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裏の会話②
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「さて、どうするんですか?レオナルド王子」
目線を右へ、そして左上を見て合図を送ったあと、試すような口調でアランが口を開いた。
目の奥には咎めるような視線が混ざっている。
「いくらセドリック王に促されたといえ、王子が行ったのは内政干渉です。これでアタナス帝国をよく思わないルトニア貴族も出てくるだろう。新たな火種になりかねないですよ」
「その点は大丈夫だ」
合図の意味を正しく理解したレオナルドも口調を改め、王子として答える。
「セドリック王は今日の会食にいたものをふるいにかけた。自分に従うのか、刃向かうのか、それとも傍観者でいるのか。刃向かうとどうなるかは、ファン=マリオン卿が身を持って示してくれた。一先ずは皆大人しくしているだろう」
「だが無理矢理抑圧すると、人間何するか分からないですよ」
「なに、セドリック王のことだ。その辺の采配は既に頭の中で出来ているさ。元来ファン=マリオン卿は先王に贔屓にされていた割に貴族たちの評判は良くないみたいだしね」
「確かに」
アランは先程の場を思い出して吹き出した。
貴族は政略結婚が当たり前。他の貴族と血縁関係ばかりだからか、多かれ少なかれ結束が強い。
彼の家柄を考えると何人かは新王ではなくファン=マリオン側に付いても可笑しくはない。
だが、あの場で警備兵に連れ出されるファン=マリオンに味方するものは皆無だった。
それどころか自分に火の粉が降りかからないように、大多数の貴族が彼の視線から逃れるように目を伏せたり明後日の方向を向いていたのだ。
目をそらさずにいたのは……。
「切れ者だな」
「セドリック王ですか?」
「彼もそうだが。私が言っているのは、新しい大教会のホレス司教と、ドゥシー伯爵だ。マリオン卿が退出する時に目を逸らさず見届けたのは、セドリック王と我々、そしてこの2人だけだ」
「そうでしたか」
末席のアランの位置からは全て見通せたわけではないようだ。何かを思い出すような素振りを見せたあと、アランは再び口を開いた。
「ホレス司教もドゥシー伯爵も前王の時は役職には付いていませんでしたね。……調べさせます」
「頼む。気をつけろよ」
この話は聞かれているんだからな、と意味合いを込めてレオナルドは語気を強める。
先程アランが送った合図の意味だ。今この部屋の外で2人の会話に聞き耳を立てているものがいる。
つい先日まで敵国だったのだ。すぐに心を許せるなどお互い考えてはいない。
数多の情報を集めて、相手を出し抜くために策略を巡らせる。
直接武器で攻撃をすることがなくなった分、これから求められるのはそういう戦い方だ。
情報を得るために公にはできない方法を取らざるを得ないこともある。
表向きは友好国同士になった分、後ろ暗い方法で背後から狙われる可能性だってある。
それでなくてもここはルトニア国なのだ。
レオナルドの気をつけろには、力が籠もっている。
アランは心得ていると、力強く頷いた。
「では」
一礼するとアランが部屋から退出する。と、同時に僅かに空気が動いた。
(去ったか……)
今2人の会話を盗み聞きしていたものは、部屋から出ていったようだ。
セドリック王に報告に行くのか、それともアランについていくのか。
まだアランもレオナルドに付き添い王城に滞在する予定だ。
王城にいる以上、みすみすとは命を落とすことはないだろうし、簡単にやられるアランでもない。
今レオナルドが考えることといえば。
(明日、セドリック王はどう出るか)
明日から数日に渡り、結んだ協定の詳細を詰めていくのだ。
そこである程度セドリック王の国に対する考えが読み解けるはずだ。
レオナルドがやることといえば、新王の出方を先読みし、幾通りも考えを巡らせて置くこと。
