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8.旧友1
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「しばらく出掛けてくる」
千草が唐突に浅葱に告げた。千草が共に生きると宣言してから半年が経っていた。
「どちらへ?」
「葛の葉の元へ」
浅葱の問いかけに千草は答えになっていない返答をする。
ますます首を捻る浅葱をよそに、千草は入口に目を向けた。
一匹の狐がお座りの格好で待っていた。
ピンと来た。呼び出しだ。
「迎えか。あやつも粋なことをするのう」
『タマキ様ガ飼ッテイル人間モ連レテクルヨウニ命ヲ受ケテイマス』
「浅葱もか?」
『サヨウ』
変声期を使ったようなカクカクとした言葉で答える狐。
千草以外でしゃべるお狐様を見るのは初めてな浅葱はよく見ようと近づいていく。
「不思議な声ですね。外国の方が喋っているみたいだ」
『人間如キガ話シカケルナ!』
「うっ!」
クワッと歯を剥き出しにした狐は妖力の塊を浅葱にぶつける。
もろに衝撃を受けた浅葱は一瞬その場に蹲った。
その様子を見た千草の圧が強まった。
「吾の眷属に気軽に手を出すな」
低い一言。その声だけで、狐はガクガクと震えだし、平頭した。
『申シ訳ゴザイマセン』
狐と千草の力は圧倒的に違う。特に千草は1,000年に一度しか生まれない黒狐だ。
対等に渡り合えるのは妖狐の中でも限られている。
狐は下等な人間に話しかけられた怒りで、浅葱に手を出したことを猛烈に後悔をしていた。
しばらく圧をかけていた千草は、フッと気配を和らげる。
「今回は水に流そう。こちらも悪い。浅葱も気軽に手を出すな。狐は気高い。特に人間なぞ下に見ておる者ばかりだ」
「申し訳……ありません」
咳き込みながらも謝る浅葱に狐はフン、と鼻を鳴らす。
本当は浅葱を置いて行きたかったが、迎えまで来たのなら仕方ない。
葛の葉がこちらの都合を聞かないのはいつものことだ。
そして逆らうと年上ということを武器にもっとややこしいことになるのも目に見えていた。
「浅葱も連れて行くなら店を閉めんとならぬな。浅葱、若葉に連絡取れ」
ため息混じりに浅葱に命ずると、千草は指を鳴らし店に何人も寄り付かぬように結界を張った。
「牛車……ですか?」
迎えの車を用意していると伝えた狐に案内された場所に行くと、牛車が待っていた。
「葛の葉の脳みそはまだ平安で止まっとるのか」
ため息一つ吐いた千草は、それ以上は何も言わず後ろから牛車に乗り込んだ。
『サッサト乗レ。ボサット立ツナ、邪魔ダ』
初めて見た牛車に呆然とする浅葱を狐は追い立てる。
千草の後ろを追いかけるようにして浅葱も牛車に乗り込んだ。
車内は思ったよりも広かった。が、精々4人乗ればいっぱいになる広さしかない。
御簾が下ろされると同時にゆっくりと動き出した。
向かいに座った千草が足を投げ出して座っているからか、車が揺れるたびに体が触れそうになる。
一緒に暮らしているといえどもここまで小さな空間で共に過ごすことはない。
浅葱は変に意識してしまうのに、千草はいつもと変わらず本を読んでいた。
普段どおりの千草の姿ですら、息遣いまで聞こえる距離にいると違って見える。
邪な考えを振り払うように、浅葱は千草に問いかけた。
「く、葛の葉さんはどんな方……なのですか?」
今日は話に気が乗ったのだろう。本を閉じると千草は浅葱と目線を合わせた。
「葛の葉『様』だ。あやつは吾の倍は生きとる」
「千草さんは何年くらい生きて?」
「あれは……京都が焼け野原になったのは覚えとるから、応仁の乱の頃か。ならば、ざっと600年くらいかの」
生い立ちはほとんど話さない千草だ。はぐらかされると思った答えは珍しくきちんと返ってきた。
「ということは、葛の葉様は1,200年くらい生きているということですか?」
「そうじゃの。陰陽師の……何というたかの、有名な奴がおろう?」
浅葱は自分の記憶を辿り、一人の名前を告げる。
「安倍晴明?」
「そうじゃ、晴明じゃ。葛の葉は、あやつの母親じゃ」
