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逃げ道はない4(エロなし)
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(どうするかな)
晴人は、珍しく迷っていた。
3月になるのはあっという間だった。
一足先に2人で住む部屋に引っ越してきた晴人は、リビングで1人考え込んでいた。
加奈子は退職するための引き継ぎと最後の仕事の仕上げで忙しくしている。
家を決めてから会えたのは年末年始を除くと1回だけだった。
その貴重な日すらも抱き合ったあと、晴人を起こさないようにベッドを抜け出し、持ち帰りの仕事をしていた。
もうすぐ一緒に暮らせると分かっていても焦りが先立ち、求めずにはいられない。
「退職後は兄の会社と業務委託として働く
予定なの。人遣い荒いからもう頼まれている仕事がパンパンで、しばらく忙しくなりそう」
実際、手を付けるのは辞めてからだけどね。そう言いながらも引き継ぎと、仕事を出来る喜びで楽しそうにしている加奈子。
もっと自分との時間を取ってほしいとは、口が裂けても言えなかった。
原因は分かっている。
(いつまで俺に縛られてくれるかな)
彼女の隙につけ入り、逃げ道を塞いでいることは自覚している。そこまでしてでも手に入れたかった。
加奈子自身も気づいていて流されてくれている。
隙を見せているということ自体が、彼女の好意ということは分かっている。だけど、いずれ晴人の腕を振り解くかもしれない。
そのことが、堪らなく不安だった。
(プロポーズしたところで、縛られてくれなさそうだしな)
晴人は、リビングに響き渡るような深いため息をつくのだった。
晴人の決意を固めたのは、木下だった。
「大丈夫だよ。断られないって」
ニヤリと笑う木下は何故か自信げだ。詳しく聞くと、父親の再婚相手が加奈子と同じようなタイプだそうだ。
「そういうタイプは隙を見せる相手が限られているからな。そこまで見せられているなら問題ない」
それに、と木下は続けた。
「俺は岩田くんの挑戦する姿勢を買っているんだ。プライベートでも挑んでくれよ」
その言葉で晴人は決意を固めた。
「え、俺も?」
木下のところから帰ってきて部長の佐藤に報告をする。そして、木下からの伝言も伝える。
『再婚相手の連れ子だから義理の妹になるんだが、今度俺の会社で働くことになったから会わせたい。佐藤の送別も兼ねてな』
佐藤は4月から千葉に異動が決まっていた。その佐藤の送別も兼ねての集まりだというのだが、彼にしては珍しく渋い顔をしていた。
イヤイヤながらもため息を一つつき、断れないもんなと呟く。
「仕方ない、腹くくるか。…岩田、当日何が起きても怒るなよ」
「…はぁ」
晴人はよくわからないまま返事をした。
『ごめん、兄に呼ばれてるから何時までかかるか』
「俺も何時に終わるかわからないから。もう加奈子の家でもあるから、俺が居なくても先に帰ってて」
引き継ぎで連日遅くまで仕事をしている加奈子との電話も久しぶりだ。
少し声が疲れている加奈子を気遣い、簡潔に伝える。
木下に呼ばれた日はたまたま加奈子も上京するとのことだった。お互いに夜に予定があるため、終わり次第家に帰ることにする。
じゃあ明後日、と電話を切ろうとする加奈子に呼びかける。
「加奈子」
『ん…なに?』
「早く会いたい」
決意を秘めた晴人の声は、いつも以上に情熱的に聞こえた。
電話口で息を呑む加奈子の声が聞こえた。
しばしの沈黙の後、加奈子は呟く。
『…私も会いたい』
晴人が聞き返す前にプツッと電話が切れる。
珍しい加奈子の本音を聞けた晴人はニヤける自分を抑えることが出来なかった。
木下の話は勉強になる。特に今日は酒が入っているからか、個室ということもあるのか、いつもより饒舌だ。
父親が有名な建築家だったため、常に付きまとう親の名前に反発し家を出たこと。自分には父親のような才能がなかったと気付いた時の絶望。
「幸いにも商才はあったようで。今は、才能がある奴を伸ばすことが仕事のやり甲斐かな」
そういう木下の事務所は、大きくないが業界では注目のデザイン事務所で知れ渡っている。
「かっこいいですね。…私も閃きの才能はないのでとても参考になります」
「そうだな。岩田くんは発想といったものは無いかもしれないが、処理能力や管理能力に関してはかなりレベルが高い。…どうだ、俺の下で働かないか?」
「木下さん、最初にダメって言ってますよ」
