19 / 69
一枚上手①
しおりを挟む「……おいっ」
自分でも予想していないくらい低い声が出る。
静かに怒っているレオナルドにセドリックは煽るようにニヤリと笑う。
「アイツは教会を裏切った。トップをすげ替えるといってもよく思わない人間も多いだろう」
「裏切らせたのは誰だ?」
「別に強制したわけではない。他の道もある、と示しただけだ。孤児で身よりもいないかし、持っている能力申し分ない。まぁ、使いやすい手駒だった」
――バンッ!!
「ちょっ、レオっ!」
怒りが頂点に達したレオナルドが机を叩き立ち上がる。
流石にまずいとアレンが宥める一方で、セドリックは不敵な笑みを崩さない。
「エレナは良くも悪くも人気が高い。だが、俺が作る国にはアレの存在は目障りだ。欲しいのならやるぞ」
レオナルドが剣を抜くのとアランの声が飛んできたのは、ほぼ同時だった。
「落ち着けって、レオ!」
咄嗟に出ているアランの呼び名が裏目に出る。レオナルドからレオにスイッチが切り替わる。
考えるより先に体が動く。
レオナルドはセドリックの喉仏を見据えて剣を振るった。
――キンッ!
高い金属音がして、剣が止められる。
そしてそのまま反動をつけ押し返される。
「アタナスの王子といえども王に手出しをするなら容赦しない」
「レオっ!納めろ!!」
セドリックの護衛とアランの怒鳴り声が響き渡る。
その声で冷静さを取り戻したレオナルドは剣を納め、セドリックに無礼を詫びた。
「セドリック王、申し訳ございませんでした」
下手すれば国交問題になりかねない事柄だったが、セドリックはあっさりと受け流した。
「良い。若い証拠だ」
レオナルドはグッと拳を握る。自分は適任ではないと、侮られていることがはっきりと伝わる。
だが、先程の振る舞いはレオナルドの落ち度だ。耐えるしかない。
直立し頭を下げ続けるレオナルドに、セドリックは話は終わったとばかりに立ち上がった。
「条約の件はできるだけ早めに返答を求める。……国をまとめないといけないのでこれで失礼させてもらおう」
一旦言葉を切ると、エレナは、と口を開いた。
「エレナは貴殿がいらないなら他の者に渡そう。もっとも今となっては使い道があるかはわからぬ【聖女】だがな」
その一言でエレナのことを駒以上に見ていないことを改めて突きつけてくる。
腹は立っていた。どんどん怒りが蓄積していく。
「いるか?いらぬか?」
セドリックの問い方すらイラつきが募る。だからと言って口には出せない。
顔を上げたレオナルドは己の感情をすべて目に込めた。
「エレナが――いえ、【聖女様】が望むのであれば、ぜひ私について来てくださいと言付けを。アタナス帝国第二王子レオナルドが責任を持って御身をお預かりします、と」
「わかった。エレナの返答は条約締結前までに貴殿に伝えよう」
セドリックはそれだけ言い残すと、優雅な足取りで部屋を退出していった。
※
「エレナ」
レオナルドとの面会が終わったセドリックが向かったのはエレナの元だった。
気を失っていたエレナは一刻前に目を覚まし、既に病院の業務に戻っていた。
「セドリック王、おめでとうございます」
エレナは立ち上がり新しい国王に頭を下げた。
寝ている間に起きていた出来事は周りの人間から聞かされている。
尊大に頷いたセドリックは人払いをする。
診察室にいたユークをはじめ、セドリックの護衛も席を外すのを確認すると、セドリックは空いている背もたれ付きの椅子にドカッと腰掛けた。
「王は身罷られたとお聞きしました」
「そうだ。長らく不調だったがようやく、な」
不敵に笑うセドリックとは反対にエレナの顔が曇る。
「医者によると、前王の内蔵は最後はほとんど機能していなかったらしい。兄に至っては突然、血を吐いて意識を失い、そのまま取り戻すことはなかった」
泣き出しそうに唇を噛みしめるエレナの様子を見てセドリックは内心でほくそ笑んだ。
(うまい具合に勘違いしているな)
前王も王太子も殺めたのはセドリックだ。だが、エレナが裏切らないように手も汚させたのだ。
聖女の力の悪用。
彼女の力は、聖女としては異端だ。力の強さもそうだが、それ以上に細胞に直接作用できる。
過去の記録を遡ってもそんな聖女はいない。
このことは、王族の中でも直系である前王と兄、セドリックと教会のトップしか知らない。エレナ本人すら、その能力は力の強さの違いはあれど他の聖女と同じであると思っているのだ。
その強さに恐れをなした前王は、エレナを遠い地――マルーン――に追いやった。
だが、前王は一つだけやらかしていたのだ。遠ざけるほどエレナに怯えていたのに、彼女の顔を知らなかったのだ。兄も然り。
エレナの顔を知っていたのは、セドリックだけ。だから彼女に赴任命令が出た時に、他の聖女の名を語って前王と兄の治療をさせたのだ。
エレナが赴任する前にうまいこと怪我をしてくれたのは僥倖だった。――それもセドリックが仕込んだのだが。
エレナの力で細胞を壊し、ゆっくり時間をかけて臓物からズタズタにする。元々高齢だった父王は、半年もたたずに寝たきりになったし、兄も一年足らずで戦場に出る体力はなくなっていた。
誤算だったのは、父も兄も意外と図太かったことだ。
計算では一年で亡くなるはずだったのに、生命力だけは有り余っていた二人は実権を渡すことなく弱った体を起こし、ベッドの上から命を下していったのだ。
それでもセドリックが裏で手を回しうまいことやっていたのだが、とうとう父王から最悪というべき命が出たのだ。
な気がした。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる