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9.旧友2

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正月だった。いつもは狐の集まりに行くのだが、どうも気が進まなかった。
また煩い年配の妖狐たちに小言を言われるとは分かっていた。
が、千草は代理の者を狐の集会に向かわせ、自らは稲荷神社の奥で新年の参拝に来る人間たちの様子を観察していた。
新しい年の幕開けだからなのだろうか。人々は狐に昨年1年の礼と、新しい年へのささやかな願いを胸に参拝をする。

「お稲荷様」
人々はそう口にし、稲荷神社に、千草に拝む。だが、千草は参拝する全ての人間の願いを叶えられない。
病気の両親を治すことも、子を授けることも、飢饉を起こさないことも、戦がない世の中にすることも何一つできない。

妖狐としてもトップ5に入るくらいの妖力を持ってしてもできないこと。
それどころか、人間たちが持っている些細な幸せすら、千草は持っていなかった。
妖狐は自分で生んだ子どもは手元で育てられない。何故なら、生を受けて10年で才能がないと判断された狐は、預かっている師である妖狐が殺さないといけないからだ。

何人産んで、何人生き残っているのか……。
ふと、そんなことが脳裏に浮かんだ。


次の瞬間、大地が激しく震えた。
震度7の地震。
千草の慟哭によって引き起こされたものだった。
千草は自分でも気づかない内に激しくむせび泣いていたのだった。
その嘆きは、異変に気づいた八紘が駆けつけるまで止まることがなかった。
長い長い地震の後、残されたのは8割方崩壊した神社と、呆然としている千草だけだった。


妖狐が起こした不祥事。
いつもは人間と不干渉の妖狐も流石に引っ込んでいる訳にはいかなかった。
幸いなことに人間側に怪我人は多数出たが、死人は出なかった。
その代わり妖狐や狐達は多数死んだ。千草の強い気に当てられた弱い狐達は呆気なく命を落とした。
多少能力がなくても殺さず、下仕えとして雇っていた千草。
少しでも多くの妖狐を養う――そのことが裏目に出たのだった。

役に立たない千草の代わりに八紘の指示で治療能力の高い妖狐が人間を治し、形だけだが社を戻した。

「殺してくれ」
そう懇願する千草。
死して償いを、という妖狐達の声も大きかったのは事実だ。
だけど、それは成されなかった。

黒狐ということと、力が強いということ、そして何より八紘の庇い立てがあったからだ。
「たまきの罪は、夫である俺の罪でもある」
妖狐の長である八紘の言葉は、うるさい声を黙らせる力があった。
それは千草も例外ではなかった。

そして、八紘の一声で千草の罰は決まった。

妖狐の目の届かない小さな稲荷神社を管理するとい名目で妖狐界からの暫しの追放。

「たまきの力は妖狐界には必要だ。100年か200年か……きちんと人間界で償いをしたとみなしたら、呼び戻す」





「償い……か」
ポツリと千草は呟いた。
少し前なら妖狐界に戻って努めを果たすことが償いだと思っていただろう。
だが、今は……。
襖を開ける音がして膝から顔を上げると、八紘が入ってきたところだった。
「何用だ?」
冷たい声で千草が言い放つ。そんな様子に気にもかけない八紘は、向かい合う位置にドカリと座る。
「10日待つ。その間に今の場所を引き払い、こちらに戻れ」
「断る。そう文にも書いたはずだ」
浅葱と人間界で生きると決めた時、千草は八紘に文をしたためていた。
前から少しずつ考えていたこと。

能力がなく、10年ほどで殺される狐達を寂れた稲荷神社の見張り役にする。
小さな稲荷も力の持った妖狐達の管轄だが、正直目が行き届いていない。
この200年人間界に降り、稲荷神社を見回った千草の実感であった。
千草はそこに妖狐界で生きられない狐達を救う道があると考え、八紘に文を送った。
人間界に降りた狐達は千草自身が管理することを条件として。

八紘は表情を変えずに告げた。
「ダメだ」
千草は答えがわかっていたのだろう。ふん、と鼻を鳴らし八紘に告げる。
「ダメと言われても吾は狐界には帰らぬぞ。……人と共に生き、人間界から妖狐を支える。そう決めたのだ」
表情は変わらない。だが、八紘の気配が変わった。ピリピリするような殺気だった空気。
狐界の長の八紘の怒りを正面から受け止めた千草の表情は変わらなかった。
「戻れ!これは命令だ!!」
八紘の怒号が飛ぶが千草は気にした様子はない。ただ、いつもの榛色から金色に変わった瞳で八紘を見返すだけだ。
妖狐の力を使う時に金色に変化する千草の瞳が、八紘の心の奥底を見透かすように見つめる。
何も言わない千草。なのに、瞳は今までにないくらい雄弁に八紘に訴えかける。

――人間と共に生きる。それが黒狐の吾の性だ――

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