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密談は月明かりの下で③
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だが、圧に気圧されるエレナではない。
レオナルドと比べると大それたものではないかもしれないが、彼女とて背負ってきたのだ。
ルトニア国の聖女としてのしての役割を。そして、国王になる前からセドリックからの内密な命令を。
グッとへその下辺りに力を入れ、レオナルドに向き合う。
表情はにこやかに、聖女としての佇まいを忘れずに。
「データを取らせてください」
「それだけか?」
「ええ。お望みであれば取ったデータの開示も可能です。治療履歴の積み重ねは明日の医術の発展に寄与しますから」
エレナはニコリと笑みを浮かべる。
レオナルドはあごに手を当ててしばし考え込んだ。
ユーク医師と事前に取り決めた内容だ。
定期的にアタナス帝国の隊員の健康状態をチェックする、という名目でレオナルドの身体を隅々まで調べること。
――データを開示するのはこちらに他意がない証。
エレナの力の全てを知らないユークは、純粋にデータを次世代の治療に生かすためと思ってはいるが。
(レオの身体を調べ尽くして……そしてセドリック様への報告書を上げて。その後は……)
エレナは無意識に膝に置いた両手の拳を固く握っていた。
エレナ自身が気付かないその行動を、レオナルドは見逃さない。
僅かに目を細めると、レオナルドはエレナに頷く。
「こちらも治療の結果をいただけるのであれば拒む理由はないさ。明日隊員には話しておこう」
「ありがとうございます。幸いにも病院は今そこまで忙しくありませんから、隊員の方がいついらっしゃっても構いません」
「承知した」
その言葉を発した後、急にレオナルドの雰囲気が緩む。いつもエレナに接している空気に戻すと、レオナルドは一つ質問をする。
「その、めでぃかるちぇっくとやらをする者は指名できるのか?」
予想外の質問に、エレナはレオナルドの意図を測りきれない。
何か裏が隠されているかもしれない。慎重に返事を返す。
「基本的にはユーク医師にお任せしますが、先生もお年ですので。私が怪我や古傷など目視で出来る確認を、ユーク先生がそれ以外のケアを行う予定です」
「残念だな。エレナが俺の全てを調べてくれると思ったのに」
「なっ……!にをおっしゃるのですか!」
いたずらっぽく笑うレオナルドについ、声を荒げるエレナ。彼女の様子を面白そうに見ていたレオナルドは、ふと真剣な表情になる。
「エレナ」
レオナルドの右手が伸ばされる。そっと左耳の上に添えられた大きい手。
先程より近いレオナルドの顔。
月明かりが整った顔立ちに影を作る。銀髪とオッドアイだけが、淡い光を浴びて輝いた。
強い視線。吸い込まれそうな程の力強さに思わずエレナは顔を背けようとする。
だが、左耳に添えられた手がそれを阻止する。
強い力ではないのに、触れられたところ同士がくっついているかのように離れないのだ。
「以前、俺が言ったことを覚えているか」
「……何のことでしょう?」
ドギマギするのを必死に抑え、エレナは問いかける。
「「君が欲しい」と、伝えたことだ」
ビクリとエレナの身体が跳ねる。レオナルドへの答えはそれで充分だ。
よかった、と呟くレオナルドの顔にゆっくりと笑みが広がる。
そんな顔を間近で見てしまえば、最終的に彼を殺害する任務を全う出来ない。
満面の笑みを浮かべるレオナルドの美しい顔を見ないようにと、エレナは固く目を瞑る。
それが悪手だと気づいたのは、レオナルドの唇が自分のそれに重なった瞬間だった。
驚き、目を瞠るエレナからゆっくりと顔を離したレオナルドは何ともなかったのように平然としている。
やることは終えたというように満足気に頷いたレオナルドはさて、と立ち上がった。
