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仮定②
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それくらいだったら直接レオナルドに言えばいい。今、彼女はレオナルドの元にいるのだから。
もしくは、国としての正式なものであれば、セドリックを通じて依頼をすれば済むことだ。
既に両国間では――表面上は――和平が結ばれたのだから。
セドリックの売り言葉を受けて、エレナの身柄はレオナルド預かりになっているが、これは偶然が重なった結果でしかない。
少なくともレオナルドがエレナを受け入れ、側に居ることを許可しないと成立しない。
そんな偶然に任せるよりも、正攻法を取るほうがよっぽど簡単だ。
そこまで考えたレオナルドの頭に、ある仮定がよぎる。
まだその考えを固めるにはピースが足りないのだが。
だが、自分の想定が正しければ、セドリックがエレナを簡単に放出し、自分のもとに追いやった理由に納得がいく。
頭では様々な考えがよぎるが、レオナルドはそれを表にはおくびにも出さない。
いつも通りエレナに柔和な笑みを見せ、言われるまま椅子に腰を掛けた。
診察室の椅子に座るのは、傭兵レオとして退院したとき以来だ。
硬い椅子の感触は覚えがあり懐かしく感じる。退院したときと違うのは、向かい合って腰掛けているのがユークではなく、エレナということだ。
一人しかいないのか、時間があるからか、それとも別の理由なのか。
エレナは殊更丁寧に入院していたときの記録をめくり、一つ一つの傷についてレオナルドに訊ねていく。
違和感はないか、痛みはないか、痛むならどんな時か。
時にレオナルドの身体に触れる。
「状態を確認するだけで細胞には作用しませんから」と断り、聖女の力で傷が内面から完治しているか調べ、その結果の記録を書き留めていく。
彼女の言葉を疑っていたわけではないが、本当に状態を確認するだけだったようだ。
治療を受けた際の細胞の沸き立つ感じは得られていない。
レオナルドは純粋に聖女としての役割を果たしているエレナを邪魔しないように努める。
言われるまま、体を動かし質問に答え、和やかなまま終わると思っていた。
(……ん?)
レオナルドが違和感を感じたのは、エレナの作業が終わりを告げる直前だった。
何かを逡巡するようにエレナの手が止まったのだった。
ほんの数秒の間。普段なら見逃してしまうくらいの時間だ。
だが、無駄なくレオナルドの身体を調べていたエレナのリズムが狂った。
「あ……」
手が当たりカシャン、とエレナの膝からメモとペンが転がり落ちる。
慌てて拾うエレナの顔は、蒼白であった。
レオナルドは知っている。
その顔は、普段剣を持たない人間が、初めて人を武器で傷つけたり殺してしまった時に見せる顔だということを。
身体を調べているだけだ。
レオナルドは実際に傷をつけられたわけではない。そんな顔を見せる要素はないはずだ。
レオナルドが理由を訊ねようとした瞬間、煙に巻くようにエレナが早口で喋りだした。
「ありがとうございます。これで確認は終了です。……明日は早くヒースに立たれるのですか?」
「ん……あぁ。明朝……夜が明ける頃に立つ予定だ」
エレナは大変、と慌てて立ち上がった。釣られて立ち上がったレオナルドは追求するタイミングを見失う。
「夜明けまでもう何時間もありません。すみません、お忙しいのにお引き止めしてしまいました。どうしましょう、こちらで仮眠を……えっと……今使用出来るベッドあったかしら?」
問いただしたい気持ちはなくはないが、慌てふためいて右往左往しているエレナを前にしたらすっかり毒気が抜かれてしまう。
それにエレナの前では、王子ではなく一介の傭兵でいたいのだ。
頭によぎった疑問については、後で調べれば済むことだ。
レオナルドは今にも部屋を出てベッドメイキングしに行きそうなエレナを留める。
「お気遣いなく。隊舎に戻ってしなければならないことがあるし、夜更かしには慣れているから」
「でも……」
「気にしないでくれ。そもそも君からの誘いを俺が断ることなんか出来ないんだから」
ウインクしそうな口調で話すレオナルドとは反対にエレナの頬は真っ赤に染まる。
青白かった顔に色味が戻って来る。もっともその次元を通り過ぎているような気もするが。
その顔を見ると、ついレオナルドのいたずら心に火が付く。
レオナルドはエレナの目線に合わせて腰をかがめた。
「気にするな、と言っても気になる?」
「え……ええ」
レオナルドの問いかけの意図がわからないまま、エレナは頷く。
なら、とレオナルドの右手がエレナの左耳に触れた。
「礼ならこれでいい」
昨夜と全く同じシチュエーション。どんなに鈍い人でも、レオナルドの指しているものが何かわからない人はいないだろう。
エレナは散々迷った末に、昨日と同じように固く目を閉じた。
