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【外伝1】初めて出会った黒狐
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※
「体調でも悪いのか?今日のお主は変だ」
彼にとっては長く感じられる沈黙の後、千草はそう言い放った。
予想通り八紘からの答えはない。
それどころか千草に背を向け、その場より去ろうとする。
その背に千草は声をかける。
「後でお主の家に報告に行く」
「……長の俺を待たせることが出来るのはお前くらいだ」
答える八紘は背を向けたまま。
自分らしくない台詞を吐いた顔を見られたくないのだろう。
(丸くなったな。……いや)
八紘も変わったのだ。
たった一度しか会わなかった人間。
だが、その人間に感化された狐の側にいることで八紘もまた知らず知らずの内に変わっていったのだろう。
千草は八紘の肩に手をやり、自分の方へ振り向かせる。
案の定、苦虫を噛み潰したような顔の八紘がそこにいた。
今、千草が笑うと拗ねる。わかってはいたが口角が緩むのを抑えられなかった。
「やはり共に行こう。長を待たせることが出来るのは多尾様くらいだからの」
八紘が口を開くより一瞬早く千草は言葉を発した。
『千草さんの一番の理解者は八紘さんであり、八紘さんのことを一番知っているのは千草さんですね』
再び人間界に戻った千草に浅葱が伝えた言葉は鮮明に覚えている。そして、浅葱が羨ましいと呟いたことも。
浅葱が八紘と会ったのは葛の葉の家と会合の場の僅かな時間でしかない。その時はどこを見てそう判断をしたのか疑問で仕方なかった。
尋ねても、言葉で表せません、と答えなかった浅葱。
「今になってわかるとは、な」
「何かいったか?」
千草の独り言は八紘の耳には、はっきり聞こえなかったようだ。
問いかける八紘には答えず、千草は八紘に別の質問をする。
「八紘、お主と吾の2人なら狐界を変えられるか?」
「本気で聞いているのか?」
今日一番の呆れ顔を見せながら、八紘はため息混じりに答える。
「変えてるのはお前だ。俺は尻拭いばかりさせられる。……だが」
「だが?」
「たまきはそのように生きろ。昔のように自分を殺すのではなく。俺が飽きるまでは、お前がたまきが自由に動けるように助けてやるさ」
千草は1つの疑問をぶつける。
「長としてか?それとも……」
一瞬動きを止めた八紘は、フッと笑うと、千草の前を歩き出す。
「長じゃなくても助けるさ」
八紘の小さな声は、風のせいか千草まで届かなかったようだ。
答えろ、と追いかけた千草の手を取る。驚いた顔は見なかったことにした。
振り払おうと上下に振る千草の手が離れないように強く握りしめる。
人間のアイツは共に生きることは出来たかもしれない。
だが、たまきのことを護ることは出来なかった。
ならば俺はこの生が尽きるまで、たまきを護り続けよう。
「たまき」
「……なんだ?」
手を離すのは諦めた千草がものぐさに答える。
言いたいことは沢山あった。
好いている、頼れ、護ってやる。だが人間のように自らの気持ちを素直に言うのには、八紘の妖狐としてのプライドが邪魔をした。
迷った末、八紘は一言告げた。
「戻るぞ」
その顔はいつもの八紘に戻っていた。狐の長であり、妖狐でいることを誇りを胸に真っ直ぐ生きき、敷かれたレールの上を走ることを当然とし、何食わぬ顔で重責を担う。
それ以上何も言わせないという口調の八紘に強く手を引かれながら、千草は様々な思いを抱えながら黙ってついていった。
※
今はこの手を引くことしかできない。
だが、いつかたまきに自分の想いを伝えてもいいかもしれない。
あやつと違い、俺にはこの先もたまきと過ごす時間が山程あるのだから……。
「体調でも悪いのか?今日のお主は変だ」
彼にとっては長く感じられる沈黙の後、千草はそう言い放った。
予想通り八紘からの答えはない。
それどころか千草に背を向け、その場より去ろうとする。
その背に千草は声をかける。
「後でお主の家に報告に行く」
「……長の俺を待たせることが出来るのはお前くらいだ」
答える八紘は背を向けたまま。
自分らしくない台詞を吐いた顔を見られたくないのだろう。
(丸くなったな。……いや)
八紘も変わったのだ。
たった一度しか会わなかった人間。
だが、その人間に感化された狐の側にいることで八紘もまた知らず知らずの内に変わっていったのだろう。
千草は八紘の肩に手をやり、自分の方へ振り向かせる。
案の定、苦虫を噛み潰したような顔の八紘がそこにいた。
今、千草が笑うと拗ねる。わかってはいたが口角が緩むのを抑えられなかった。
「やはり共に行こう。長を待たせることが出来るのは多尾様くらいだからの」
八紘が口を開くより一瞬早く千草は言葉を発した。
『千草さんの一番の理解者は八紘さんであり、八紘さんのことを一番知っているのは千草さんですね』
再び人間界に戻った千草に浅葱が伝えた言葉は鮮明に覚えている。そして、浅葱が羨ましいと呟いたことも。
浅葱が八紘と会ったのは葛の葉の家と会合の場の僅かな時間でしかない。その時はどこを見てそう判断をしたのか疑問で仕方なかった。
尋ねても、言葉で表せません、と答えなかった浅葱。
「今になってわかるとは、な」
「何かいったか?」
千草の独り言は八紘の耳には、はっきり聞こえなかったようだ。
問いかける八紘には答えず、千草は八紘に別の質問をする。
「八紘、お主と吾の2人なら狐界を変えられるか?」
「本気で聞いているのか?」
今日一番の呆れ顔を見せながら、八紘はため息混じりに答える。
「変えてるのはお前だ。俺は尻拭いばかりさせられる。……だが」
「だが?」
「たまきはそのように生きろ。昔のように自分を殺すのではなく。俺が飽きるまでは、お前がたまきが自由に動けるように助けてやるさ」
千草は1つの疑問をぶつける。
「長としてか?それとも……」
一瞬動きを止めた八紘は、フッと笑うと、千草の前を歩き出す。
「長じゃなくても助けるさ」
八紘の小さな声は、風のせいか千草まで届かなかったようだ。
答えろ、と追いかけた千草の手を取る。驚いた顔は見なかったことにした。
振り払おうと上下に振る千草の手が離れないように強く握りしめる。
人間のアイツは共に生きることは出来たかもしれない。
だが、たまきのことを護ることは出来なかった。
ならば俺はこの生が尽きるまで、たまきを護り続けよう。
「たまき」
「……なんだ?」
手を離すのは諦めた千草がものぐさに答える。
言いたいことは沢山あった。
好いている、頼れ、護ってやる。だが人間のように自らの気持ちを素直に言うのには、八紘の妖狐としてのプライドが邪魔をした。
迷った末、八紘は一言告げた。
「戻るぞ」
その顔はいつもの八紘に戻っていた。狐の長であり、妖狐でいることを誇りを胸に真っ直ぐ生きき、敷かれたレールの上を走ることを当然とし、何食わぬ顔で重責を担う。
それ以上何も言わせないという口調の八紘に強く手を引かれながら、千草は様々な思いを抱えながら黙ってついていった。
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今はこの手を引くことしかできない。
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