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命運はつきてない
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馬から落ちる。やけにスローモーションなのに、どこも動かせない。
ドンッ。ポキッ。
鈍い音と甲高い音。そして左脇腹の熱さ。
(俺もここまでの器か……)
そこでレオナルドの意識は途切れた。
※
レオナルドが運び込まれた時、病院は戦場だった。
「重症者はこっちに並べて!腕とか足がとりあえず体についていたらくっつけれるから、もげないようにね!!」
エレナの命で何人かの男手がバタバタと駆け回る。
連日のアタナス帝国の猛攻で、ベッドも満床だ。
仕方なく廊下にシーツを敷いて、片っ端から並べる。
「この人は骨折だけ!こっちは出血が多いけど内蔵までいっていないから、とりあえず止血を!ユーク様、お願いします!!」
エレナは手をかざして患者の容態を調べていく。同じ前線に派遣されている奇特な老医師でも対応できるのは彼に依頼をして、エレナじゃないと駄目な患者を選別していく。
「この人は私が対応します!」
レオナルドに手をかざしたエレナはそのまま力を込める。
アバラが3本、右足がポッキリ折れているが、一番重症なのは左脇腹の傷だ。
剣で削ぎ落とされたそこは、内臓がむき出しになっている。
その場で死んでもおかしくない傷。
だけど、かろうじて息がある。
エレナは損傷がひどい脇腹に手を当てる。
(この人は大丈夫だ)
こんなにひどい傷だけど、今にも絶えそうな虫の息だけど。
細胞一つ一つが「生きたい」と願っている。
エレナの聖女の力を受け、彼を作っている要素全てが、全力で肉体の修復をしていく。
余すことなくエレナの力を糧にしようとする貪欲な細胞達にエネルギーが行き渡るように、エレナも力を込める。
「……こ、こは」
蚊の泣くような声がしたのは、エレナが治療を開始してそう間もない頃だ。
「しゃべらない。今治療中です」
「ち、りょ……」
「黙って!ここはルトニア国のマルーンです。あなたは大怪我をして運び込まれました。今、私が治療中です」
「……マルーン。なら、貴女が聖女エレナか……。なら、安心……だ」
レオナルドはホッとする。
敵味方問わず、聖女エレナの名を知らぬ者はいない。
命運尽きたと思ったが、救いの女神はいたようだ。
フッと気が抜けたのか、レオナルドは急速な眠気に襲われた。
「眠りなさい。それが一番の治療です」
エレナの声に安心したのか、ガクッと気絶するようにレオナルドの意識は遠のいた。
エレナが様子を見に行ったとき、ちょうどレオナルドが目を覚ました。
「……痛い、んだが」
開口一番にその言葉が出てくるレオナルドに、エレナは安心する。
「良かった、神経も繋がっているみたいですね。神経が駄目なら痛みも感じませんから」
エレナが差し出した水差しを口に咥え、ゴクゴクと全て飲み干す。
吐く様子はない。
うん、胃も正常に働いている。
エレナはホッとして、レオナルドに訊ねる。
「何か食べられそうですか」
ぐぅ~っとなるレオナルドの腹の音。
少しだけ目の下を赤くしたレオナルドに、エレナは吹き出した。
「わかりました。今誰かに持ってきてもらいますね」
ほとんど具の入っていないスープを飲み干して、男は再び眠りについた、と手伝いの女性から報告を受けたエレナの頭からレオナルドのことは抜け落ちた。
ここには他にもエレナを待っている者が大勢いるる。
生命力が強いレオナルドだ。もうエレナの手を借りなくても自然と快癒に向かうだろう。
エレナは他の重症患者の元へ足早に向かう。
もう二度と会うことがないように。
エレナはそっと心の中で祈る。
再会は、彼がエレナではないと治療できないほどの怪我を負った時だから。
数多の兵士に同じ祈りを捧げて。
3割は再び治療をした。半数は、物言わぬ死体になって帰ってきた。
彼は残りの2割に入れるだろうか。
フッとエレナは口に笑みを浮かべた。
(彼とは二度と合わない気がするわ)
瀕死の状態でも体全体で「生きたい」と叫んでいる。
あんな稀有な人間は早々死なないだろう。
ふと見ると、きれいな満月がエレナを照らしている。
どうか自分の勘が当たリますように。
聖女だけど神を信じていないエレナは、そっと月に願いを込めたのだった。
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