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【外伝1】初めて出会った黒狐

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その視線を正面から受け止めると、八紘は、ほぅっと息を吐いた。
噂には聞いていた黒狐。特徴的な髪だが、それ以上に八紘が気に入ったのは、彼女の目だった。

何もかも諦めているような目をしながら、八紘を真っ直ぐに見返す。
数年後にはおさの座につくことが決定している八紘の視線を、逸らさずに見返してくる狐は数えるほどしかいない。
無気力な瞳に似合わぬ胆力に、彼としては珍しく興味をそそられた。

「名は?」
話しかけた八紘に驚いたのは、黒狐ではなく周りの白狐達だった。
「……たまき」
黒狐たまきは周りのざわめきに気に留めることなくボソリと呟いた。
無気力な表情にピッタリな、やる気のない声。予想通り過ぎて八紘は声を上げて笑った。
びっくりしたのは、今度も周りの狐達。たまきは表情を変えることはない。
そして八紘も周りの妖狐を気にする様子もない。

「俺と夫婦めおとになれば、好きなようにさせてやろう」
僅かにたまきの眉が上がった。変化と言えばそれだけ。
暫し見つめ合う。と、急に興味を失ったようにたまきは八紘から視線を外し、背を向けた。
「ちょっ!ちょっと、待ちなさい!たまき!」
周りの狐の制止が聞こえていないかのように、たまきはスタスタとその場を去っていく。
残ったのは、面白そうな笑みを浮かべた八紘と呆気にとられた狐達。

「えっと……。つ、次の狐を呼びま……」
「それには及ばぬ。あやつに……、たまきにする」
狐達の顔が驚きに変わっていくのを横目に、八紘は席をたった。
「ちょっ!他の狐も八紘様と会うのを待って……」
「もうよい。俺の結婚相手は、黒狐たまきだ」

こうして、八紘とたまきは夫婦になった。




夫婦になっても、たまきの態度は変わらなかった。八紘を拒否しない代わりに興味もないようだ。
それが八紘には逆に新鮮だった。
力もある。将来、長になることも約束されている。見た目も悪くない八紘を若い女狐達はこぞってアピールをした。
だが、たまきはどうだ。
八紘を拒否はしない。だが受け入れもしない。
淡々と勤めを果たすだけだった。

「何か希望はあるか?」
気まぐれにたまきに尋ねたのは、何度目の逢瀬だっただろうか。
繁殖期でない時期だったことは覚えている。
いつものように事が終わった後、そそくさと服を身に付けていたたまきの動きが止まった。
その反応に、八紘はおや?と思ったが、顔には出さず、再び問いかける。
「そうだ。何かあるのか?」
長になったばかりだ。ある程度のことなら叶えられる力も自信もあった。
だから、たまきが告げた願いがあまりにもささやか過ぎて逆に驚いた。

「一つ任せて欲しい稲荷がある」
「稲荷?どこだ?」
「吾が最初に任された社だ」
「お前ほどの妖狐が担う社ではないだろう」
妖狐が最初に任される稲荷神社は、小さい。詣る者も少ない。だからこそ、最初に預かるのには適している。
力をつけた妖狐は、小さい稲荷から大きな稲荷の管理へと変わっていく。小さい稲荷を管理していないことは、力を持った妖狐の証なのに。

八紘の顔からその感情を読み取ったのだろう。苦笑したたまきは、八紘に言った。
「叶えてくれるのだろう、八紘」
訝しげな思いは、初めてたまきに名を呼ばれた喜びに打ち消された。




「報告はたまきから、と言っておいたはずだが」
ふすまを開けた八紘は、ため息をつきながらあかねを見やる。
茜と呼ばれた狐は、心なしかがっかりしている様子の八紘に笑いが込み上げる。
ジロリと八紘が睨むが、茜は意に介さない。
「では、報告をしていいですか、長?」
確認する茜に右手を挙げ制すると、八紘は尋ねる。
「直接たまきから聞く。どこだ?」
「いつもの稲荷にいますよ」
八紘の返事を予想していたのだろう。茜はあっさりと行き先を告げた。
いそいそと席を立つ八紘に茜は笑う。

「長、そんなに慌てなくても母は逃げませんよ。しばらくあそこにいますから」
たまき――ここ数十年は千草と好んで名乗っている黒狐を母と呼んだ茜は、髪の色以外は千草と瓜二つの顔で答えた。
もう見向きもせず部屋を出ていこうとする八紘の背に、茜は声をかけた。
「八紘様、私でしたらいつでもあなたの妻になりますよ」
軽い感じで告げる茜を一瞥すると、八紘はボソリと呟いた。
「たまきの代わりはおらぬ。茜、お前の代わりがいないように」
ふすまが閉められた室内で、茜は畳の上に転がる。
「あーあ、またフラれた、か」
茜は、穏やかな笑みを浮かべた。

その笑みは、浅葱にそっくりな表情だった。


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