浅葱は口をあんぐり開いたまま、しばし固まった。
「お狐……様って、長生きなんですね……」
やっと絞り出した浅葱の声は掠れていた。
「そうでもない。狐の中でも全員が妖狐になれる訳でもないからな。能力がないものは10年ほどの命だ。能力があっても普通の狐でいることを選んだものは20年も生きれば良い方だ」
能力がない狐は10年で命を落とす理由を巧妙に隠し、千草は答える。
「千草さんも、妖狐であることを選んだのですか?」
「吾は……。どうだったかの、昔過ぎて忘れたわ」
千草には珍しく歯切れが悪い言い方だった。心配そうに千草を見る浅葱の視線から逃れるように少しだけ御簾を上げ、牛車の横を歩いている迎えに来た狐を指差す。
今は人型になり、牛車を守るように歩いている狐は千草の様子に気づいたように軽く頭を下げた。
「300年くらい修行をすれば、一人前の妖狐と認められる。あやつは丁度妖狐になったばかりだ。だの?」
『左様デス。生を受けて250年デス』
「ほう、300年足らずで妖狐になったか。大したものだ」
千草は関心したように頷く。浅葱は訳がわからず首を捻る。
その様子に腹を立てた狐が、顔だけ狐に戻るとクワッと歯をむき出しにする。
『オ前ハ!バカニシテイルノカ』
「……浅葱、狐の修行は厳しいのだ。修行をしても妖狐になるのに500年くらいかかるものもおるが、どれだけ修行しても小さな狐火ひとつ出せぬまま終わるものもいる。
だからこそ、平均より早く妖狐になれるのは能力があるものだけなのだ。
すまぬな、こちらのことは殆ど教えとらんのだ。主である吾に免じて許してくれ」
千草が片手を目の前にして詫びると、酷く恐縮した様子で狐は目を伏せる。
『タマキ様ニ詫ビテイタダク必要ハゴザイマセン』
「たまき様?」
千草に向かって狐は『たまき』と呼びかける。
そんなことも知らないのか、と馬鹿にしたように目を吊り上げる狐の横で千草はサラリと答える。
「吾の名だ。……捨てたい名でもあるがな」
小声で付け加えられた言葉は浅葱の耳にも、そして狐の耳にも届いていた。
が、千草の有無を言わさぬ口調に二人はそれ以上は何も言えなかった。
千草が唐突に浅葱に告げた。千草が共に生きると宣言してから半年が経っていた。
「どちらへ?」
「葛の葉の元へ」
浅葱の問いかけに千草は答えになっていない返答をする。
ますます首を捻る浅葱をよそに、千草は入口に目を向けた。
一匹の狐がお座りの格好で待っていた。
ピンと来た。呼び出しだ。
「迎えか。あやつも粋なことをするのう」
『タマキ様ガ飼ッテイル人間モ連レテクルヨウニ命ヲ受ケテイマス』
「浅葱もか?」
『サヨウ』
変声期を使ったようなカクカクとした言葉で答える狐。
千草以外でしゃべるお狐様を見るのは初めてな浅葱はよく見ようと近づいていく。
「不思議な声ですね。外国の方が喋っているみたいだ」
『人間如キガ話シカケルナ!』
「うっ!」
クワッと歯を剥き出しにした狐は妖力の塊を浅葱にぶつける。
もろに衝撃を受けた浅葱は一瞬その場に蹲った。
その様子を見た千草の圧が強まった。
「吾の眷属に気軽に手を出すな」
低い一言。その声だけで、狐はガクガクと震えだし、平頭した。
『申シ訳ゴザイマセン』
狐と千草の力は圧倒的に違う。特に千草は1,000年に一度しか生まれない黒狐だ。
対等に渡り合えるのは妖狐の中でも限られている。
狐は下等な人間に話しかけられた怒りで、浅葱に手を出したことを猛烈に後悔をしていた。
しばらく圧をかけていた千草は、フッと気配を和らげる。
「今回は水に流そう。こちらも悪い。浅葱も気軽に手を出すな。狐は気高い。特に人間なぞ下に見ておる者ばかりだ」
「申し訳……ありません」
咳き込みながらも謝る浅葱に狐はフン、と鼻を鳴らす。
本当は浅葱を置いて行きたかったが、迎えまで来たのなら仕方ない。
葛の葉がこちらの都合を聞かないのはいつものことだ。
そして逆らうと年上ということを武器にもっとややこしいことになるのも目に見えていた。
「浅葱も連れて行くなら店を閉めんとならぬな。浅葱、若葉に連絡取れ」
