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9.嫉妬

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「よかった。じゃあ、明日約束な!」
悔しい気持ちが先行し、話しかけてくる星野に生返事をしていた楓が安請け合いしたのに気づいた時には後の祭りだった。
「え?なんのこと?」
喜ぶ星野に尋ねる。OKって返事したじゃん、と言いながらも星野は丁寧に教えてくれる。
「だから商談終わったら山下の家寄るって言ったの。そっちの方なんだ、明日」
「え!?困るって」
「さっきOKしたじゃん」
「……覚えてない」
「ボーっとして人の話、ちゃんと聞かないからだよ」
話を聞いていないことはわかっていたように、不敵な笑みを浮かべる星野に食い下がるが聞き入れる気はないようだ。
「でも……」
食い下がる楓に星野はバツが悪そうな顔をして、反論できない言葉を投げる。
「山下……取引先と話しているとき、生返事する?」

頭を鈍器で殴られたようだ。
立ち止まる楓につられるように星野も歩みを止めた。
「ごめん、言い過ぎ……」
「謝らないで!」
声を荒げるつもりはなかったのに。自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。

営業にあれだけ未練があるくせに、いや、営業以外の仕事でも人の話をボーっとして聞かないのは最低なのに。
「……っ!」
何か言わないと。そう思うのに、歯を食いしばっていないと、目に力を入れないと言葉ではない何かがこぼれ落ちる。
その場で睨むように星野を見つめながら立ち尽くす楓に、星野は。
「……っとに。そんな顔するなって」
楓の手を引っ張り、大通りから路地に連れ込むと。

楓の後頭部を掴み、強引に唇を塞いだ。
「んっ!……んんっ!!」
冷たい星野の唇が楓の体温で熱を持ってくる。
それだけでも感じてしまうのに、星野の舌が食いしばっている楓の歯をなぞると……。

背筋がゾクッとする。その感覚にわずかに開いた楓の歯の隙間に舌がねじ込まれる。
捉えられるのはあっという間。
楓の舌を見つけると、躊躇することなく絡める。
「うふぅ……んっ……」
何度も何度も舌で口の中を犯される。
背筋のゾクゾクは、全身に広がっていく。

足に力が入らない。星野の腕の支えが無ければその場に崩れ落ちそうになる。
「はっ……んぅ」
一瞬離れたと思ったらまた角度を変えて塞がれて、舌を追いかけられる。
「ほしっ……んっ」
名前を呼ぶ隙すら与えてくれない。

いつの間にか抱きしめられていた。
キスとキスの間に、山下、と耳に囁やき、好きだと何度も呟く星野の腕。
このまま流されてもいいと思ったのに。

楓は腰のあたりで星野の滾りを感じた瞬間。
はっきり思い出してしまったのだ。

星野の前の彼女は、小柄で女性らしくて楓とは似つかない人だったことを。

次の瞬間、楓は星野を突き飛ばしていた。

「……山下」

切ない気持ちと男の欲を滲ませた複雑な顔をする星野。
楓はその顔から逃れるように路地を出ると人にぶつからない速度で小走りに駅まで向かって、来た電車に飛び乗った。

閉まったドアに手をつく。そうしないとズルズルとしゃがみこみそうだったから。
何から考えればいいのかわからない。
頭の中に色んなことが浮かんでは消える。

コートのポケットで携帯がブルブル震える。
多分星野からだろう。
だけどメッセージを確認する気力は今は湧かなかった。
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