Fox Tail 狐のいる喫茶店

雪本 風香

文字の大きさ
上 下
47 / 47
【外伝2妖狐と人間

3

しおりを挟む


カフェオレを飲む音だけが部屋に広がる。
千草は口を開かない。
浅葱もまた、言いあぐねていた。
二人のカップが空になるまで、どちらも口を開かなかった。

「誰でも良い訳では無い」
それが昨日の夜の答えだと気づいたのはしばらくしてからだ。
素っ気ない言い方だが、優しい声。千草が今できる最大限のいたわり。
浅葱はその言葉に安心しつつも、どうしても聞かなければならないことがあった。

「千草さんは、その……僕で……いいんですか?」
無良に聞いているとはいえ、その質問をするのには勇気を振り絞らなければならなかった。
千草は呆気に取られたように目を丸くして、そして盛大なため息をついた。
「そんなことも分からぬのか。人間とは厄介だな」
声にこもっていたのは叱責、ではなかった。ただ呆れと、億劫そうな響き。
「お主と生きたいと思うた。人間にとってそれは理由にはならんのか」
本当に厄介だ、ともう一度呟く。
「お主と共に生きたい。それを叶えるために尾を切った。
お主の子を為し、吾の手で育ててみたい。だからお主に言うたら、家を飛び出す。
自分が思った通りに動いておるだけで、それ以上の理由わけなどない。
……何を笑っておる」
千草の言葉に浅葱は自分でも気づかない内に笑みを浮かべていたようだ。

千草はいつだって本音しか言わない。自分の信念でしか行動しない。
言葉が足りぬように感じたり、裏を考えたり。穿った見方をしたりするのは、人間である自分。
そう思うと、浅葱の肩からスッと力が抜けた。

「千草さん」
机の上に置かれた彼女の手に触れる。振り払ったり嫌がられたりはしなかった。
その場で中腰になる。重ねた手に力を入れる。
そっと顔を近付けて、彼女の、千草の唇に唇を重ねる。

ゆっくり顔を離すと同時にささやいた。
「愛しています、千草さん」
「そんなこと、とおの昔から知っておる」
彼女の言葉に浅葱はいつものように微笑むのだった。




「……さ、さま。……ちぐさ……さま」
呼びかけた人物は、相手が反応しないことに気付くと大きく息を吸った。
「母様!!」
耳をピクリと反応させ、千草は億劫そうに振り向く。
「何じゃ、茜。大声を出さぬでも聞こえとる。……それに『母』と呼ぶなと言っておるだろう」
千草と浅葱の子である茜は、理不尽な千草の言い分に目を釣り上げた。
「なら一回で応えてください!」

その顔に千草は懐かしそうに目を細めた。
浅葱がたった一度だけ見せた怒った顔。その顔にそっくりな表情をむすめは見せる。
外見は千草に瓜二つなのに、喜怒哀楽の表情はどういう訳か浅葱に酷似していた。
浅葱と違い、茜が見せるのは穏やかな笑みではなく、もっぱら怒った表情なのだが。
自分が怒らせていることを棚に上げて千草は娘の顔をマジマジと見つめた。

「八紘様がお呼びですよ。
「……わかった」
もう少し見ておきたかったが、そんなことを言うと火に油を注ぐだけだ。
千草は、よっこいしょと掛け声を上げて立ち上がった。

ふと思いついて千草は、茜が幼い頃よくしていたように頭を撫でてみた。
もう目線は千草とそう変わらない。
いつからこんなに大きくなったのか、と感慨に耽っている千草に鋭い声が飛んでくる。
「ちょっ!子ども扱いしないでよ!」
手を邪険に振り払われたし返しに、思いっきりデコピンをした。
「……ったぁ。何するのよ!」
に生意気な口を聞いたからじゃ」
照れくさそうに「親」と発言した千草は、サッと踵を返した。
それ以上顔を茜に見られたくなかったのだ。
足早に部屋を後にしながら、千草は心の中で浅葱に話しかける。

