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10.過去
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長い話を終えた千草は、ふぅ、とため息をつくと、しばらく口を開かなかった。
沈黙に耐えきれなくなった浅葱が問いかけようと口を開こうとした瞬間、千草の唇が動いた。
「お主を生かしたのは、ただ単に気まぐれじゃ。吾の感情一つで人の命を奪い、そして勝手に生き長らえさせる。一介の妖狐が神にでもなったかのように命を自由に扱った」
千草は自身を責めるかのような表情をする。嘲るような、それでいて深い悲しみにくれている顔のまま、浅葱とは目を合わせることなく吐き捨てるように呟いた。
「浅葱が仕えていたのは、そんな狐じゃ。
......軽蔑したじゃろ」
声に出すよりも、体が勝手に動いた。
千草の隣にいくと、その体を抱きしめる。
初めて腕の中に引き寄せた千草は、思ったよりも小さかった。
「あなたは......」
千草の体が僅かに震えた。いや、浅葱がそう感じただけで実際には震えてはいなかったのかもしれない。それでも触れている部分から、千草の悲しみや遣りきれない想いが伝わってくる。
200年以上、狐界から追放され死ぬことも許されず一人でこの苦しみに耐えてきたのかと思うと、浅葱は側にいながらそのことに気付かない自分が情けなかった。
何と声をかけたらよいかわからない。自分が泣く資格はない。そう思うのに、浅葱は込み上げてくる涙を堪えることは出来なかった。
「何故泣く?」
少し困ったような声色で訊ねる千草に、浅葱は適切な言葉を見つけられない。
「軽蔑......などしません」
やっと出た言葉は、伝えたい想いの1%も表せていない。それでも千草は、そうか、と答える。
どうしたら自分の想いが伝わるのだろうか。考えた末に浅葱が出した答えは、心を直接読んでもらうことだった。
白木家で教わった修行を思い出す。
力の使い方を学ぶために、まず最初に教わったのは体を無防備な状態にすることだった。
へその下辺りにある丹田を意識して呼吸をする。そうすることで余計な力が抜けるのだ。
触れ合っており、また千草ほどの力を持っていれば、それ以上浅葱から何もしなくても、気持ちは読めるだろう。
「浅葱、お主は......」
浅葱の考えは当たったようだ。腕の中で千草が身じろぎをすると呆れたような、それでいて少しだけ嬉しそうな声。
何か答えようとする前に、千草は浅葱の腕から逃れた。
「さっさと結界を張れ。気安く無防備な状態でおる奴が一番危険と白木の家で教わらなかったのか」
顔を上げた千草は、いつもの調子を取り戻していた。
「お主の気持ちはようわかった。浅葱のためにはどうするのか良いのか。暇を与えるか散々思案したのは無駄だったようだ」
「生半可な気持ちでは着いてきていませんから」
浅葱のその返事に千草は眉間にシワを寄せた。
「お主と全く一緒の想いではないぞ?」
「わかっています。それでも、千草さんは僕と生きたいと望んでくれている。それだけで充分です」
先程の抱擁で気持ちが伝わったのは、浅葱だけではない。
千草の人間と、取りわけ浅葱とこの先生きていきたいという気持ちもまた、浅葱に伝わっていたのだった。
「身を護るために巫覡の力の使い方を学ばせたのじゃが。吾の思考まで読めとは言うておらぬぞ」
困ったように笑い、浅葱は詫びた。
「どこまで読める?」
ため息をつきながら、千草は問う。
「触れているときに強く考えていることは読み易いようです。先程でしたら、千草さんが多尾様に人と生きるためには尾を切ると話しているくだりは読み取れました」
「なら、多尾様のことも思い出したのか」
「ええ。白木の家に連れていってくださった方ですね。今までは忘れていましたが、先程千草さんの記憶を読んだと同時に思い出しました」
多尾の術は千草とは比べ物にならないくらい強い。千草の記憶に多尾が出てきたことがきっかけではあるが、それだけでは容易に解けない。
多尾の術が解ける、それは覡の力が強まっていることを表していた。
力が強まっていることは今まで隠していた千草の内面を読むことも簡単だ。
それは、千草が浅葱に隠しておきたかったことも問われることになった。
「僕も今日聞きたいことがあったんです。
......尾を切る、とはどういうことですか?」
浅葱から一番聞かれたくなかった質問が飛んでくる。
千草はすぐには答えられなかった。知れば妖狐達、特に八紘が何をするかわからない。
誰よりも妖狐らしく、また妖狐としての誇りを持っている八紘のことを考える。
(人間嫌いの八紘のことだ。妖狐の掟を浅葱が知ってようが知らぬままいようが、尾を切る原因が浅葱だったら一緒か)
既に八紘は浅葱と出会っている。そして、千草はその際に人間と生きると宣言をしている。浅葱に秘密にしていても、八紘がその気になれば人間など一捻りだろう。
妖狐にとって尾はすべてだ。
妖力の源の尾を切ることで、行き場をなくした力が暴走する。
力が強い妖狐程反動は大きく、死に至る可能性は高まる。
千草にとっては、分が悪い賭けだ。
