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11.狐の会合

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すべての狐が集うとは聞いていたが、想像以上の景色だった。
入って正面、上座に7人の狐。
一段高いところに設けられた席の真ん中におさである八紘。彼の左右に三人ずつ狐が座る。
その場所を囲うように左右と下座に狐達が隙間を開けず座している。
上座に近いところから、白、黄、緑、赤、紫、青、黒の帯の順に座っているようだ。
狐達が車座になっている中央に二つの座布団が前後に置かれている。そこが千草と浅葱の席だった。
スタスタと歩いていった千草を追いかけるようにして千草の左後ろに用意されていた座布団に座る。
対面に座る狐たちの帯の色は全員、白。いや、帯の色など見なくとも感じ取れる程の力の持ち主たち。
そして全方向からの刺すような視線に、生唾を飲み込んだ浅葱だったが、八紘の右隣に多尾の姿を捉え少しだけ平常心を取り戻した。

「会合を始める。議題は、黒狐たまきの掟破りと狐界復帰について」
突然、朗々とした声が響き渡る。間を置かず、別の声が話し出す。
「黒狐たまきは凡そ200年前、そこに居る人間に妖力を与えて命を長らえさせた。相違ないな」
千草が肯定した途端、周囲の狐たちが沸いた。
殆どが浅葱を生きながらえさせたことに対する批判だ。

千草は予想していたのだろう。微動だにしなかった。
「言い分があれば聞こう」
ざわついている場を納めたのは、八紘だった。
そこまで大きな声ではないはずだが、彼の声が響き渡った途端、騒がしかった狐たちが一瞬で静まる。
「そのようなものはない。目の前で生を終えようとしている浅葱を吾の身勝手で救った。それだけだ」
再び声を上げた狐たちを右手を挙げ制すると、八紘は問いかけた。
「罪滅ぼしか?それとも憐れみか?」
事情を知っている浅葱以外の周りの狐が首を傾げたり不思議そうな顔をする。その中で、千草と多尾だけは笑みを浮かべていた。

八紘はこの会合で確かめたかったのだ。
千草が浅葱に対する気持ちを。
「最初はその気持ちもあったことは否定せぬ。だが、今なら違うと言えよう」
八紘の眉がピクリと動いた。千草は心の中で八紘に謝った。次に紡ぐ言葉は彼を傷つける。
掟に従い、つがっただけの夫婦めおとだ。だが、彼の子を成したことは事実だ。愛はないが、情はある。
一呼吸置くと、千草は告げた。その顔は八紘が今まで見たことのない顔だった。
千草の表情を表現する言葉を八紘は持ち合わせていなかった。
いや、ここにいる狐は誰も表せなかっただろう。
唯一の人間である浅葱以外は。
「人間と、いや、浅葱と共に在りたいのだ。黒狐のさがだからとは言わぬ。吾が吾らしく生きられるのは浅葱の側だ」
他の妖狐が決してすることがない、慈愛に満ちた表情で千草は自分の想いを宣言した。



咄嗟な動きに反応できたのは千草と多尾だけだった。
浅葱を庇うように立ちはだかった千草の前には八紘が、そして、八紘の右腕を掴んでいるのは多尾。
「八紘、ここは殺生の場ではない」
多尾の低い声は3人にだけ聞こえた。
グッと多尾の手に力がこもる。
他の狐達も状況を把握したようだ。4人の動きを固唾を呑んで見守っている。八紘がどのような行動に出るのかを。

「たまき、退け」
多尾の手を振り払った八紘が千草の前に立ちはだかる。
千草は黙って八紘を見上げていた。
「妖狐が人間にたぶらかされるとは情けない。俺が始末してやろう」
「たぶらかされてなどおらぬ。……聞いてくれ、八紘」
「その人間を始末した後ならいくらでも言い訳は聞こう」
「八紘!」
「三度は言わぬ。退け、たまき」

千草はその場から動くつもりはなかった。それは、ますます八紘のプライドを刺激し、激怒させた。
八紘の妖力が高まる。伊達に妖狐を束ねているだけではない。その力は会場の空気をビリビリと震わせた。弱い妖狐はその空気に圧倒され、顔を上げて置くことすらできなかった。

力で解決はしたくなかった。だが、八紘は力を納める気はない。
千草も手に妖力を込める。
呼吸すら憚れる緊迫した状況を変えたのは、浅葱の一言だった。
「あの、取り敢えず千草さんのお話聞きませんか?僕を殺すのはいつでもできますので」



驚いたのは八紘だけでない。千草もまた驚き、浅葱の方を振り返った。
そこには平然とした様子で立っている浅葱がいた。
「ほう、八紘の妖力のに当てられても立って居れるのか、人間が」
この場にふさわしくない、多尾のどこか間延びした声が響き渡る。その台詞は、会場にいる全員の気持ちを代弁していた。
浅葱は何か確かめるように体を動かす。
「……お狐様の妖力でしたら向けられても平気みたいです。千草さんと暮らしていたから耐性でもついたのでしょうか?」
「吾と暮らしていただけで……耐性がつく?そんなわけ……あるはずがなかろう……」
「……そのような人間、聞いたことないぞ」
千草も何が起きているのか戸惑っているようだ。
八紘に至っては驚きのあまり、自分の力が抜けたことすら気づいていないようだ。
圧が無くなったことにより、弱い妖狐達も顔を上げて浅葱を見つめる。
それきり2人は何も言葉を紡ぐことが出来ず、ただ目を丸くして浅葱を見つめた。
周りの妖狐たちも今目の前で起きている事実に混乱しているようだ。

たった一人を除いて。

「ふっはは!さすがは巫覡の家系というべきか!妖狐の力に当てられて平然としておる人間を見たのは久方ぶりだのう」
周りの静寂を破るような多尾の声に反応したのは浅葱だった。
「どれくらい前のことですか?」
ニヤリと笑った多尾はサラリと伝えた。
「ざっと2000年は前かの」
浅葱の驚く顔を見て多尾は満足そうに笑うと、呆けている八紘に声をかける。

「ボケッとしとらんでたまきの話を聞こうでないか。のう、八紘?」
長は八紘といえども、多尾はないがしろにできる存在ではない。どこか釈然としない表情を浮かべながら八紘はぶっきらぼうに告げた。
「……仕方ない。何を考えているのか知らんが。話してみろ」



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