ため息混じりに浅葱に命ずると、千草は指を鳴らし店に何人も寄り付かぬように結界を張った。
「牛車……ですか?」
迎えの車を用意していると伝えた狐に案内された場所に行くと、牛車が待っていた。
「葛の葉の脳みそはまだ平安で止まっとるのか」
ため息一つ吐いた千草は、それ以上は何も言わず後ろから牛車に乗り込んだ。
『サッサト乗レ。ボサット立ツナ、邪魔ダ』
初めて見た牛車に呆然とする浅葱を狐は追い立てる。
千草の後ろを追いかけるようにして浅葱も牛車に乗り込んだ。
車内は思ったよりも広かった。が、精々4人乗ればいっぱいになる広さしかない。
御簾が下ろされると同時にゆっくりと動き出した。
向かいに座った千草が足を投げ出して座っているからか、車が揺れるたびに体が触れそうになる。
一緒に暮らしているといえどもここまで小さな空間で共に過ごすことはない。
浅葱は変に意識してしまうのに、千草はいつもと変わらず本を読んでいた。
普段どおりの千草の姿ですら、息遣いまで聞こえる距離にいると違って見える。
邪な考えを振り払うように、浅葱は千草に問いかけた。
「く、葛の葉さんはどんな方……なのですか?」
今日は話に気が乗ったのだろう。本を閉じると千草は浅葱と目線を合わせた。
「葛の葉『様』だ。あやつは吾の倍は生きとる」
「千草さんは何年くらい生きて?」
「あれは……京都が焼け野原になったのは覚えとるから、応仁の乱の頃か。ならば、ざっと600年くらいかの」
生い立ちはほとんど話さない千草だ。はぐらかされると思った答えは珍しくきちんと返ってきた。
「ということは、葛の葉様は1,200年くらい生きているということですか?」
「そうじゃの。陰陽師の……何というたかの、有名な奴がおろう?」
浅葱は自分の記憶を辿り、一人の名前を告げる。
「安倍晴明?」
「そうじゃ、晴明じゃ。葛の葉は、あやつの母親じゃ」
浅葱は口をあんぐり開いたまま、しばし固まった。
「お狐……様って、長生きなんですね……」
やっと絞り出した浅葱の声は掠れていた。
「そうでもない。狐の中でも全員が妖狐になれる訳でもないからな。能力がないものは10年ほどの命だ。能力があっても普通の狐でいることを選んだものは20年も生きれば良い方だ」
能力がない狐は10年で命を落とす理由を巧妙に隠し、千草は答える。
「千草さんも、妖狐であることを選んだのですか?」
「吾は……。どうだったかの、昔過ぎて忘れたわ」
千草には珍しく歯切れが悪い言い方だった。心配そうに千草を見る浅葱の視線から逃れるように少しだけ御簾を上げ、牛車の横を歩いている迎えに来た狐を指差す。
今は人型になり、牛車を守るように歩いている狐は千草の様子に気づいたように軽く頭を下げた。
「300年くらい修行をすれば、一人前の妖狐と認められる。あやつは丁度妖狐になったばかりだ。だの?」
『左様デス。生を受けて250年デス』
「ほう、300年足らずで妖狐になったか。大したものだ」
千草は関心したように頷く。浅葱は訳がわからず首を捻る。
その様子に腹を立てた狐が、顔だけ狐に戻るとクワッと歯をむき出しにする。
『オ前ハ!バカニシテイルノカ』
「……浅葱、狐の修行は厳しいのだ。修行をしても妖狐になるのに500年くらいかかるものもおるが、どれだけ修行しても小さな狐火ひとつ出せぬまま終わるものもいる。
だからこそ、平均より早く妖狐になれるのは能力があるものだけなのだ。
すまぬな、こちらのことは殆ど教えとらんのだ。主である吾に免じて許してくれ」
千草が片手を目の前にして詫びると、酷く恐縮した様子で狐は目を伏せる。
『タマキ様ニ詫ビテイタダク必要ハゴザイマセン』
「たまき様?」
千草に向かって狐は『たまき』と呼びかける。
そんなことも知らないのか、と馬鹿にしたように目を吊り上げる狐の横で千草はサラリと答える。
「吾の名だ。……捨てたい名でもあるがな」
小声で付け加えられた言葉は浅葱の耳にも、そして狐の耳にも届いていた。
が、千草の有無を言わさぬ口調に二人はそれ以上は何も言えなかった。
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