レオナルドがふっと笑う気配がした。
そっと触れてきた彼の唇は、昨日よりも熱く感じた。
※
もしくは、国としての正式なものであれば、セドリックを通じて依頼をすれば済むことだ。
既に両国間では――表面上は――和平が結ばれたのだから。
セドリックの売り言葉を受けて、エレナの身柄はレオナルド預かりになっているが、これは偶然が重なった結果でしかない。
少なくともレオナルドがエレナを受け入れ、側に居ることを許可しないと成立しない。
そんな偶然に任せるよりも、正攻法を取るほうがよっぽど簡単だ。
そこまで考えたレオナルドの頭に、ある仮定がよぎる。
まだその考えを固めるにはピースが足りないのだが。
だが、自分の想定が正しければ、セドリックがエレナを簡単に放出し、自分のもとに追いやった理由に納得がいく。
頭では様々な考えがよぎるが、レオナルドはそれを表にはおくびにも出さない。
いつも通りエレナに柔和な笑みを見せ、言われるまま椅子に腰を掛けた。
診察室の椅子に座るのは、傭兵レオとして退院したとき以来だ。
硬い椅子の感触は覚えがあり懐かしく感じる。退院したときと違うのは、向かい合って腰掛けているのがユークではなく、エレナということだ。
一人しかいないのか、時間があるからか、それとも別の理由なのか。
エレナは殊更丁寧に入院していたときの記録をめくり、一つ一つの傷についてレオナルドに訊ねていく。
違和感はないか、痛みはないか、痛むならどんな時か。
時にレオナルドの身体に触れる。
「状態を確認するだけで細胞には作用しませんから」と断り、聖女の力で傷が内面から完治しているか調べ、その結果の記録を書き留めていく。
彼女の言葉を疑っていたわけではないが、本当に状態を確認するだけだったようだ。
治療を受けた際の細胞の沸き立つ感じは得られていない。
レオナルドは純粋に聖女としての役割を果たしているエレナを邪魔しないように努める。
言われるまま、体を動かし質問に答え、和やかなまま終わると思っていた。
(……ん?)
レオナルドが違和感を感じたのは、エレナの作業が終わりを告げる直前だった。
何かを逡巡するようにエレナの手が止まったのだった。
ほんの数秒の間。普段なら見逃してしまうくらいの時間だ。
だが、無駄なくレオナルドの身体を調べていたエレナのリズムが狂った。
「あ……」
手が当たりカシャン、とエレナの膝からメモとペンが転がり落ちる。
慌てて拾うエレナの顔は、蒼白であった。
レオナルドは知っている。
その顔は、普段剣を持たない人間が、初めて人を武器で傷つけたり殺してしまった時に見せる顔だということを。
身体を調べているだけだ。
レオナルドは実際に傷をつけられたわけではない。そんな顔を見せる要素はないはずだ。
レオナルドが理由を訊ねようとした瞬間、煙に巻くようにエレナが早口で喋りだした。
「ありがとうございます。これで確認は終了です。……明日は早くヒースに立たれるのですか?」
「ん……あぁ。明朝……夜が明ける頃に立つ予定だ」
エレナは大変、と慌てて立ち上がった。釣られて立ち上がったレオナルドは追求するタイミングを見失う。
「夜明けまでもう何時間もありません。すみません、お忙しいのにお引き止めしてしまいました。どうしましょう、こちらで仮眠を……えっと……今使用出来るベッドあったかしら?」
問いただしたい気持ちはなくはないが、慌てふためいて右往左往しているエレナを前にしたらすっかり毒気が抜かれてしまう。
それにエレナの前では、王子ではなく一介の傭兵でいたいのだ。
頭によぎった疑問については、後で調べれば済むことだ。
レオナルドは今にも部屋を出てベッドメイキングしに行きそうなエレナを留める。
「お気遣いなく。隊舎に戻ってしなければならないことがあるし、夜更かしには慣れているから」
「でも……」
「気にしないでくれ。そもそも君からの誘いを俺が断ることなんか出来ないんだから」
ウインクしそうな口調で話すレオナルドとは反対にエレナの頬は真っ赤に染まる。
青白かった顔に色味が戻って来る。もっともその次元を通り過ぎているような気もするが。
その顔を見ると、ついレオナルドのいたずら心に火が付く。
レオナルドはエレナの目線に合わせて腰をかがめた。
「気にするな、と言っても気になる?」
「え……ええ」
レオナルドの問いかけの意図がわからないまま、エレナは頷く。
なら、とレオナルドの右手がエレナの左耳に触れた。
「礼ならこれでいい」
昨夜と全く同じシチュエーション。どんなに鈍い人でも、レオナルドの指しているものが何かわからない人はいないだろう。
エレナは散々迷った末に、昨日と同じように固く目を閉じた。
レオナルドがふっと笑う気配がした。
そっと触れてきた彼の唇は、昨日よりも熱く感じた。
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