タイプではありませんが

雪本 風香

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7.帰省

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「ただいま」
タイミングよく兄のしゅうが帰って来なかったら、楓は母に言いたくない言葉を発してしまうところだった。
「あれ、もう帰ってきたの?」
「俺だけね。酒と親父が寿司食いたいっていうから買ってきた」
チラッと母と楓を見比べて、柊は楓の頭をはたいた。
「痛っ。何するのよ」
「別に」
兄は気付いたのだろう、楓の表情から。今帰ってきたのもきっと母と楓を二人きりにしない配慮だ。
「楓、手伝って。まだ車に荷物あるから」
案の定、楓を母から引き放す。柊の助けに楓はありがたく乗っかった。

「ちょうどいいタイミングだったな」
車のトランクからビールのケースを取り出し、ニヤリと柊は笑った。楓は助手席の寿司を持つ。
認めるのはシャクだが助かったのは事実なので素直に礼を述べる。

昔の田舎の考え方だ。女は学をつけるよりも早く嫁に行って子を産み、育てるのが幸せ。
その考えで育っている母には、女なのに四大に進み、総合職で就職し、ひとり暮らしして、彼氏の一人も紹介しない楓は心配のタネなのだ。
ちょうど妹の桜のように。
就職の際も母とは揉めたのだ。「女なのに総合職だなんて」と。内定をもらった会社がそこそこ社名が通っている会社だったのと、父と兄に諌められてなんとか母は折れた。
だから、父と兄に見つからないように母は楓に話すのだ。
それがますます楓の足が実家から遠ざかることになるのだが。

「オフクロはお前にだけ厳しいからな」
わかっているというように笑う柊は、どことなく星野を感じさせる。空気を読み、場を壊さないようにサラリと受け流す。
何事にも興味が無さそうな顔をして、その代わり、よく人のことを観察している。
今まで柊を星野に似ていると思ったことはなかったのに。楓が星野を意識しているからそう見えるのか。
と、楓は頭を左右に振る。私は何を考えていたのか、と。
「好きなヤツでもできたか?」
柊がからかってくる。こういうところは、兄も母の血を受け継いでいる。いや、この地域特有の会話のきっかけ作りだ。千葉といっても楓の故郷はだいぶ田舎のほうだ。周りは自分のことを小さい頃から知っている。
先程、母が元カレの哲の結婚を知っていたように、井戸端会議で、飲み会ですぐにプライベートは知れ渡る。
ここが、この地域のいいところだ。みんなが周りのことを気にかけて助け合える。
分かってはいるが、これが苦手で上京した楓はつい構えてしまう。
「……ああ、ごめん。お前はこれ苦手だったな」
黙る楓に柊はあっさりと詫びる。逃げ道を用意してくれる兄に、楓は助かったというようにため息をついた。
「あんま気にするなよ。オフクロも悪気はない」
「わかっている」
わかっているのだ。だが、苦手なのだ。深いところまで自分をさらけ出すのも、周りに踏み込まれるのも。

ふと、楓は気づいた。
星野が自然に踏み込んで来ていること。そのことに楓自身は嫌な思いをしていないこと。
なぜだろう、と思い浮かんだ問いは、無理矢理打ち消して、家の中へ入る柊の背中を追いかけた。



みんなで年越しそばと寿司で晩御飯にしたあと、疲れたという子どもたちと兄嫁を先にホテルに送った楓は、少しだけ離れたところまで車を走らせると、路肩に停めた。
楓も家族として保険がきく車は父名義の軽自動車しかない。まだ4歳と6歳の子どもだ。チャイルドシートとジュニアシートをつけると大人は楓以外、一人しか乗れない。
まだ、両親と妹家族と酒盛りをしている兄は後から送ることにした。
ホテルの前で手を振る子どもたちに手を振り返して、楓は実家に帰る。
一人になった車内で楓は深くため息をついた。
ずっと知っていた地元なのに、一年に一度しか帰らない楓には年々違う町に見えてくる。
知らない間に馴染みの店が潰れ、新しい店ができる。小学校や中学校は変わらないままなのに、記憶にある景色と今見ているものが重ならない。
少しずつこの町の空気が自分の肌に馴染まなくなっている。実家の自分の部屋だったところが、知らない人の部屋になっているみたいに。
反対に独り暮らししている小さな部屋が楓のホッとする場所に変わって来ている。
その事実に少しだけ悲しくなり、そして早くも実家から小さな自分だけの城に帰りたくなってしまうのだった。
高校生くらいに来ていた流行りのデザインの服が、今の年齢では着るのができないように。

実家に帰る度に、ホッとする以上に自分に合わなくなって来ている地元に楓は何故か鼻の奥がツンとするのを感じる。
涙は、――堪えたつもりはなかったのだが――出なかった。



「お前、ここにいたんだ。そろそろお願いするわ」
台所で片付けをしていた楓に柊は声をかける。
「ん、これお年玉。渡しといて」
明日兄家族は奥さんの実家に行くから、子どもたちと会えない。楓は用意していたお年玉を柊に渡す。
「おっ、悪いな。ありがと」
「いいよ。みんなに会えてよかった」

帰ってきたら両親と妹の旦那と酒盛りをしていたので話が終わるまで片付けをしつつ待っていたのだ。
リビングを見るといつのまにか義弟もいなくなっていた。
妹は実家で同居しているから今頃二人で子どもたちを寝かしつけしているのだろう。
紅白を見ている両親に一声かけ、楓はエンジンをかける。

「あ、ちょっと待って」
楓は走り出そうとしたが、一旦パーキングに戻し、サイドブレーキを引くとカバンから薬とペットボトルの水を取り出して、流し込む。
「言わなくていいのか?」
「うん。言ったら戻ってこいってなるでしょう?」
「まぁ、なるだろうな。元々楓が家出るの反対だしな」
「そうそう」
病気のことは東京に住んでいる柊にしか話していない。入院のときに身内として駆けつけてくれたのも兄だ。
離れて暮らしていると、気持ちも離れるようだ。頼る身内、と思ったとき、それは両親ではなく兄になる。
わざわざ田舎から出てきてもらうのが申し訳ないと思うから。いや、それは言い訳。
「お前が言わないのなら黙っておくけど、後から知ったら悲しむぞ」
楓は兄の忠告に頷いた。わかってはいるのだ。だけど、その後言われるであろう言葉を想像すると、どうしても口を噤んでしまう。
楓の言わんとしていることを察したのだろう。柊は話題を変えた。
その話題も決して楓の望ましいものではなかったが。

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