小国の聖女エレナ

雪本 風香

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一枚上手①

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「……おいっ」
自分でも予想していないくらい低い声が出る。
静かに怒っているレオナルドにセドリックは煽るようにニヤリと笑う。
「アイツは教会を裏切った。トップをすげ替えるといってもよく思わない人間も多いだろう」
「裏切らせたのは誰だ?」
「別に強制したわけではない。他の道もある、と示しただけだ。孤児で身よりもいないかし、持っている能力力は申し分ない。まぁ、使いやすい手駒だった」

――バンッ!!

「ちょっ、レオっ!」
怒りが頂点に達したレオナルドが机を叩き立ち上がる。
流石にまずいとアレンが宥める一方で、セドリックは不敵な笑みを崩さない。
「エレナは良くも悪くも人気が高い。だが、俺が作る国にはアレの存在は目障りだ。欲しいのならやるぞ」

レオナルドが剣を抜くのとアランの声が飛んできたのは、ほぼ同時だった。
「落ち着けって、レオ!」
咄嗟に出ているアランの呼び名が裏目に出る。レオナルド王子からレオ傭兵にスイッチが切り替わる。
考えるより先に体が動く。
レオナルドはセドリックの喉仏を見据えて剣を振るった。

――キンッ!

高い金属音がして、剣が止められる。
そしてそのまま反動をつけ押し返される。

「アタナスの王子といえども王に手出しをするなら容赦しない」
「レオっ!納めろ!!」
セドリックの護衛とアランの怒鳴り声が響き渡る。
その声で冷静さを取り戻したレオナルドは剣を納め、セドリックに無礼を詫びた。
「セドリック王、申し訳ございませんでした」
下手すれば国交問題になりかねない事柄だったが、セドリックはあっさりと受け流した。
「良い。若い証拠だ」
レオナルドはグッと拳を握る。自分は適任ではないと、侮られていることがはっきりと伝わる。
だが、先程の振る舞いはレオナルドの落ち度だ。耐えるしかない。

直立し頭を下げ続けるレオナルドに、セドリックは話は終わったとばかりに立ち上がった。
「条約の件はできるだけ早めに返答を求める。……国をまとめないといけないのでこれで失礼させてもらおう」
一旦言葉を切ると、エレナは、と口を開いた。
「エレナは貴殿がいらないなら他の者に渡そう。もっとも今となっては使い道があるかはわからぬ【聖女】だがな」
その一言でエレナのことを駒以上に見ていないことを改めて突きつけてくる。

腹は立っていた。どんどん怒りが蓄積していく。
「いるか?いらぬか?」
セドリックの問い方すらイラつきが募る。だからと言って口には出せない。
顔を上げたレオナルドは己の感情をすべて目に込めた。

「エレナが――いえ、【聖女様】が望むのであれば、ぜひ私について来てくださいと言付けを。アタナス帝国第二王子レオナルドが責任を持って御身をお預かりします、と」
「わかった。エレナの返答は条約締結前までに貴殿に伝えよう」
セドリックはそれだけ言い残すと、優雅な足取りで部屋を退出していった。





「エレナ」

レオナルドとの面会が終わったセドリックが向かったのはエレナの元だった。
気を失っていたエレナは一刻前に目を覚まし、既に病院の業務に戻っていた。
「セドリック王、おめでとうございます」
エレナは立ち上がり新しい国王に頭を下げた。
寝ている間に起きていた出来事は周りの人間から聞かされている。
尊大に頷いたセドリックは人払いをする。
診察室にいたユークをはじめ、セドリックの護衛も席を外すのを確認すると、セドリックは空いている背もたれ付きの椅子にドカッと腰掛けた。

「王は身罷られたとお聞きしました」
「そうだ。長らく不調だったがようやく、な」
不敵に笑うセドリックとは反対にエレナの顔が曇る。
「医者によると、前王の内蔵は最後はほとんど機能していなかったらしい。兄に至っては突然、血を吐いて意識を失い、そのまま取り戻すことはなかった」
泣き出しそうに唇を噛みしめるエレナの様子を見てセドリックは内心でほくそ笑んだ。
(うまい具合に勘違いしているな)

前王も王太子も殺めたのはセドリックだ。だが、エレナが裏切らないように手も汚させたのだ。

聖女の力の悪用。

彼女の力は、聖女としては異端だ。力の強さもそうだが、それ以上に細胞に直接作用できる。
過去の記録を遡ってもそんな聖女はいない。
このことは、王族の中でも直系である前王と兄、セドリックと教会のトップしか知らない。エレナ本人すら、その能力は力の強さの違いはあれど他の聖女と同じであると思っているのだ。

その強さに恐れをなした前王は、エレナを遠い地――マルーン――に追いやった。
だが、前王は一つだけやらかしていたのだ。遠ざけるほどエレナに怯えていたのに、彼女の顔を知らなかったのだ。兄も然り。
エレナの顔を知っていたのは、セドリックだけ。だから彼女に赴任命令が出た時に、他の聖女の名を語って前王と兄の治療をさせたのだ。
エレナが赴任する前にうまいこと怪我をしてくれたのは僥倖だった。――それもセドリックが仕込んだのだが。

エレナの力で細胞を壊し、ゆっくり時間をかけて臓物からズタズタにする。元々高齢だった父王は、半年もたたずに寝たきりになったし、兄も一年足らずで戦場に出る体力はなくなっていた。
誤算だったのは、父も兄も意外と図太かったことだ。
計算では一年で亡くなるはずだったのに、生命力だけは有り余っていた二人は実権を渡すことなく弱った体を起こし、ベッドの上から命を下していったのだ。
それでもセドリックが裏で手を回しうまいことやっていたのだが、とうとう父王から最悪というべき命が出たのだ。

な気がした。
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