小国の聖女エレナ

雪本 風香

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レオの体質②

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「あら……?」

レオナルドのことを考えていたエレナは、ある違和感に気づいた。
(レオはかなり前に退院したんじゃなかったかしら……?)
疑問は、疑念となってエレナの足を早めた。
病院に着くなり診察室に向かって彼の治療記録を探したエレナは、やっぱりと呟いた。

「ユーク先生、この患者のこと、覚えていますか?」
サラサラと書類をしたためている同僚の老医師に問いかける。
エレナからカルテを見せられたユークはほうほう、と頷くと「覚えておるよ」と答えた。
「彼、退院の際は杖なしで……自分の足で歩いていましたか?」
エレナは重症患者をメインに扱っているから、レオの治療には初回しか関わっていない。
だから経過は把握していなかったけれど、もし、このカルテの通りならあまりにも……。
ユークはその一言でエレナの言わんとしていることを察する。
「そうじゃ。ついでに他のところも完治しておったよ。内臓の損傷も含めて」
「……そうですか」

エレナは顎に手を当てて考える。
レオという傭兵の最後の治療記録は、三ヶ月ほど前。そしてここに滞在していたのは、たった一ヶ月。
内臓がもげ、アバラも足も折れていたのだ。いくらエレナが治療を施したとしても、すべて完璧に治したわけではない。
聖女の力はエレナの体力と精神力に依る。重症者皆を全快まで治療していたら次々運ばれる兵士たちを治しきれないし、治療を受ける側の細胞にも良くも悪くも影響を及ぼす。
だからエレナは命を失わない最低限の治療しか施していない。
レオは重症だった。ここに生きて運ばれて来たのが奇跡と思えるほどの大怪我だった。
エレナの予測では、ベッドから起き上がれるようになるのに一ヶ月。完治までは三ヶ月はかかるはずだ。
だが、記録を見ると、レオは一ヶ月で完治していたのだ。
ユークに問いただしたのは、記載ミスだと思ったからだ。

(ユーク様がそんなミスをするはずないのに)

だとすれば……。

「聖女の力が強く作用している……?」
「一度、調べてみる価値がありそうだのう。再び彼と会うことがあるなら、だが」
エレナと同じことをユークも思い浮かんでいたらしい。
彼の言葉にエレナは頷いた。

聖女の力が人体にどのような影響を及ぼすのか全ては解明されていない。
ただ、聖女の力は細胞に直接作用している。

純粋に聖女の力の影響なのか。
それとも聖女の力を受けて細胞が活性化したことによるものなのか。
はたまたレオナルドの持って生まれた体質なのか。
過去にもレオナルドのように治療効果が出やすい人間の記録はあるが、それは精々骨折程度。
彼のようにひどい内臓損傷を受けたものの記録はない。
エレナのように力の強い聖女が戦いの前線に派遣された例はないからだ。
仮にレオナルドの体を調べることが出来たなら。
聖女の力がどのように細胞に作用しているかの分析は一気に進むだろう。

しかし、問題が一つ。
「会えるでしょうか?」
再び彼とまみえることはできるのか。
明日、ここに攻め込むと宣言している敵国の王子と。お互い生きて会う日など来るのか。
「そうじゃな……」
ユークは手を止めてしばし思案すると、きっぱりと断言する。
「会えるでしょうな、必ず。彼と貴方は不思議な縁で結ばれているようじゃ」
戦場に長く身をおいているユークは不幸な事例を沢山見てきている。
どんな事柄でも、万が一がある。そう言って苦しそうに笑うのがこの老医師の常だった。
そんな彼が言い切る物言いをするなんて今まで聞いたことがない。
驚いているエレナにユークは苦笑する。
「たまには儂も確信めいたことを言わんとな。まぁ、老いぼれの勘ですので笑って聞き流してくだされ」
いつも通りのユークの茶化した口調にエレナの顔がほころぶ。
「さて、そろそろ休むとしようか。明日も忙しい日になるじゃろうし」
一つ伸びをしてすっくと立ち上がったユークに続き、エレナも診察室を後にしたのだった。
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