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新たな戦い①
しおりを挟む休戦協定で大まかな内容は取り決めていたが、詳細を詰めるのはなかなか骨が折れる行為だった。
協定の第一条に書いてある「マルーンをアタナス帝国の監視下に置く」こと一つとっても、何十、何百と決めないといけないことがある。
あっさりと決まる項目もあるのだが。
「では、第二条と第四条については、ルトニア国の内政として取り決め、後ほど、アタナス帝国に報告をするということで。逆に第五条については、現状アタナス帝国の支配下にあるため、そのままアタナス帝国で維持していくこと。こちらでよろしいでしょうか」
場を仕切っているドゥシー伯爵にセドリックとレオナルドは「異議なし」と応える。
家柄はあるが貴族としては若いドゥシー伯爵には発言権がないが、敢えてこの場に居させるということに、セドリックの意図が見える。
(昨日の会食の影響か、それとも以前よりセドリック王の腹心だったのか……)
異国のため調査に苦戦しているのかまだアランからの報告は上がってきていない。
間違いなく言えるのは、ドゥシー伯爵は今後のルトニア国のキーマンの一人になるということ。関係を築いておいて損はない。
瞬時に判断したレオナルドは、同席し、隣に座っているアランに軽く頷いて指示を出すと姿勢を正した。
ここからがこの会談の本題なのだ。
第二条はルトニア国がアタナス帝国の要請がある書籍の閲覧許可、第四条は大教会の司教の交代と教会と聖女の関係の見直し、第五条は現在ルトニア国となっているボーワとロアンをアタナス帝国に譲るという内容だ。
第五条は新たに国境をどこにするかは別途協議が必要だが、恐らくボーワとロアンを直線で結んだところが国境になるだろうし、圧倒的に領土が広がったアタナス帝国である。
今こちらが考えている境よりも内側をルトニア国が主張してもある程度は呑む所存である。
国境をどこに置くことなど、残った2つの協定に比べると大した内容ではない。
問題は第一条と第三条だ。
「では、第一条の「マルーンをアタナス帝国の監視下に置く」協定から協議を始めます。ルトニア国側よりお話をしてもよろしいでしょうか」
「ええ、お願いします」
ドゥシー伯爵の言葉に答えたのはアランだ。
ドゥシー伯爵は予めセドリック王が国政を司っている者たちと協議したであろう内容を、手元の紙を見ながら淀みなく述べていく。
「マルーンをアタナス帝国の監視下に置くのですが、いきなりルトニア国の兵士を全部引き上げると混乱が起きること、また、あくまでマルーンはルトニア国の領地であることから、一部の兵士はそのまま駐在いたします。ここまでは問題ないでしょうか」
「ございません」
アランが頷くのを確認してドゥシー伯爵は続ける。
「では、マルーンに置くルトニア兵の数ですが――現在マルーンに滞在している兵士は約50,000人。戦争が始まる10年前はマルーンの警備は3,000人規模の一連隊で賄っておりました。マルーンの都市の規模としましても、兵士の数は3,000人が限界と思われます。そのため、ルトニア国からマルーンに駐在させる兵士は1,000人の一大隊程度と考えております」
思ったより少ない人数に、レオナルドは考えを巡らせる。
ボーワとロアンをアタナス帝国に譲渡したルトニア国にとっては、マルーンは最も国境に近い都市になる。
少しでも多くの兵士を置きたいはずだ。
だが、とレオナルドは思い直す。
そのマルーンもアタナス帝国の監視下になる。自分がセドリックならどうするか。
多くの自国兵士をマルーンに置くと兵力は強化されるが、すべてが筒抜けになるリスクがある。逆に兵の数を抑えると漏洩のリスクは少ないが、アタナス帝国が協定を破り攻め込まれる可能性は高まる。
(手駒がない……?いや、そう単純じゃないはず……)
先日までの戦いでルトニア国の兵士は減ってはいる。だが、聖女の力で――内面は別として――ここ一年と少しで命を落とした兵士は予想よりも少ない。
実際にこの間まで隊長級は少ないといえども50,000人程マルーンに兵力を集中させていたのだから。
「レオナルド王子」
アランの呼びかけにレオナルドは顔を上げる。
決めた。
「そうですね……」
一旦言葉を区切る。レオナルドの口調でアランは察する。
予め決めていた中ではもっとも危ない橋を渡るプランだと。
「我が国の要望としては30~50人程度の一小隊の派遣を考えております」
「小隊?こちらは大隊を常駐させるのに少なくないか?」
「いえ。あくまでマルーンの自治は貴国にありますから。ちなみに隊長は私が、と考えております」
「レオナルド王子自らが?」
「ええ。やはり先日まで敵国だった国に赴任するのは、任務とはいえ複雑な感情を抱きがちです。ですので王族自ら駐在することでルトニア国とは良い友好関係を結んでいく、という証拠になりますし、なにより私が第一線に行くことで「王子が行っているなら安全な国」と国民に周知することもできます。幸いにも私は将軍職を拝命していますし、何より傭兵としてしばらく働いておりましたのでマルーンのことでしたら我が国のどの兵士よりも詳しい自信がありますので」
若干当てこすりも交えながら澄ました顔で答えたレオナルドとは反対に、今度はセドリックは深く考え込んだ。
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