小国の聖女エレナ

雪本 風香

文字の大きさ
上 下
42 / 69

仮定③

しおりを挟む
「グウェン」
病院を出てしばらく歩いたレオナルドは、小さな声でグウェンを呼んだ。
いつの間にかすぐ後ろに立っていたグウェンにレオナルドは用件を伝える。
「エレナの生い立ちを再度洗い出してくれ。早急に。特にS・F――いや、王族との関係がないか、親兄弟親類縁者、わかる範囲は全て遡って調べろ」
「はっ」
「あと、前ルトニア国王の死因もだ。亡くなる3年程前からの健康状態やどの聖女の治療を受けていたのかも含めて、できだけ詳細を調べ上げろ」
「……はっ。そこはアラン殿の手を借りても?」
「良い。頼むぞ。ついでにアランには後で別件の調べも頼むと伝言しておいてくれ」
「かしこまりました」
腑に落ちない様子のグウェンだが、反論はせずに淡々と返事をし、闇に消えていった。
レオナルドは月を見上げると、ため息をついた。

「悪い予感の方は当たるんだよな」

いい予感は全く当たらないのに、と言外に伝えながらレオナルドは歩を進めながら考える。
簡単にエレナを手放したセドリックを、レオナルドたちは頭から信じていたわけではない。
むしろ、何かしら意図があるのではないかと疑っていた。
その一方で、エレナの良心に賭けていたところもある。
前王を裏切ったという汚名は被っているが――彼女は聖女なのだ。
慈愛の精神は、他の者と同じように――いや、それ以上に持っているとレオナルドは考えていた。

(まだ18歳の娘が自ら志望して単身戦場に乗り込んでくる。生半可な気持ちでは来ていないだろう)

戦場では多くの理不尽を目の当たりにするのだ。
救えない命。自分ですら明日は死んでいるかもしれないという不安はもちろんだが、それ以上に戦場となる町の治安は一気に悪くなる。
泥棒、引ったくりは当たり前。
元々住んでいた人がどんどん町から減っていく一方で、傭兵などどこの馬の骨ともしれない人間が出入りするようになるのだ。
以前なら機能していた、警護の者も役には立たない。その者が敵国に買収されている可能性だってある。
訓練で鍛え上げられ覚悟を持ってきている兵士ですら、適応できないものもいるくらいなのだ。

それに女性なら夜道で男性に襲われる危険性もある。
いくら王命や教会の後ろ盾があったとしても進んで来たい場所ではない。特にエレナは若い女性なのだから。
現にエレナ以前にも以後も、彼女以外の聖女は派遣されていない。
王命以上に、彼女がここマルーンに赴任したかった理由があるはずと、レオナルドたちは見立てていた。

実際エレナの生まれは、今はアタナス領になったボーワであるということは調べがついている。
だが、彼女についての調査はそこまでで一旦休止していた。
何故ならエレナの親兄弟はアタナス帝国がボーワを攻め込んだ際に皆亡くなっているからだ。
いや、エレナの家族だけでない。
ボーワの民は皆死んでいるのだ。
先にルトニア国から宣戦布告されていたアタナス帝国は、報復とばかりにボーワにいた者全てを皆殺しにしたのだから。
たまたま行商に連れられマルーンの町の教会に訪れていたエレナだけが助かった。

レオナルドが今知っているのはそれだけだ。
アタナス帝国に残っている記録では、ボーワの民全員死亡としか書かれていなかったから、エレナの故郷がボーワというのも最近知りえたことだ。
教会に仕えている者の生い立ちは、すべてヒースの大教会に保管されているのだ。
教会に仕えたる者、全くの身辺調査を行われないということは、ありえないからだ。
だが、それはあくまで本人からの申告があった上の調査である。
エレナのように戦争孤児のように身内を亡くした者は、怪しいものでないか調べるのは難しい。
エレナの場合は教会に来た時には既に聖女の力を発現していたから、特に身辺調査が甘かったようだ。
父母の名前と出身地、生年月日くらいしか資料には記載されていなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

処理中です...