タイプではありませんが

雪本 風香

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8.雑煮

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「やるねー、ホッシー」
琴美はニヤリと笑った。首がすわったと言っていた赤ちゃんは、今はお昼寝中だ。
楓が持ってきたケーキで、琴美と田中とお茶をしながら星野のことを話していた。
ここ何ヶ月も星野に振り回されている楓は誰かに相談したくてたまらなかったのだ。
口が固い二人だ。ここだけの話にしてくれる。
「まぁ最近の星野、機嫌よかったもんな」
と、言うのは田中だ。楓は気付かなかったが男同士、微妙な変化はわかるのだろう。
「いいじゃん、付き合えば」
二人揃って楓に言うが、頑なに首を振る。
「ヤダよ、タイプじゃない」
「タイプの人に尽くしても振られてるじゃん。今まで」
グサリと刺さることを言うのは琴美だ。忖度なくアドバイスくれるのは嬉しいのだが、今はそれが痛い。
落ち込む楓を見て、田中が女二人をなだめる。
「まぁ、試しに付き合うのも有りだとは思うよ」
「失礼じゃん、それは」
「大丈夫。全て分かった上なんだし、星野は喜ぶよ」
「そうそう。それに付き合わないとわからないこともあるしね。……そっちの相性とか」
含みをもたせた琴美の言い方にぐぅ、と楓は唸った。だから躊躇っているのに。
楓の恋愛事情を知り尽くした琴美は遠慮がない。


琴美は楓が何故マッチョが好きなのか、熟知しているのだ。
背も高い楓が女として自覚する瞬間。
自分よりも大きな手でギュッと抱きしめられること。

柊の後ろばかり追いかけて、男勝りで毎日泥だらけになっていた子ども時代。
小さい頃から身長も高めでかわいい服はなかなかサイズがなくて。
それでなくても持っているのは柊のお下がりばかりだったのだ。
華奢な妹の桜は、柊、楓と来た服は全然合わなくて。
「お兄ちゃんの服、ぴったりね。楓のは買わなくてよさそうね。助かるわー」
母の言葉を素直に受け止めて、ショッピングセンターに行っても柊と桜の服ばかり買うのを見ていた。

買ってほしい、と言ったら母も買ってくれるのはわかっていた。
でもそこまでおしゃれに興味もなく、だんだん服を選ぶのが面倒くさくなっていったのだ。
中学にあがり部活を始めると、制服とジャージで事足りる。
楓の所属したバレー部はそこそこ強かったから、同じようにジャージで過ごす子ばかりだから、ますます着飾ることから遠ざかっていく。
特段男っぽく、それこそタカラヅカみたいに振る舞っていたわけではないけど、周りは楓より小さい女の子が圧倒的に多くて。
女子だけで集まるときは自然と重いものを持ったり、高いところの作業をしていたらバレンタインデーにもらうチョコレートの数は男子より多く貰っていた。

男勝りの楓は、同級生から恋愛対象に入ることもなく。
モテるのは、桜のような華奢で女の子っぽい娘。
楓みたいな娘はまず弾かれる。
妹からモテる苦労も聞いていたし、人を好きになることもよくわからなかった楓は、バレー一筋に過ごしていた。

だけど哲に告白されて、男子バレー部の彼の隣に立つと楓も普通の女の子のように見えて。
二人共部活帰りでジャージなのにさり気なく車道側を歩いてくれる哲の隣を、お小遣いで買った色付きリップをつけて歩く。
手も繋がないくらい淡い恋だったけど、ちゃんと女の子として扱ってくれる哲に、何故か肩の力がスッと抜けたのだ。

小っ恥ずかしくて女の子っぽく振る舞うのを避けていたけど、本当はこんな風に男の子から女の子扱いされたかったのだ。

でも小さい頃から身についた癖は中々抜けない。
自分と同じくらいの身長の男性には女の子っぽく振る舞うことができない。照れくさいのだ。
男性も自分と同じくらいの楓は、友達にはなれても彼女にはしないことはわかっている。
だからこそ、自分より15センチ以上高い180センチ以上で筋肉質な人がいいのだ。
それ以外の人は、はなから恋愛対象に入らない。

「楓がタイプにこだわるのはわからんでもないけどさー。アンタ、男見る目ないから」
「……それは認めるけど」
そうなのだ。楓がタイプの男性的な魅力が高い者は、女性に人気だ。
彼女の座に納まるのも一苦労なくらい倍率が高い。だからこそ付き合えた時は、少しでも愛されるために必要以上に聞き分けがいい自分を演じ、わがままひとつ言わない楓に飽きてしまった彼氏は他の女性に走る。
楓とは真逆の、守ってあげたいタイプの可愛らしい女性に。

「君は一人でも生きていけるから。この子は俺がいないとダメなんだ」

何度、この台詞を人生で聞いてきただろう。それでも、惚れられて付き合うよりも、惚れて付き合い自分が傷つく方が、相手を傷つけるよりも100倍はマシだ。
「タイプじゃないのに付き合って、やっぱり好きになれないって振る方がひどいじゃん」
楓は遠い目をしながら呟いた。脳裏に浮かんでいたのは、振った時の哲の顔。
人生で唯一惚れられて付き合い、結局好きになれなくて、楓から振った男性。
振ったときの愕然とした哲の顔は、ある意味トラウマとして楓の心に刻み込まれている。
年末に会った時の哲の幸せそうな顔で少しだけ救われているが。

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