い」
「うん。それは聞いた。
 伯父さん達とお婆さん顔を真っ青にしてたんだって?」
「悪い」
 かわって謝っても気にするなと笑い
「俺もバアちゃんが逝くまで知らなかったんだ。
 だから、こう言う時はこれからもよろしくなって奴だ」
「なるほど。
 確かに高校時代の事もあってよろしくとは言いたくないだろうけど……」
 あまりの自分のガキ具合の恥かしさに謝り
「本当に迷惑かけてた。悪い。
 だけど、これだけ爺ちゃんの家の為にしてくれた綾人には今までの俺からの成長を見ていてほしい」
 言えば首を竦められた。
 わざわざ口にする事かと言いたいのだろうが
「これが恩人に対する宣言って奴だ」
 なぜか苦笑された。

「綾人さん、そろそろ行きましょう!」

 階段の上から飯田さんの声が響いた。
「そうだった。そろそろ行かないと先生が何しでかすか」
 そう言って階段を駆け上がる足は軽やかだ。
 それに続いて駆けあがり、駐車場のある裏庭へ店内を抜けてお見送り。
 篠田達も庭先で待っていて、俺達が来るのを見てから後でなと手を振っていた。
「そうだ、とーかも俺んち知ってたら今晩来いよ。
 この天気だし久しぶりに星空観賞会やるから」
「うわっ!是非行く!絶対行く!一度行きたかったんだ!」
 嬉しいお誘い。
 何だか友達になったみたいで嬉しいななんて笑ってしまえば

『燈火、良かったな』

 風に乗ってさざめく枝葉の音と共になんだか懐かしい声が聞こえた。
 思わずと言う様に振り向いた物のそこには誰も居ない。
 お客の居ない店内の明かりの零れる店がそこにあるだけで、気のせいかと直ぐにお見送りする為に駐車場に視線を戻そうとした途中。
 綾人がじっと家を見ていて、それから見た事もない位丁寧に頭を下げていた。
 なんて言うか……

 さっきの声、気のせいじゃなかったんだ。
 懐かしい声、聞こえた声はきっと……

 ゆっくりと頭をあげた綾人もくるりと振り向いて駐車場に向おうとする途中で俺と目が合った。
 何故か人差し指を唇に当てて何も言わずに笑っていた。
 


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

生前SEやってた俺は異世界で…

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん
ファンタジー
旧タイトル 前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~ ※書籍化に伴い、タイトル変更しました。 書籍化情報 イラストレーター SamuraiG さん 第一巻発売日 2017/02/21 ※場所によっては2、3日のずれがあるそうです。  職業・SE(システム・エンジニア)。年齢38歳。独身。 死因、過労と不摂生による急性心不全…… そうあの日、俺は確かに会社で倒れて死んだはずだった…… なのに、気が付けば何故か中世ヨーロッパ風の異世界で文字通り第二の人生を歩んでいた。 俺は一念発起し、あくせく働く事の無い今度こそゆったりした人生を生きるのだと決意した!! 忙しさのあまり過労死してしまったおっさんの、異世界まったりライフファンタジーです。 ※2017/02/06  書籍化に伴い、該当部分(プロローグから17話まで)の掲載を取り下げました。  該当部分に関しましては、後日ダイジェストという形で再掲載を予定しています。 2017/02/07  書籍一巻該当部分のダイジェストを公開しました。 2017/03/18  「前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~」の原文を撤去。  新しく別ページにて管理しています。http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/258103414/  気になる方がいましたら、作者のwebコンテンツからどうぞ。 読んで下っている方々にはご迷惑を掛けると思いますが、ご了承下さい。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

処理中です...