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【外伝1】初めて出会った黒狐

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小さい稲荷神社についた八紘は、すぐに目当ての人物を見つけた。
「たまき」
社の裏手、町が一望できる場所に立っていた千草は困ったように眉を寄せる。
「こちらにいるときは、千草と呼べと言うておる」
「たまき、なぜ報告に来なかった」
千草の言葉が聞こえなかったように、八紘は再び、「たまき」と呼び掛けた。
諦めたようにため息をつく。この状態になった八紘に何を言っても無駄だと分かっていたが、千草は言い訳を口にする。
「茜から聞いておらぬか?遣いにやったろう」
少しムッとした様子で八紘が答えた。
「俺はたまきに報告するように言っていた。……俺がどれだけ楽しみに待っていたと思う?」
仏頂面に似合わぬ台詞に、千草は吹き出した。
ますます憮然とする八紘に千草は詫びる。
「今日は、ここに居たかったのだ。……浅葱の命日だから、な」
視線を落とした千草の目線の先には、小さな墓標が建っていた。名前も何も彫っていない墓石の下に、かつて浅葱と呼ばれていた人間の骨が埋葬されている。

八紘も墓石に視線を向ける。墓石の前にその辺に生えているような花が数本手向けられていた。
「随分人間らしいことをするのだな」
妖狐は死んでも骨は残らない。狐火に包まれてその身は土に還る。墓石を作り、花を手向けるのは、人間のみ。
八紘の台詞に言葉以上の意味がないことを感じ取った千草は、しゃがみこむと墓石を撫でた。
「人間らしく生きさせてやれなかったからな。せめて死んだ後くらいは人間らしくしてやっても罰は当たらぬだろう」

しばらく千草の背中を見つめていた八紘は、おもむろに千草の頭を押さえつけた。
八紘にとっては撫でたつもりだったが、不慣れな彼は勢いよく千草の頭を掴んだのだ。
「……何をする?」
千草の低い声が響く。何故千草が怒っているのかわからぬ八紘は怪訝そうな顔を浮かべた。
「何故怒る?茜が幼き頃、よくやっていただろう?」
怒りから呆れの表情に変わった千草は立ち上がり、諭すように言う。
「お主のは押さえつける、じゃ。撫でるのはこうする」
背伸びをして八紘の頭を撫でようとする。が、届かない。
仕方なく千草は、八紘の額を撫でた。

大人しく撫でられながら八紘は言った。
「あやつは自分の選択を後悔している様子はなかった」
ハッと、千草の手が止まる。八紘は淡々と事実を告げる。
「たまきが感傷に浸るのは勝手だ。だが、あやつの生き方を否定するな。人間としてせいを終えるより妖狐と共に在ることを選んだ。友や同胞はらからと生きるよりも、お前を選んだ」
驚きの眼差しで千草は八紘を見つめる。
「いつになく饒舌だな。八紘、お主は人間嫌いであったろう?」

千草の疑問は最もだった。
八紘は千草のすることは否定をしなかった。長として妖狐達の将来を見据えた上での判断だった。
だが、同時に八紘自身は人間嫌いを公言もしていた。
それはあの会合の後も、いや、会合の後の方が声高に主張をしていた。

――長はたまき様に心底惚れているから。だからたまき様のワガママを聞いてあげているのだ。

それが妖狐達の中での暗黙の了解になり、実際その通りなので八紘も否定はしていない。
逆に今まで力はあるが若くして長になった頑固な八紘だったが、例の一件で柔軟な考えを取り入れることが出来る人物として評価された。
特に年寄り達の八紘の評価が変わったことで、煩く口出ししていた老狐たちが、慣習よりも長の判断に任せ、口を噤むことが増えた。
若い狐も側近に重用することが出来、八紘にとっては統治しやすくなったのだ。
反対に千草は黒狐だからと勝手な羨望から、人間の味方をする低俗な狐と評価はだだ下がりだ。
もちろん千草はそんなこと気にもかけないし、逆に何をしていても「たまきだから仕方ない」と呆れ半分だが納得される今の方が気負いも感じなくて良い、と笑う。

千草が変わったのはあの人間の側にいたからだ。
彼女が自分の横でこんな風に明るく笑う日が来るとは想像もしていなかった。
自分では変えられなかったことの悔しさから、八紘は千草から目を逸してボソリと呟いた。

「浅葱は好かぬ。だが、たまきに対する想いと覚悟だけは認めてやる」




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