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10.過去
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過去
夢を見ていた。
目まぐるしく場面が変わる。
修行をしている場面、八紘と出会った時、妖狐としての生き方に疑問を持ち始めた時、多尾との出会い。
そして、あの罪の瞬間。
「……っは!!」
千草は飛び起きた。
夢だ。そう自覚をしても冷や汗はしばらく止まらなかった。
「久々に狐と共に過ごしたからだのう」
狐界では張っていた気も、昨日の夜、店に帰って来たことで緩んでいたのだろう。
変えようがない過去の夢。
何度も繰り返し見た夢。
その度に罪の重さを自覚し、何とか償えないかと考える。
「償いなど、出来るはずもないのに……」
千草の切ない声は闇夜に吸い込まれていった。
※
「毎度、ご贔屓に!」
騒々しい音を立て店に入って来た萬屋はグルリと店内を見回す。
萬屋の店主、化け狸の無良だ。従来狐と狸は相容れないが、妖狐の変わり者である千草はそんなことには頓着しなかった。
それは化け狸界で半端者の無良も同じ。金になるならどんな依頼者の頼みでも受けることを信条にしている彼は、早速仕事に取り掛かる。
「して、いつまで営業を?」
「2日後だ」
千草は簡潔に答えた。
ギリギリまで店を続ける。それが千草の願いだった。
「了解です。して、次はどの辺にお店を?」
次の場所も斡旋しますよ、と無良はギラギラと目を光らせる。だが、千草は緩く首を振っただけだった。
「考えておらん」
無良の表情が変わる。飄々としている顔から真剣な眼差しになった彼は低い声で尋ねた。
「戻るんですかい?」
「いや、人間界にいるように交渉しておる。その会議が4日後じゃ」
「なら……」
千草は笑っただけだ。
「狐と狸は戒律が違いますよ」
「知っておる」
無良は何かを言いかけたが、言葉にすることはなかった。代わりにため息をついた。
「まぁ、こちらにいる間はあっしのことをご贔屓に」
千草は力強く頷いた。
「あぁ。こちらこそ頼む」
※
「浅葱さんはどこまで知っているんですかい?」
浅葱の部屋にある荷物の確認をしながら無良は問いかけた。
いつもと違う無良の言葉に浅葱は何も答えられなかった。何も知らないからだ。
無良も答えを求めていたわけではないのだろう。勝手に喋りだす。
「千草さんのことですから何にも言ってないんでしょ?……お狐様が人間界で生きるためには、尻尾を切らないといけないことを」
「尻尾を……切る?」
ええ、と無良は荷物に目をやりながら答えた。
「我々狸と違って狐は神様なんで。神の力を持った狐を人間界に野放ししたらとんでもないことです。野に下るためには力を手放さないといけないんす」
「でも、今は……」
千草には7本の尻尾がある。黒くてふさふさしていて美しい毛並みの尻尾だ。
「今は特例ですよ。いずれ妖狐界に帰るためです。だけどもね、尻尾を切ったらもう帰る力もないんす。尻尾を切ることで死ぬ狐もいる。運良く生き延びたとしても、長くは生きれないんす」
そこで無良は浅葱と向き合った。
今まで見たことのない鋭い目をしていた。
「浅葱さん、あなたから言ってくれませんか?妖狐界に戻った方が良いと。千草さんはこんなところにいるお人じゃない。その内、伏見稲荷を任せられるくらいの格を持ったお狐様なんす。尻尾を切って人間界で過ごしても精々30年の命す。
力を持った妖狐は2000年は生きられます。まだ若い彼女は命を投げ売って脆弱な人間ごときと人生を歩む必要ないんす」
初めて聞く話に浅葱はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
※
浅葱は何も無くなった店のカウンターに座りボーッとしていた。
2日間はあっという間だった。無良は営業が終わると驚くべき手際で店の備品を片付け、引き取った。
「住居スペースはどうしやす?」
そう問いかけた無良に千草は浅葱に聞こえないようにボソボソと何か答えた。
「もちろん。ではとりあえずはこのままで。引き払う前にはご連絡お待ちしてやんす」
またご贔屓に、という言葉を残して無良は去っていった。
浅葱は何も無くなった店を目に焼き付けるように
どれくらい時間がだったのだろうか。
気づけば日付が回っていた。
「どうした、浅葱?」
「千草さんこそ、庭で何を?」
そんな真夜中に庭で立っている女性は外から見たら怪しさ満点だ。
幸か不幸か、家は千草の結界が張り巡らされているため、外から見えることはないのだが。
「式神を解放しておった」
そう言いながら手に持っていた何かを空に放つ。
紙に宿った式神がクルクルと円を描き、そして光を放ちながら飛んでいく。
千草の瞳に感傷はない。だが、その儀式には人間界と別れを告げているように見える。
浅葱の脳裏に無良の言葉がよぎった。
――尻尾を切れば長く生きられない――
そのことに激しく動揺した浅葱を千草は式神との別れを惜しんでいると勘違いした。
「浅葱が心を乱すことではないだろう。吾と彼らの契約を終えただけじゃ。必要とあればまた契約すれば良い」
千草は苦笑いしながら、庭から縁側に上がった。
「さて、茶でも入れよ。話がある」
浅葱の横をすり抜けながらそう告げた千草。
