小国の聖女エレナ

雪本 風香

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嵐の前の静けさ②

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昨夜、急にレオナルドが腹心の部下を集めたのだ。
グウェンと二人でもう一度マルーンに潜入すると言って。
馬鹿なことを言うな、と静止するグウェン部下たちに、レオナルドはこう言い放ったのだ。

――妻に娶りたい女性ひとがいる。――
と。

ここにいるのは、王子としてレオナルドではなく、彼自身に忠誠を誓った腹心の部下しかいない。
レオナルドの言葉を聞いた部下たちは湧き上がったのだ。
グウェンを除いて。

何故なら次の王座を狙うには、レオナルドの婚姻は絶対条件だからだ。
次期国王に第二王子を、というのはレオナルドに心酔して戦場までついてきている部下たちの総意と言っていい。
レオナルドにその気がないのは重々承知をしている。それでもここにいる者は全員、第一王子よりも第二王子レオナルドの方が次期アタナス帝国を率いるに相応しいと思っているのだ。
そして、次期国王の座を狙うためには結婚し後継ぎを作っておく必要がある。
今まで言い寄ってくる令嬢たちが沢山いたのにも関わらず、レオナルドは軽くあしらってきたのだ。

――第一王子の方が後継ぎに相応しい、俺は一線で父や兄の手足となって働くまで。だから部下は得ても嫁はいらぬ――と言って。

そのレオナルドから出た結婚宣言。
相手はルトニア国の、それも1、2を争うほどの力の持ち主と名高い聖女エレナ。
彼女だったら、次期国王の妻として申し分ない。

だが、グウェンは内心首を捻っていた。
(そう一筋縄でいくエレナじゃなさそうですけどね)

歓喜の声を上げる仲間たちの前では口に出しては言わなかったが、グウェンはレオナルドの命で直近までエレナを見張っていたのだ。
確かに彼女は「聖女」だ。不思議な力を使えるし、献身的に奉仕をしている。
日々戦況が悪くなるマルーンから逃げ出さず、笑顔を絶やさず、少ない物資を人々に分け与え、自分は清貧であろうとする。
それがマルーンに残った人々にとってどれだけ救われているか。

マルーンに潜入していたグウェンは理解していた。そして、完璧に「聖女」であろうとするエレナの真意を計りかねてもいた。
時折エレナ宛に届く「S・F」という人物からの手紙。
確証は持てていない。だが、レオナルドとグウェンは相手が誰なのか予想をつけていた。
一週間前にエレナがS・Fに出した手紙。
レオナルドたちの推測が正しければ、明後日には手紙を受け取ったS・Fが援軍を引き連れてやってくるだろう。
マルーンを陥落とすには、明日が最後のチャンスだ。
だからレオナルドたちは危険を承知の上で再びマルーンに忍び込んだのだ。




ふと空気が動く気配がする。

(引っかかったな)

「行くか、グウェンダル」
グウェンのことを正式名で呼んでくるレオナルド。彼も気づいたようだ、2人を見張っている人物に。
幸いにも攻撃してくるつもりはないようだ。
だが、こちらが存在に気づいていることは悟られてはいけない。
さりげなくレオナルドを護衛しながら、グウェンは軽口を叩く。
「いやー、危険を犯して侵入して。ここまでお膳立てしたのに、キッパリ断られているやないですか」
言葉の中に本音を少々トッピングしたグウェンにレオナルドはドスの効いた声で返す。
「……うるさい」
クククッと笑いながらもグウェンは辺りの警戒し続ける。
小さい頃からのお目付け役のグウェンは、レオナルドに遠慮がないが器用で卒がない。
つまりかなり有能な、レオナルドの右腕なのだ。
「あの言い方だったら、彼女自身じゃなくて彼女の能力しか興味ないように聞こえますって。女の口説き方、教えましょうか?」

この余計なお節介がなければもっと重宝できるのだが。
本人曰く、王子として常に気を張っているレオナルドをリラックスさせるためにわざとやっているらしいが、今は逆効果にしかなっていない。
「……いい」
どっと疲れが押し寄せる。レオナルドはあからさまなため息をつくと、グウェンをシッシとあしらう。
「へいへい」
軽い調子で答えながらグウェンはレオナルドに急ぐように促す。
レオナルドは黙って頷くと足を早めた。

名残惜しい気持ちを残して。
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