小国の聖女エレナ

雪本 風香

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聖女エレナと傭兵レオ

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エレナは小国ルトニアの聖女だ。
力の強さは上の上。
どの程度の力かというと、とりあえず手足が完全に千切れていなければ、1日もあれば元通りに修復が可能なくらいの能力だ。
寿命や進行性の病気でなければ、病すら彼女が手をかざせばパパっと治せる。
本来なら王都で、王族を始め限られた上流貴族を治すくらいの地位の持ち主。
そんな彼女が今いるのは。

――戦場に近い町マルーンだった。

聖女の力があるといっても、その能力を発揮する場は法律によって限られていた。
貴族や商人の娘など、いわゆる「良いところのお嬢様」は、危険が少ない王都で。
そしてエレナのような身寄りがない戦争孤児の聖女は、いつ死ぬかわからない前線へ。

普通なら逃げ出したくなるような場所だ。
戦場行きが決まっても、実際に赴く者はほとんどいない。
貴重な聖女だ。下の下の能力だとしても、僻地の村に行けば戦場よりも危なくないし、多少なりとも役に立つ。
王命が下されても、聖女のバッグにいる大教会に「僻地の村に派遣することが先に決まっていた」一言添えて貰えればいいだけだ。
国とて、聖女を管理している大教会には口出しできない。
エレナも王命を拒否することもできた。
実際、大教会側は高い能力のエレナを何かと理由をつけて手放すつもりはなかったらしい。

だけどエレナはこの時を待っていたのだ。
マルーンに行くように命が下るのを。

エレナの派遣に異を唱えようとする司教たちに彼女は言ったのだ。

「高い能力を授かっている私が前線にいかなければ誰も適任者はいないでしょう」と。
国と大教会のイザコザに巻き込むなと本音をぶつけても良かったのだが、さすがに大人げないから黙っていた。
更に食い下がる協会の幹部に、エレナは言ったのだ。
「前線の騎士たちが私をと望んでいるのです。断れば戦争が終わったあと、聖女一人すら派遣しなかったと大教会が糾弾されてしまいますよ」

その一言で大教会は折れた。
能力が高いだけで後ろ盾も何も無いエレナだ。他の聖女を派遣するよりも弊害は少ないと判断が下されたのだろう。

許可が出てすぐ、エレナはあるところに向かった。
名目は持っていけるだけの物資を集めるため。
本当は。

「無事マルーン行きが決まりました。あなたの思惑通りに」
裏通りの安宿。女一人で来るにはふさわしくない場所でエレナはカウンターに腰掛け、フードを目深に被った人物に報告をしていた。
座っていてもエレナより一回り大きいと分かるその男は彼女の報告に何も答えなかった。だが、エレナは彼が笑っているのだと知っていた。

彼はエレナが報告するまでも無く知っているのだ。
何故なら彼が言い出しっぺなのだから。

「私たちは駒です。だけど上手に動かしてくださいね。我々があなたに託しているのは「命」であるのですから」
それだけ言い残し、エレナは席を立つ。エレナの後ろから男の声が追いかけてきた。
「……わかっているさ」



翌朝、エレナは新たに投入された兵士たちと戦地に赴いた。
祈るために作られた動きにくい聖堂服を脱ぎ捨て戦地でも目立つように白い衛生服に身を包んだ彼女は、運ばれてくる怪我人達をその力を持って癒やし続けていた。

エレナが派遣されてもうすぐ一年が経とうとしていた。
戦況はかなり悪くなっている。投入できる戦力も、ほとんど失っていた。このままではルトニアは負けるだろう。

「さて、彼はそろそろ動くかしら?」

辺境の町でエレナが呟いた言葉は、誰にも聞かれていないはずだった。





レオ――レオナルドはアタナス帝国の第二王子だ。
母は元々使用人だったため、他の兄弟姉妹に比べて地位が低い王子だが、トレードマークの長い銀髪をなびかせ、女性ならイチコロになる美貌を持ち、左右で色が違う瞳が印象的な人物だ。
更に、腕っぷしが強いとあっては民衆はほっとかない。
国民からの人気も高く、兄である第一王子よりも次期帝王に推すものも多くいるのだ。
当の本人は帝王になることなどあまり考えてはおらず、軍を率い、戦果を上げることに生きがいを感じていた。

そんな彼は、今敵国のルトニア国に侵入している。
傭兵として。
戦と聞けば駆けつけ、金さえ貰えればどこにでも行くあの傭兵。
侵入したときに疑われないように自慢の銀髪を切って、左目に眼帯をした。
たったそれだけですんなり雇ってくれるルトニア国の危機管理の無さに助けられる一方、敵ながら心配になったのはつい1月前。

今はルトニア国の一員として、前線で大活躍だ。
敵といえど自国の兵たちだ。だから殺さない程度にバッサバッサと追い払う。
兵たちが軽い怪我を負うのは仕方ない。
傭兵として活躍しなければ敵国の情報を得られないから。
今日も多くの敵を退けた。というより勝手に逃げていった。
自国の第二王子が敵国に侵入しているというのは、公然の秘密だから。
片目を隠しているとはいえ、まともに戦っていたら勝てないし、そもそも自国の王子を傷つける勇気のある者はいない。

レオナルドは、今日も悠々と戦果をもって帰営する。
はずだった。
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