浅葱は何も言えないまま、千草の要望通り茶を沸かしに台所へ向かった。
夢を見ていた。
目まぐるしく場面が変わる。
修行をしている場面、八紘と出会った時、妖狐としての生き方に疑問を持ち始めた時、多尾との出会い。
そして、あの罪の瞬間。
「……っは!!」
千草は飛び起きた。
夢だ。そう自覚をしても冷や汗はしばらく止まらなかった。
「久々に狐と共に過ごしたからだのう」
狐界では張っていた気も、昨日の夜、店に帰って来たことで緩んでいたのだろう。
変えようがない過去の夢。
何度も繰り返し見た夢。
その度に罪の重さを自覚し、何とか償えないかと考える。
「償いなど、出来るはずもないのに……」
千草の切ない声は闇夜に吸い込まれていった。
※
「毎度、ご贔屓に!」
騒々しい音を立て店に入って来た萬屋はグルリと店内を見回す。
萬屋の店主、化け狸の無良だ。従来狐と狸は相容れないが、妖狐の変わり者である千草はそんなことには頓着しなかった。
それは化け狸界で半端者の無良も同じ。金になるならどんな依頼者の頼みでも受けることを信条にしている彼は、早速仕事に取り掛かる。
「して、いつまで営業を?」
「2日後だ」
千草は簡潔に答えた。
ギリギリまで店を続ける。それが千草の願いだった。
「了解です。して、次はどの辺にお店を?」
次の場所も斡旋しますよ、と無良はギラギラと目を光らせる。だが、千草は緩く首を振っただけだった。
「考えておらん」
無良の表情が変わる。飄々としている顔から真剣な眼差しになった彼は低い声で尋ねた。
「戻るんですかい?」
「いや、人間界にいるように交渉しておる。その会議が4日後じゃ」
「なら……」
千草は笑っただけだ。
「狐と狸は戒律が違いますよ」
「知っておる」
無良は何かを言いかけたが、言葉にすることはなかった。代わりにため息をついた。
「まぁ、こちらにいる間はあっしのことをご贔屓に」
千草は力強く頷いた。
「あぁ。こちらこそ頼む」
※
「浅葱さんはどこまで知っているんですかい?」
浅葱の部屋にある荷物の確認をしながら無良は問いかけた。
いつもと違う無良の言葉に浅葱は何も答えられなかった。何も知らないからだ。
無良も答えを求めていたわけではないのだろう。勝手に喋りだす。
「千草さんのことですから何にも言ってないんでしょ?……お狐様が人間界で生きるためには、尻尾を切らないといけないことを」
「尻尾を……切る?」
ええ、と無良は荷物に目をやりながら答えた。
「我々狸と違って狐は神様なんで。神の力を持った狐を人間界に野放ししたらとんでもないことです。野に下るためには力を手放さないといけないんす」
「でも、今は……」
千草には7本の尻尾がある。黒くてふさふさしていて美しい毛並みの尻尾だ。
「今は特例ですよ。いずれ妖狐界に帰るためです。だけどもね、尻尾を切ったらもう帰る力もないんす。尻尾を切ることで死ぬ狐もいる。運良く生き延びたとしても、長くは生きれないんす」
そこで無良は浅葱と向き合った。
今まで見たことのない鋭い目をしていた。
「浅葱さん、あなたから言ってくれませんか?妖狐界に戻った方が良いと。千草さんはこんなところにいるお人じゃない。その内、伏見稲荷を任せられるくらいの格を持ったお狐様なんす。尻尾を切って人間界で過ごしても精々30年の命す。
力を持った妖狐は2000年は生きられます。まだ若い彼女は命を投げ売って脆弱な人間ごときと人生を歩む必要ないんす」
初めて聞く話に浅葱はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
※
浅葱は何も無くなった店のカウンターに座りボーッとしていた。
2日間はあっという間だった。無良は営業が終わると驚くべき手際で店の備品を片付け、引き取った。
「住居スペースはどうしやす?」
そう問いかけた無良に千草は浅葱に聞こえないようにボソボソと何か答えた。
「もちろん。ではとりあえずはこのままで。引き払う前にはご連絡お待ちしてやんす」
またご贔屓に、という言葉を残して無良は去っていった。
浅葱は何も無くなった店を目に焼き付けるように
どれくらい時間がだったのだろうか。
気づけば日付が回っていた。
「どうした、浅葱?」
「千草さんこそ、庭で何を?」
そんな真夜中に庭で立っている女性は外から見たら怪しさ満点だ。
幸か不幸か、家は千草の結界が張り巡らされているため、外から見えることはないのだが。
「式神を解放しておった」
そう言いながら手に持っていた何かを空に放つ。
紙に宿った式神がクルクルと円を描き、そして光を放ちながら飛んでいく。
千草の瞳に感傷はない。だが、その儀式には人間界と別れを告げているように見える。
浅葱の脳裏に無良の言葉がよぎった。
――尻尾を切れば長く生きられない――
そのことに激しく動揺した浅葱を千草は式神との別れを惜しんでいると勘違いした。
「浅葱が心を乱すことではないだろう。吾と彼らの契約を終えただけじゃ。必要とあればまた契約すれば良い」
千草は苦笑いしながら、庭から縁側に上がった。
「さて、茶でも入れよ。話がある」
浅葱の横をすり抜けながらそう告げた千草。
浅葱は何も言えないまま、千草の要望通り茶を沸かしに台所へ向かった。
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