「さて、と」
レオナルドはベルを鳴らして使用人を呼び出す。そこまで待つことなく部屋を訪れた使用人に、レオナルドはにこやかな笑みを見せた。
「この国の貴族名鑑はあるかな。あれば読みたいのだが。ついでに前王の時に任についていた方は、それも分かると大変有難い」
「かしこまりました。ご用意致します」
初老に差し掛かろうとしている使用人のセバスチャンは、レオナルドの頼みに口を出すことなく丁寧に頭を下げて退出する。
そう間もなく再び部屋を訪れたセバスチャンは、何冊かの名鑑と何か書き付けた紙を持っていた。
「ご用意いたしました」
予め用意していたかのようなスピードに、レオナルドは苦笑する。
(読まれているな)
既に情報合戦は始まっているようだ。パッと目を通すと、レオナルドが欲しいと思っているものは、過不足なく準備されている。
頷くレオナルドに、セバスチャンは卒なくテーブルの上に持ってきた書物と――メモ用だろう――新しい紙の束と羽根ペンのセットをセッティングしていく。
言わずとも周到に用意されているものに、セバスチャンの能力が高いことが伺い知れる。
「貴方は前王の頃からセドリック王子に仕えていたのですか?」
「左様でございます」
無駄なものなどない言葉に、レオナルドはそれ以上何も聞き出せないと判断して礼を述べる。
「ありがとう。セドリック王にも礼を伝えておいてくれ」
「……かしこまりました」
セバスチャンは顔を上げ、目尻を下げると見本となるような丁寧にお辞儀をして部屋から退出していった。
一人になった部屋で手ずから茶を淹れると、レオナルドは書物に手を付けた。
何となくだが、どうにもセドリックの手の平の上で踊らされているように思える。
今のところアタナス帝国に不利なことはないが……。
レオナルドは気合いをいれ、明日からの会談に向けて知識を詰め込み始めたのだった。
「知らずに踊るのと、知ったうえで踊ってやるのは違うからな」
グチのように吐き出したレオナルドだったが、口元は楽しそうな笑みが浮かんでいた。
目線を右へ、そして左上を見て合図を送ったあと、試すような口調でアランが口を開いた。
目の奥には咎めるような視線が混ざっている。
「いくらセドリック王に促されたといえ、王子が行ったのは内政干渉です。これでアタナス帝国をよく思わないルトニア貴族も出てくるだろう。新たな火種になりかねないですよ」
「その点は大丈夫だ」
合図の意味を正しく理解したレオナルドも口調を改め、王子として答える。
「セドリック王は今日の会食にいたものをふるいにかけた。自分に従うのか、刃向かうのか、それとも傍観者でいるのか。刃向かうとどうなるかは、ファン=マリオン卿が身を持って示してくれた。一先ずは皆大人しくしているだろう」
「だが無理矢理抑圧すると、人間何するか分からないですよ」
「なに、セドリック王のことだ。その辺の采配は既に頭の中で出来ているさ。元来ファン=マリオン卿は先王に贔屓にされていた割に貴族たちの評判は良くないみたいだしね」
「確かに」
アランは先程の場を思い出して吹き出した。
貴族は政略結婚が当たり前。他の貴族と血縁関係ばかりだからか、多かれ少なかれ結束が強い。
彼の家柄を考えると何人かは新王ではなくファン=マリオン側に付いても可笑しくはない。
だが、あの場で警備兵に連れ出されるファン=マリオンに味方するものは皆無だった。
それどころか自分に火の粉が降りかからないように、大多数の貴族が彼の視線から逃れるように目を伏せたり明後日の方向を向いていたのだ。
目をそらさずにいたのは……。
「切れ者だな」
「セドリック王ですか?」
「彼もそうだが。私が言っているのは、新しい大教会のホレス司教と、ドゥシー伯爵だ。マリオン卿が退出する時に目を逸らさず見届けたのは、セドリック王と我々、そしてこの2人だけだ」
「そうでしたか」