(「親」と思えるのも悪くないの、浅葱)
応えはない。が、きっと側にいたら、彼はいつものように穏やかに微笑んでいただろう。

千草は時折自問する。
人間と子を成したことは良かったのか。
まだ明確な応えは見つけられていない。
だが、一時の間、浅葱と茜の3人で「家族」として暮らした日々は、彼女の妖狐人生の中で何事にも代えがたい時間であった。

「さて、妖狐としての仕事をするかの。……人間と妖狐の垣根を取っ払うために」
千草は廊下を歩きながら、7本に戻った尾を震わせると「妖狐たまき」の顔になる。

千草の望みである人間と妖狐の垣根が無くなった時。
人間と子を成したこと、そして浅葱への想い。
その答えがわかるのだと信じて。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

るみえーる
2023.01.01 るみえーる

人の世のはかなさを感じさせる、いい話でした。自分が似たような話を題材にするとついふざけてしまうんですけど、真面目にまとめているところがうまいな、と思いました。
(「第6回キャラ文芸大賞小説一覧」から最近更新された順に冒頭数話をとりあえず読みます。「お気に入りに追加」は自身の備忘録です)

2023.01.01 雪本 風香

ねこやま様、ありがとうございます。
早速感想を頂き、とても励みになりました!
引き続きお読み頂けると嬉しいです。

解除

あなたにおすすめの小説

これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり

枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★ 大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。 悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。 「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」 彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。 そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……? 人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。 これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~

保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。 迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。 ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。 昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!? 夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。 ハートフルサイコダイブコメディです。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

海の見える家で……

梨香
キャラ文芸
祖母の突然の死で十五歳まで暮らした港町へ帰った智章は見知らぬ女子高校生と出会う。祖母の死とその女の子は何か関係があるのか? 祖母の死が切っ掛けになり、智章の特殊能力、実父、義理の父、そして奔放な母との関係などが浮き彫りになっていく。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

あやかし猫の花嫁様

湊祥@書籍13冊発売中
キャラ文芸
アクセサリー作りが趣味の女子大生の茜(あかね)は、二十歳の誕生日にいきなり見知らぬ神秘的なイケメンに求婚される。 常盤(ときわ)と名乗る彼は、実は化け猫の総大将で、過去に婚約した茜が大人になったので迎えに来たのだという。 ――え⁉ 婚約って全く身に覚えがないんだけど! 無理! 全力で拒否する茜だったが、全く耳を貸さずに茜を愛でようとする常盤。 そして総大将の元へと頼りに来る化け猫たちの心の問題に、次々と巻き込まれていくことに。 あやかし×アクセサリー×猫 笑いあり涙あり恋愛ありの、ほっこりモフモフストーリー 第3回キャラ文芸大賞にエントリー中です!

半妖のいもうと

蒼真まこ
キャラ文芸
☆第五回キャラ文芸大賞『家族賞』受賞しました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございました。 初めて会った幼い妹は、どう見ても人間ではありませんでした……。 中学生の時に母を亡くした女子高生の杏菜は、心にぽっかりと穴が空いたまま父親の山彦とふたりで暮していた。しかしある日、父親が小さな女の子を連れてくる。 「実はその、この子は杏菜の妹なんだ」 「よ、よろしくおねがい、しましゅ……」 おびえた目をした幼女は、半分血が繋がった杏菜の妹だという。妹の頭には銀色の角が二本、口元には小さな牙がある。どう見ても、人間ではない。小さな妹の母親はあやかしだったのだ。「娘をどうか頼みます」という遺言を残し、この世から消えてしまったという。突然あらわれた半妖の妹にとまどいながら、やむなく面倒をみることになった杏菜。しかし自分を姉と慕う幼い妹の存在に、少しずつ心が安らぎ、満たされていくのを感じるのだった。これはちょっと複雑な事情を抱えた家族の、心温まる絆と愛の物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。