小国の聖女エレナ

雪本 風香

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ボーワに向かえ①

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ダンヒルの話は簡潔だった。
エレナがセドリックと異母兄弟だということと、楔のこと。
その2点を伝えたのみだ。
「あとこれを」
「なんだ?」
真ん中で2つに折られた紙切れを受け取ったレオナルドは書き記されている文字にサッと目を通す。


――楔のことが知りたければこれを閲覧しろ。
・ある聖女の記録――自らを牢に閉じ込めて
S・F――

ちょうど折り目のところに書物名が入るように記載されているのが嫌味に写る。
(本の名前が読みづらいじゃないか)
口の中でセドリックに小言を言い放ちながら、レオナルドは懐に紙をしまう。
全てを聞き終えた二人に最後に、とダンヒルは伝えた。
「ボーワ村の教会の三軒隣。そこがエレナが7歳まで母親と養父と暮らした家です。その家をくまなく探してみてください。エレナの母親が当時持ち出した皇女の証があるはずです」
「わかった」
そういうとレオナルドは立ち上がる。必要なことは全て聞いた。ここでの用件は終わった。

来たときと同じように顔を隠したレオナルドは、サッと入口の方へ踵を返す。と、もう一度ダンヒルの方に向かい合って訊ねた。
「貴殿の話を信じるに値する証拠は?」
今まで真剣に話を聞いていたレオナルドだ。今更問うのかと、こみ上げる笑いを抑えながらダンヒルは答えた。
「ボーワに行けばわかります」
「わかった」
レオナルドは短く答え、追従するグウェンを連れて今度こそ酒場を出ていった。

「リック並みにクセがあるな、あの王子サマも」

ダンヒルは、誰もいないであろう空間に向かって声を上げる。独り言にしてはやけに大きい声に、僅かに空気が動く気配がする。

(さて、セドリックリックの思惑通りに動いてくれるかな、あの王子サマは)
今度は盗み聞きしている者に聞こえないように心の中で呟いたダンヒルは、朝食に使用した食器の片付けを再開したのだった。




数日に渡るセドリック王との会談を無事にこなしたレオナルドは、マルーンに戻るなりエレナに会いに行った。
憎たらしいことに会談中、セドリックはレオナルドが策略に気付いて酒場まで訪れていることを知らぬふりをし続けた。
その態度に腹が立って仕方ない。
今からエレナに掛ける言葉もセドリックの手の内だと思うと投げ出したくなる。


アタナス帝国自分たち側にメリットがなければこんな作戦に一枚噛もうと思わないのだが……)

悔しいことに、今思いつく限りで一番セドリックの案がアタナス、ルトニア双方に都合がいいのだ。

何故なら――レオナルドが首を突っ込んでいるけれど――これはルトニアの内紛でしかないから。
セドリックには味方が少ない。報告があればいいが、最悪セドリックが知らないところでこの話はもみ消されてしまうだろう。
だが、偶然を装ってレオナルドが巻き込まれたとしたら国家同士の話で有耶無耶にはできない。
幸いにもエレナは今レオナルド預かりになっている。
首の突っ込んでも怪しまれない立場である。

(悔しいが頭の良さは……認めないわけにはいかないな)

アランに似ていると言われたのは心外ではあるものの、レオナルドはセドリックの考えが手に取るようにわかるのだ。

「気が重いな」
エレナを巻き込んでしまうことを。

アランやグウェンが聞いたら「巻き込まれているのはお前だ」と返されそうなことを思いながらレオナルドは急いで帰るべく、マルーンに向かって駆けている馬の腹を軽く蹴ったのだった。




「ボーワ村にいく予定が出来た」
唐突なレオナルドの言葉にエレナは持っていた治療器具を落とした。
ガチャン!とけたたましい音を立てるまでエレナは自分がそれらを落としたことに気がついていなかった。
音に驚き慌ててしゃがみ込んで器具を拾うが、気持ちは先程のレオナルドの言葉に持っていかれていた。
(ボーワ……)
攻め込まれ、村人皆が亡くなった故郷。ずっとアタナス帝国に占領されていたため、訪れることが出来なかったエレナのふるさとの村。
突然告げられた懐かしい出身地に器具を拾う手が震える。
いや、手が震えるのはレオナルドの口からボーワの名を聞いたからだけではない。
実は数日前にエレナは他の者からもボーワ村の名を聞いていたのだから。

内心の動揺を隠すようにゆっくりと時間をかけて拾い集めたそれらは、幸いにも壊れていなかった。
「……そうですか」
やっと絞り出せたのはその一言だ。
立ち上がったエレナはレオナルドの顔を見ないまま、一礼して通り過ぎようとする。
どうか声をかけないでください、と願いながら。

その祈りはどうやら神には届かなかったようだ。
エレナが忌避しようとした言葉をレオナルドは口にする。
「エレナ、案内してくれないか?……君の生まれた村を」
エレナは黙る。答えは決まっているのに、返答するのが心苦しい。

何度か口ごもって、やっとエレナは答えた。
「……わかりました。では……」
それがエレナの限界だった。
「ありがとう。日時は追って連絡……」
失礼は承知の上で、エレナはレオナルドの返事を最後まで聞くことなく、その場から逃げるように去ったのだった。

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