だけども浅葱と共に生きると決めている彼女にとって、これに賭けるしかないのも事実だった。
沈黙に耐えきれなくなった浅葱が問いかけようと口を開こうとした瞬間、千草の唇が動いた。
「お主を生かしたのは、ただ単に気まぐれじゃ。吾の感情一つで人の命を奪い、そして勝手に生き長らえさせる。一介の妖狐が神にでもなったかのように命を自由に扱った」
千草は自身を責めるかのような表情をする。嘲るような、それでいて深い悲しみにくれている顔のまま、浅葱とは目を合わせることなく吐き捨てるように呟いた。
「浅葱が仕えていたのは、そんな狐じゃ。
......軽蔑したじゃろ」
声に出すよりも、体が勝手に動いた。
千草の隣にいくと、その体を抱きしめる。
初めて腕の中に引き寄せた千草は、思ったよりも小さかった。
「あなたは......」
千草の体が僅かに震えた。いや、浅葱がそう感じただけで実際には震えてはいなかったのかもしれない。それでも触れている部分から、千草の悲しみや遣りきれない想いが伝わってくる。
200年以上、狐界から追放され死ぬことも許されず一人でこの苦しみに耐えてきたのかと思うと、浅葱は側にいながらそのことに気付かない自分が情けなかった。
何と声をかけたらよいかわからない。自分が泣く資格はない。そう思うのに、浅葱は込み上げてくる涙を堪えることは出来なかった。
「何故泣く?」
少し困ったような声色で訊ねる千草に、浅葱は適切な言葉を見つけられない。
「軽蔑......などしません」
やっと出た言葉は、伝えたい想いの1%も表せていない。それでも千草は、そうか、と答える。
どうしたら自分の想いが伝わるのだろうか。考えた末に浅葱が出した答えは、心を直接読んでもらうことだった。
白木家で教わった修行を思い出す。
力の使い方を学ぶために、まず最初に教わったのは体を無防備な状態にすることだった。
へその下辺りにある丹田を意識して呼吸をする。そうすることで余計な力が抜けるのだ。
触れ合っており、また千草ほどの力を持っていれば、それ以上浅葱から何もしなくても、気持ちは読めるだろう。
「浅葱、お主は......」
浅葱の考えは当たったようだ。腕の中で千草が身じろぎをすると呆れたような、それでいて少しだけ嬉しそうな声。
何か答えようとする前に、千草は浅葱の腕から逃れた。
「さっさと結界を張れ。気安く無防備な状態でおる奴が一番危険と白木の家で教わらなかったのか」
顔を上げた千草は、いつもの調子を取り戻していた。
「お主の気持ちはようわかった。浅葱のためにはどうするのか良いのか。暇を与えるか散々思案したのは無駄だったようだ」
「生半可な気持ちでは着いてきていませんから」
浅葱のその返事に千草は眉間にシワを寄せた。
「お主と全く一緒の想いではないぞ?」
「わかっています。それでも、千草さんは僕と生きたいと望んでくれている。それだけで充分です」
先程の抱擁で気持ちが伝わったのは、浅葱だけではない。
千草の人間と、取りわけ浅葱とこの先生きていきたいという気持ちもまた、浅葱に伝わっていたのだった。
「身を護るために巫覡の力の使い方を学ばせたのじゃが。吾の思考まで読めとは言うておらぬぞ」
困ったように笑い、浅葱は詫びた。
「どこまで読める?」
ため息をつきながら、千草は問う。
「触れているときに強く考えていることは読み易いようです。先程でしたら、千草さんが多尾様に人と生きるためには尾を切ると話しているくだりは読み取れました」
「なら、多尾様のことも思い出したのか」
「ええ。白木の家に連れていってくださった方ですね。今までは忘れていましたが、先程千草さんの記憶を読んだと同時に思い出しました」
多尾の術は千草とは比べ物にならないくらい強い。千草の記憶に多尾が出てきたことがきっかけではあるが、それだけでは容易に解けない。
多尾の術が解ける、それは覡の力が強まっていることを表していた。
力が強まっていることは今まで隠していた千草の内面を読むことも簡単だ。
それは、千草が浅葱に隠しておきたかったことも問われることになった。
「僕も今日聞きたいことがあったんです。
......尾を切る、とはどういうことですか?」
浅葱から一番聞かれたくなかった質問が飛んでくる。
千草はすぐには答えられなかった。知れば妖狐達、特に八紘が何をするかわからない。
誰よりも妖狐らしく、また妖狐としての誇りを持っている八紘のことを考える。
(人間嫌いの八紘のことだ。妖狐の掟を浅葱が知ってようが知らぬままいようが、尾を切る原因が浅葱だったら一緒か)
既に八紘は浅葱と出会っている。そして、千草はその際に人間と生きると宣言をしている。浅葱に秘密にしていても、八紘がその気になれば人間など一捻りだろう。
妖狐にとって尾はすべてだ。
妖力の源の尾を切ることで、行き場をなくした力が暴走する。
力が強い妖狐程反動は大きく、死に至る可能性は高まる。
千草にとっては、分が悪い賭けだ。
だけども浅葱と共に生きると決めている彼女にとって、これに賭けるしかないのも事実だった。
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