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2.いつもの日常

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「おはよう、山下」
後ろから声をかけられて、楓は引きつった顔で振り向いた。
自分とは対照的な、満面の笑みを浮かべた星野。
その笑顔が今は腹立たしい。
「……おはよう」
絞り出すように返事をした楓に星野は追い打ちをかける。
「返事はいつでもいいよ。でもアピールはするから」
憎たらしいくらい爽やかな笑みを浮かべている星野をよそに、楓は足早に事務所に飛び込んだ。


昼休み、自席でお弁当を食べながら、楓は星野のことを考えていた。
楓の目の前は営業部の席だが、星野を初めとする営業社員はほぼ外出しているから閑散としている。
逆に後ろは総務や経理といった事務方のデスクのため、賑やかだ。
同じ仕事をしている他の二人は外にランチを食べに行ったため、今営業事務のデスクにいるのは楓一人だった。
左手でパソコンニュースを流し見しながら右手でご飯を口に運ぶ。
行儀が悪いのは重々承知だ。
だが、ご飯時にニュースを見る癖は営業の時から抜けない。
スマホとタブレットからパソコンの画面に変わっただけだ。

だが、先程から星野のことがよぎり全然頭に入って来ない。

ヤツはモテる。
非常にモテる。
端正な顔立ちに爽やかな笑顔。言葉遣いに時折四国の訛りが混じるのが可愛いらしい。
身長も楓基準で考えたらほぼ変わらないが170センチはあるから、低い方ではない。
そして何よりたちが悪いのは、星野は天然たらしなのだ。
姉が3人いる末っ子長男だからか、女性の喜ぶことはよーく知っている。
自然とレディファーストが出来る彼は社内外の女性のみならず、飲みに行った先でも逆ナンされるくらいおモテになるのだ。

確かにずっと片思いしている人がいるとは聞いていた。
それでもいい、と言ってくる女性と付き合っていたと聞いたことはあったが、今は特定の彼女はいないはず。
まさか自分がその片思いの相手だったとは……。
全然気づかなかった。
そりゃあ、同期で一番仲がよかった琴美に「鈍感!」と怒られるはずだ。

頭を抱えたくなった楓はマウスから左手を離して、食事に集中することにした。
黙々と口に運ぶ一方で考え込んでいたのだろう。

「どうした、難しい顔して」
課長に声をかけられて楓は慌てて顔を上げた。
「いえ。……昨日おかずを作りすぎて、夜も同じメニューなので何かアレンジできないか考えていました」
咄嗟に出たいいわけだ。嘘ではない。だが、今考えていたのは別のことだ。
課長はそんな楓の言い分を信じてくれたようだ。「確かにきんぴらって余るよな。……そうだ、体調はどうだ?」
「お陰様で。少しずつですが数値は下がって来ています。気付くのが遅かった分、中々頑固みたいですけど」
「大変だな」
同情した目を向けてくる課長に楓は笑いながら答えた。
「ええ。注射キライなのに2週間に一回血取られて。拷問です!」
重たい雰囲気を吹き飛ばすように答えた楓の気持ちがわからない男ではない。
課長もその話に乗っかる。
「元気が有り余ってたんだから、それくらいで丁度いいんじゃないか」
何かあれば相談しろよ、と言い残し去っていく課長の背中を見送って、楓はスマホを手に取った。

答えは出た。後は早く伝えるだけだ。
ラインで星野とのトーク画面を開き、楓はメッセージを送った。


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