何か言おうと口を開くが言葉が出ないでいるエレナにこう告げたのだった。
「おやすみ。また明日、同じ時間に」と。
レオナルドと比べると大それたものではないかもしれないが、彼女とて背負ってきたのだ。
ルトニア国の聖女としてのしての役割を。そして、国王になる前からセドリックからの内密な命令を。
グッとへその下辺りに力を入れ、レオナルドに向き合う。
表情はにこやかに、聖女としての佇まいを忘れずに。
「データを取らせてください」
「それだけか?」
「ええ。お望みであれば取ったデータの開示も可能です。治療履歴の積み重ねは明日の医術の発展に寄与しますから」
エレナはニコリと笑みを浮かべる。
レオナルドはあごに手を当ててしばし考え込んだ。
ユーク医師と事前に取り決めた内容だ。
定期的にアタナス帝国の隊員の健康状態をチェックする、という名目でレオナルドの身体を隅々まで調べること。
――データを開示するのはこちらに他意がない証。
エレナの力の全てを知らないユークは、純粋にデータを次世代の治療に生かすためと思ってはいるが。
(レオの身体を調べ尽くして……そしてセドリック様への報告書を上げて。その後は……)
エレナは無意識に膝に置いた両手の拳を固く握っていた。
エレナ自身が気付かないその行動を、レオナルドは見逃さない。
僅かに目を細めると、レオナルドはエレナに頷く。
「こちらも治療の結果をいただけるのであれば拒む理由はないさ。明日隊員には話しておこう」
「ありがとうございます。幸いにも病院は今そこまで忙しくありませんから、隊員の方がいついらっしゃっても構いません」
「承知した」
その言葉を発した後、急にレオナルドの雰囲気が緩む。いつもエレナに接している空気に戻すと、レオナルドは一つ質問をする。
「その、めでぃかるちぇっくとやらをする者は指名できるのか?」
予想外の質問に、エレナはレオナルドの意図を測りきれない。
何か裏が隠されているかもしれない。慎重に返事を返す。
「基本的にはユーク医師にお任せしますが、先生もお年ですので。私が怪我や古傷など目視で出来る確認を、ユーク先生がそれ以外のケアを行う予定です」
「残念だな。エレナが俺の全てを調べてくれると思ったのに」
「なっ……!にをおっしゃるのですか!」
いたずらっぽく笑うレオナルドについ、声を荒げるエレナ。彼女の様子を面白そうに見ていたレオナルドは、ふと真剣な表情になる。
「エレナ」
レオナルドの右手が伸ばされる。そっと左耳の上に添えられた大きい手。
先程より近いレオナルドの顔。
月明かりが整った顔立ちに影を作る。銀髪とオッドアイだけが、淡い光を浴びて輝いた。
強い視線。吸い込まれそうな程の力強さに思わずエレナは顔を背けようとする。
だが、左耳に添えられた手がそれを阻止する。
強い力ではないのに、触れられたところ同士がくっついているかのように離れないのだ。
「以前、俺が言ったことを覚えているか」
「……何のことでしょう?」
ドギマギするのを必死に抑え、エレナは問いかける。
「「君が欲しい」と、伝えたことだ」
ビクリとエレナの身体が跳ねる。レオナルドへの答えはそれで充分だ。
よかった、と呟くレオナルドの顔にゆっくりと笑みが広がる。
そんな顔を間近で見てしまえば、最終的に彼を殺害する任務を全う出来ない。
満面の笑みを浮かべるレオナルドの美しい顔を見ないようにと、エレナは固く目を瞑る。
それが悪手だと気づいたのは、レオナルドの唇が自分のそれに重なった瞬間だった。
驚き、目を瞠るエレナからゆっくりと顔を離したレオナルドは何ともなかったのように平然としている。
やることは終えたというように満足気に頷いたレオナルドはさて、と立ち上がった。
何か言おうと口を開くが言葉が出ないでいるエレナにこう告げたのだった。
「おやすみ。また明日、同じ時間に」と。
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