末席のアランの位置からは全て見通せたわけではないようだ。何かを思い出すような素振りを見せたあと、アランは再び口を開いた。
「ホレス司教もドゥシー伯爵も前王の時は役職には付いていませんでしたね。……調べさせます」
「頼む。気をつけろよ」
この話は聞かれているんだからな、と意味合いを込めてレオナルドは語気を強める。
先程アランが送った合図の意味だ。今この部屋の外で2人の会話に聞き耳を立てているものがいる。
つい先日まで敵国だったのだ。すぐに心を許せるなどお互い考えてはいない。
数多の情報を集めて、相手を出し抜くために策略を巡らせる。
直接武器で攻撃をすることがなくなった分、これから求められるのはそういう戦い方だ。
情報を得るために公にはできない方法を取らざるを得ないこともある。
表向きは友好国同士になった分、後ろ暗い方法で背後から狙われる可能性だってある。
それでなくてもここはルトニア国なのだ。
レオナルドの気をつけろには、力が籠もっている。
アランは心得ていると、力強く頷いた。
「では」
一礼するとアランが部屋から退出する。と、同時に僅かに空気が動いた。
(去ったか……)
今2人の会話を盗み聞きしていたものは、部屋から出ていったようだ。
セドリック王に報告に行くのか、それともアランについていくのか。
まだアランもレオナルドに付き添い王城に滞在する予定だ。
王城にいる以上、みすみすとは命を落とすことはないだろうし、簡単にやられるアランでもない。
今レオナルドが考えることといえば。
(明日、セドリック王はどう出るか)
明日から数日に渡り、結んだ協定の詳細を詰めていくのだ。
そこである程度セドリック王の国に対する考えが読み解けるはずだ。
レオナルドがやることといえば、新王の出方を先読みし、幾通りも考えを巡らせて置くこと。
「さて、と」
レオナルドはベルを鳴らして使用人を呼び出す。そこまで待つことなく部屋を訪れた使用人に、レオナルドはにこやかな笑みを見せた。
「この国の貴族名鑑はあるかな。あれば読みたいのだが。ついでに前王の時に任についていた方は、それも分かると大変有難い」
「かしこまりました。ご用意致します」
初老に差し掛かろうとしている使用人のセバスチャンは、レオナルドの頼みに口を出すことなく丁寧に頭を下げて退出する。
そう間もなく再び部屋を訪れたセバスチャンは、何冊かの名鑑と何か書き付けた紙を持っていた。
「ご用意いたしました」
予め用意していたかのようなスピードに、レオナルドは苦笑する。
(読まれているな)
既に情報合戦は始まっているようだ。パッと目を通すと、レオナルドが欲しいと思っているものは、過不足なく準備されている。
頷くレオナルドに、セバスチャンは卒なくテーブルの上に持ってきた書物と――メモ用だろう――新しい紙の束と羽根ペンのセットをセッティングしていく。
言わずとも周到に用意されているものに、セバスチャンの能力が高いことが伺い知れる。
「貴方は前王の頃からセドリック王子に仕えていたのですか?」
「左様でございます」
無駄なものなどない言葉に、レオナルドはそれ以上何も聞き出せないと判断して礼を述べる。
「ありがとう。セドリック王にも礼を伝えておいてくれ」
「……かしこまりました」
セバスチャンは顔を上げ、目尻を下げると見本となるような丁寧にお辞儀をして部屋から退出していった。
一人になった部屋で手ずから茶を淹れると、レオナルドは書物に手を付けた。
何となくだが、どうにもセドリックの手の平の上で踊らされているように思える。
今のところアタナス帝国に不利なことはないが……。
レオナルドは気合いをいれ、明日からの会談に向けて知識を詰め込み始めたのだった。
「知らずに踊るのと、知ったうえで踊ってやるのは違うからな」
グチのように吐き出したレオナルドだったが、口元は楽しそうな笑みが浮かんでいた。
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