佐藤の静止に木下は豪快に笑い飛ばす。と、その時彼の携帯がなる。
「もうすぐ妹が来るそうだ」
ニヤリと笑う木下とは反対に佐藤は顔をしかめる。
仲居に案内されてきた木下の妹は部屋に入り晴人の顔を見るなり固まった。晴人も妹の顔から目が離せない。
「…え?な、っ?なんで岩田くん?」
木下の笑い声と、片手を前に出しながら謝る佐藤の顔を交互に見た加奈子は察したようだ。
座るように促す木下に従い、晴人と向かい合う形に座った加奈子は、横にいる兄をにらみつける。
そんなことに動じない木下は加奈子に話しかける。
「加奈子、いい男見つけたな」
「…うるさい。いつから知ってたのよ」
「岩田くんと気付いたのは彼が担当になってからだ。男がいるだろうなぁ、と思ったのは一昨年の春の終わりくらいかな。お前のデザインが変わった頃だ」
「…最悪だ。だから去年あっさり引き下がったのか」
「そうそう」
昨年度で仕事を辞める予定を撤回した時に、簡単に許可した木下に驚いた記憶がある。
珍しいと思いつつも晴人との関係に気を取られていた加奈子は、兄の対応が有難かった。
頭を抱えて机に突っ伏した加奈子に晴人は声をかける。
「結城さん」
弾かれたように顔を上げた加奈子を晴人は正面から見つめる。
「俺と結婚しましょう」
「えっ?な…。どっ」
「元々プロポーズする予定だったんです。この場でとは考えてなかったですが。
木下社長の言葉で決意を固められたのと、2人きりの時に言うとまた逃げられそうですから」
面白そうな表情で木下と佐藤は若い二人を見守る。
「え…ちょっ。こまるっ」
「何が困るんですか?一緒に住むなら別に籍入れても一緒じゃないですか?」
「…だって、これから結城加奈子として個人名で仕事をする予定だし…名字変えたくない」
「じゃあ俺が結城の姓になれば問題ないですね」
「え?いやっ…そんな」
堪えきれないと言うように木下が笑い出した。
「岩田くん、よく妹のことをわかっているようで安心するよ」
木下に軽く頭を下げ謝意を伝えると、加奈子にダメ押しの言葉を言う。
「夏に言いましたよね。…イエス以外の返事を聞く気はないからって」
もう逃げられないのは分かっていた。それでも素直になれない加奈子から出た言葉は晴人にだけ伝わるイエスの返事だった。
「…ズルいよ、そんなの」
嬉しそうに笑う晴人に加奈子は、負けたと思った。
晴人は、珍しく迷っていた。
3月になるのはあっという間だった。
一足先に2人で住む部屋に引っ越してきた晴人は、リビングで1人考え込んでいた。
加奈子は退職するための引き継ぎと最後の仕事の仕上げで忙しくしている。
家を決めてから会えたのは年末年始を除くと1回だけだった。
その貴重な日すらも抱き合ったあと、晴人を起こさないようにベッドを抜け出し、持ち帰りの仕事をしていた。
もうすぐ一緒に暮らせると分かっていても焦りが先立ち、求めずにはいられない。
「退職後は兄の会社と業務委託として働く
予定なの。人遣い荒いからもう頼まれている仕事がパンパンで、しばらく忙しくなりそう」
実際、手を付けるのは辞めてからだけどね。そう言いながらも引き継ぎと、仕事を出来る喜びで楽しそうにしている加奈子。
もっと自分との時間を取ってほしいとは、口が裂けても言えなかった。
原因は分かっている。
(いつまで俺に縛られてくれるかな)
彼女の隙につけ入り、逃げ道を塞いでいることは自覚している。そこまでしてでも手に入れたかった。
加奈子自身も気づいていて流されてくれている。
隙を見せているということ自体が、彼女の好意ということは分かっている。だけど、いずれ晴人の腕を振り解くかもしれない。
そのことが、堪らなく不安だった。
(プロポーズしたところで、縛られてくれなさそうだしな)
晴人は、リビングに響き渡るような深いため息をつくのだった。
晴人の決意を固めたのは、木下だった。
「大丈夫だよ。断られないって」
ニヤリと笑う木下は何故か自信げだ。詳しく聞くと、父親の再婚相手が加奈子と同じようなタイプだそうだ。
「そういうタイプは隙を見せる相手が限られているからな。そこまで見せられているなら問題ない」
それに、と木下は続けた。
「俺は岩田くんの挑戦する姿勢を買っているんだ。プライベートでも挑んでくれよ」
その言葉で晴人は決意を固めた。
「え、俺も?」
木下のところから帰ってきて部長の佐藤に報告をする。そして、木下からの伝言も伝える。
『再婚相手の連れ子だから義理の妹になるんだが、今度俺の会社で働くことになったから会わせたい。佐藤の送別も兼ねてな』
