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9.旧友2
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※
「もう良くなったな」
幽体離脱から起きた浅葱は思ったより自分の体が軽いことに気づいた。
「初めて使う呪だがよく効いたようだ。違和感はないか?」
「ええ、お陰様で。……どのような呪を使ったのですか?」
千草は自分の呪の効果に納得したように頷きながら答えた。
「体を一時的に冬眠状態にした。その上で回復の呪を使ったのだ。そうすることで体は最低限の生命の維持の他は回復に専念できるそうだ。
……葛の葉に教えてもろうた呪だ」
「そうなんですね。あとでお礼言わないと」
千草は少し驚いたように眉を上げる。
「葛の葉は自らした行いに責任を取ったのだ。特に礼などいらぬだろう」
妖狐の千草とのギャップを感じるのはこういう時だ。
千草は自分の行いに責任を持つ代わりに分相応なことは引き受けない。
『自分の範囲を超えた望みはそれ相応の対価が伴う。自分の責任の取れる範囲で判断をするのだ』
昔から散々言われていたが、浅葱が力を強くしてからは特に口を酸っぱくして言われている言葉。
確かに千草の言葉に合わせると、葛の葉は自分の行いの責任を取っただけだ。
だが。
「きっかけは何であれ、助けてもらったんです。ちゃんと感謝の気持ちはお伝えしたい」
浅葱の偽らざる本音だった。
しばし浅葱を見つめていた千草は、ため息をつきつつ苦笑する。
「人間と狐の違いか。そういうところが吾が人間を好ましく思うところかもしれぬな」
おもむろに立ち上がった千草は浅葱に声をかける。
「動けるか?礼なら早いほうがよかろう」
千草は外にいた狐に葛の葉の取次を頼み、浅葱に身支度を整えるように命じた。
※
葛の葉に礼を言ったその足で二人は人間界に帰ることにした。
「世話になった」
葛の葉は寂しそうに呟く。
「次、たまきと会う時が最後かもしれないわね」
なあに、と千草は笑って答えた。
「生きておればいつでも会えるだろうに。人間界と妖狐界の垣根は低いのは葛の葉が一番よく知っておろう。今の掟を変えるかどうかだけだ」
それだけ言うと千草は管狐を出した。
「怪の道を通る。浅葱、声を出すなよ。喰われるぞ」
怪の道を開いた千草はスタスタと先に進んでいく。後ろを振り向かないのは、らしくない言葉を放ったからか。いつもより速い歩みに浅葱は慌ててる。
「えっと、葛の葉様、皆さんお世話になりました。ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げた後、走って千草の後を追いかける。
あっという間に二人の姿は怪の道に飲み込まれていった。
※
家についた千草は店の前で懐かしそうに目を細める。
「やれやれ、やっと帰ってきたの」
カウンターの定位置に座ると千草はおもむろに浅葱に宣言する
「浅葱、この店を閉めるぞ」
「え?」
「狐の集会の後はこの店を維持出来る妖力は無くなるからの。残念だが、いつもの萬屋を明日にでも呼んでくれるか?」
店を閉めるのはこれが初めてではない。年を取らない二人だ。定期的に場所を変えないと怪しまれる。
だが、まだこの店を開いて3年だ。閉めるのには早すぎる。
そして、千草の気になる言葉。
それでも浅葱は。
「わかりました。明日、連絡しますね」
そう笑うのだ。
聞きたいことは沢山ある。だが、それは千草が決めることだ。
浅葱にできるのは待つことだけ。
千草は立ち上がると、聞こえるか聞こえないかの大きさで囁いた。
「きちんと話すから待っておれ」
去っていく千草の背中に浅葱は返事をする。
「はい、もちろんです」
――Fox Tail――
そこは妖狐と人間が大切にしていた喫茶店。
店を閉めたあと、残るのは……。
狐と人間。
二人の運命が変わろうとしている。
「もう良くなったな」
幽体離脱から起きた浅葱は思ったより自分の体が軽いことに気づいた。
「初めて使う呪だがよく効いたようだ。違和感はないか?」
「ええ、お陰様で。……どのような呪を使ったのですか?」
千草は自分の呪の効果に納得したように頷きながら答えた。
「体を一時的に冬眠状態にした。その上で回復の呪を使ったのだ。そうすることで体は最低限の生命の維持の他は回復に専念できるそうだ。
……葛の葉に教えてもろうた呪だ」
「そうなんですね。あとでお礼言わないと」
千草は少し驚いたように眉を上げる。
「葛の葉は自らした行いに責任を取ったのだ。特に礼などいらぬだろう」
妖狐の千草とのギャップを感じるのはこういう時だ。
千草は自分の行いに責任を持つ代わりに分相応なことは引き受けない。
『自分の範囲を超えた望みはそれ相応の対価が伴う。自分の責任の取れる範囲で判断をするのだ』
昔から散々言われていたが、浅葱が力を強くしてからは特に口を酸っぱくして言われている言葉。
確かに千草の言葉に合わせると、葛の葉は自分の行いの責任を取っただけだ。
だが。
「きっかけは何であれ、助けてもらったんです。ちゃんと感謝の気持ちはお伝えしたい」
浅葱の偽らざる本音だった。
しばし浅葱を見つめていた千草は、ため息をつきつつ苦笑する。
「人間と狐の違いか。そういうところが吾が人間を好ましく思うところかもしれぬな」
おもむろに立ち上がった千草は浅葱に声をかける。
「動けるか?礼なら早いほうがよかろう」
千草は外にいた狐に葛の葉の取次を頼み、浅葱に身支度を整えるように命じた。
※
葛の葉に礼を言ったその足で二人は人間界に帰ることにした。
「世話になった」
葛の葉は寂しそうに呟く。
「次、たまきと会う時が最後かもしれないわね」
なあに、と千草は笑って答えた。
「生きておればいつでも会えるだろうに。人間界と妖狐界の垣根は低いのは葛の葉が一番よく知っておろう。今の掟を変えるかどうかだけだ」
それだけ言うと千草は管狐を出した。
「怪の道を通る。浅葱、声を出すなよ。喰われるぞ」
怪の道を開いた千草はスタスタと先に進んでいく。後ろを振り向かないのは、らしくない言葉を放ったからか。いつもより速い歩みに浅葱は慌ててる。
「えっと、葛の葉様、皆さんお世話になりました。ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げた後、走って千草の後を追いかける。
あっという間に二人の姿は怪の道に飲み込まれていった。
※
家についた千草は店の前で懐かしそうに目を細める。
「やれやれ、やっと帰ってきたの」
カウンターの定位置に座ると千草はおもむろに浅葱に宣言する
「浅葱、この店を閉めるぞ」
「え?」
「狐の集会の後はこの店を維持出来る妖力は無くなるからの。残念だが、いつもの萬屋を明日にでも呼んでくれるか?」
店を閉めるのはこれが初めてではない。年を取らない二人だ。定期的に場所を変えないと怪しまれる。
だが、まだこの店を開いて3年だ。閉めるのには早すぎる。
そして、千草の気になる言葉。
それでも浅葱は。
「わかりました。明日、連絡しますね」
そう笑うのだ。
聞きたいことは沢山ある。だが、それは千草が決めることだ。
浅葱にできるのは待つことだけ。
千草は立ち上がると、聞こえるか聞こえないかの大きさで囁いた。
「きちんと話すから待っておれ」
去っていく千草の背中に浅葱は返事をする。
「はい、もちろんです」
――Fox Tail――
そこは妖狐と人間が大切にしていた喫茶店。
店を閉めたあと、残るのは……。
狐と人間。
二人の運命が変わろうとしている。
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