小国の聖女エレナ

雪本 風香

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回避

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夜中に就寝したからか、夜が明けるまではあっという間だった。
エレナは側防塔そくぼうとうに上がり、太陽がのぼり始めた東の空を目を細めて見つめた。
遠くの方に【彼】が見えないか、と。

残念ながら【彼】の姿は見えなかったが、右目の端に黒い山のようなものが見える。
遠目だから定かではないが、きっとアタナス帝国の大軍だろう。
こんな朝早くから南にある城門を目指して来ているのだろう。
一朝一夕には集められないくらいの数。

レオナルドが昨夜言っていた通り、徹底的に攻め込むようだ。
だが、戦闘に関してエレナに出来ることは何一つ無い。
病院を守り、傷ついて運ばれてくる兵士を癒やす。それが自分の役目。
今日命を落とすことになろうとも、昨日と同じく与えられた任務をひたすらこなすのみ。
塔上にいる見張りの兵士に声をかけ、階段を二、三段下りた時だ。
ふと、階段脇に立っていた兵士と目があったのだ。
久しぶりに城壁の上に来たがいつの間にか見張りの兵士も顔見知りはいなくなり、見たこともない者になっていた。
きっと彼も、一月前に投入された新人の兵士だろう。
まだ顔にあどけなさが残っている。ふと、彼に弟の面影を見出して年を訊ねたのはほんの気まぐれだ。
「おいくつですか?」
「はっ!自分は16になります!」
返事だけは威勢よく返ってくる。
「16……ですか」
生きていたら弟と同じ年だった。
「ご家族は?こんな前線に派遣されて心配されてはいないですか?」
エレナの問いに先程の勢いはなく、兵士はポツリとつぶやいた。
「……皆、死にました」
「そうですか。……私と同じですね」
その若い兵士は頷いた。エレナが孤児なのは知れ渡っているからか、突然の不躾な質問にも怒ることはなかった。
エレナは再び階段を上がると兵士に向き合った。
「どうかご無事で。あなたに、太陽神サールニウス様のご加護がありますように」 
エレナは祈りを捧げる。
まともに訓練もされず、身内がいないため前線に来るしかなかったその者に少しでも幸があらんことを。
「はっ!聖女様もご無事で」
一瞬はにかみを見せた彼は、次の瞬間には顔を引き締めて兵士の顔に戻る。
会釈をして、今度こそエレナも階段を降りる。

早く準備をしないと。
今日は、長い長い一日になるのだから。



エレナの元にその知らせが届いたのは、アタナス兵が攻め込んだという情報と同時だった。

「停戦……ですか?」
既に何人か負傷した兵士が運ばれていたが、幸いにも軽傷で済んでいる。
――尤もエレナの指す軽傷は、通常の医師の診察では重傷に分類されるのだが――聖女の力で治療をし終えたエレナは、ユークと共に知らせを受け取った。
「そうです。今、アタナス帝国の陣営で停戦の話し合いが行われているそうです」
報告に来たのは今朝加護を授けた兵士だった。いまいち状況がわかっていないエレナはユークと顔を見合わす。
「停戦の交渉はどなたがされているんじゃろか?」
ユークの疑問はエレナも感じていたことだ。ここには停戦交渉ができる地位の指揮官はいないし、ルトニア国からも遣いの者は来ていない。
誰もそのような命は受けていないはずだ。
「それが……」
彼もまだ腑に落ちていない様子で一人の名前を挙げる。
「セドリック王子が」
その人物の名前が出た瞬間、エレナはグラグラと立ち眩みのような目眩を感じてそこにしゃがみ込んでしまった。

ユークと兵士の心配する声が遠くに聞こえるが、エレナには返事をする余裕がなかった。

(間に合った……)

今停戦交渉をしているセドリック・フィリベール・ルトニア――ルトニア国の第二王子――こそ、エレナに指示を出していた者。
そしてエレナが来るのを待ち望んでいた人物だったのだ。

(これでもう血を見なくて済む)
そう思った瞬間、エレナはその場で意識を失った。
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