佐藤は4月から千葉に異動が決まっていた。その佐藤の送別も兼ねての集まりだというのだが、彼にしては珍しく渋い顔をしていた。
イヤイヤながらもため息を一つつき、断れないもんなと呟く。
「仕方ない、腹くくるか。…岩田、当日何が起きても怒るなよ」
「…はぁ」
晴人はよくわからないまま返事をした。
『ごめん、兄に呼ばれてるから何時までかかるか』
「俺も何時に終わるかわからないから。もう加奈子の家でもあるから、俺が居なくても先に帰ってて」
引き継ぎで連日遅くまで仕事をしている加奈子との電話も久しぶりだ。
少し声が疲れている加奈子を気遣い、簡潔に伝える。
木下に呼ばれた日はたまたま加奈子も上京するとのことだった。お互いに夜に予定があるため、終わり次第家に帰ることにする。
じゃあ明後日、と電話を切ろうとする加奈子に呼びかける。
「加奈子」
『ん…なに?』
「早く会いたい」
決意を秘めた晴人の声は、いつも以上に情熱的に聞こえた。
電話口で息を呑む加奈子の声が聞こえた。
しばしの沈黙の後、加奈子は呟く。
『…私も会いたい』
晴人が聞き返す前にプツッと電話が切れる。
珍しい加奈子の本音を聞けた晴人はニヤける自分を抑えることが出来なかった。
木下の話は勉強になる。特に今日は酒が入っているからか、個室ということもあるのか、いつもより饒舌だ。
父親が有名な建築家だったため、常に付きまとう親の名前に反発し家を出たこと。自分には父親のような才能がなかったと気付いた時の絶望。
「幸いにも商才はあったようで。今は、才能がある奴を伸ばすことが仕事のやり甲斐かな」
そういう木下の事務所は、大きくないが業界では注目のデザイン事務所で知れ渡っている。
「かっこいいですね。…私も閃きの才能はないのでとても参考になります」
「そうだな。岩田くんは発想といったものは無いかもしれないが、処理能力や管理能力に関してはかなりレベルが高い。…どうだ、俺の下で働かないか?」
「木下さん、最初にダメって言ってますよ」
佐藤の静止に木下は豪快に笑い飛ばす。と、その時彼の携帯がなる。
「もうすぐ妹が来るそうだ」
ニヤリと笑う木下とは反対に佐藤は顔をしかめる。
仲居に案内されてきた木下の妹は部屋に入り晴人の顔を見るなり固まった。晴人も妹の顔から目が離せない。
「…え?な、っ?なんで岩田くん?」
木下の笑い声と、片手を前に出しながら謝る佐藤の顔を交互に見た加奈子は察したようだ。
座るように促す木下に従い、晴人と向かい合う形に座った加奈子は、横にいる兄をにらみつける。
そんなことに動じない木下は加奈子に話しかける。
「加奈子、いい男見つけたな」
「…うるさい。いつから知ってたのよ」
「岩田くんと気付いたのは彼が担当になってからだ。男がいるだろうなぁ、と思ったのは一昨年の春の終わりくらいかな。お前のデザインが変わった頃だ」
「…最悪だ。だから去年あっさり引き下がったのか」
「そうそう」
昨年度で仕事を辞める予定を撤回した時に、簡単に許可した木下に驚いた記憶がある。
珍しいと思いつつも晴人との関係に気を取られていた加奈子は、兄の対応が有難かった。
頭を抱えて机に突っ伏した加奈子に晴人は声をかける。
「結城さん」
弾かれたように顔を上げた加奈子を晴人は正面から見つめる。
「俺と結婚しましょう」
「えっ?な…。どっ」
「元々プロポーズする予定だったんです。この場でとは考えてなかったですが。
木下社長の言葉で決意を固められたのと、2人きりの時に言うとまた逃げられそうですから」
面白そうな表情で木下と佐藤は若い二人を見守る。
「え…ちょっ。こまるっ」
「何が困るんですか?一緒に住むなら別に籍入れても一緒じゃないですか?」
「…だって、これから結城加奈子として個人名で仕事をする予定だし…名字変えたくない」
「じゃあ俺が結城の姓になれば問題ないですね」
「え?いやっ…そんな」
堪えきれないと言うように木下が笑い出した。
「岩田くん、よく妹のことをわかっているようで安心するよ」
木下に軽く頭を下げ謝意を伝えると、加奈子にダメ押しの言葉を言う。
「夏に言いましたよね。…イエス以外の返事を聞く気はないからって」
もう逃げられないのは分かっていた。それでも素直になれない加奈子から出た言葉は晴人にだけ伝わるイエスの返事だった。
「…ズルいよ、そんなの」
嬉しそうに笑う晴人に加奈子は、負けたと思った。
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