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7.束の間の平穏
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※
千草から連絡がいっていたのだろう。スンナリと家に上がることが出来た。
昔からある地主の家。依頼主はその地主の孫である10才の女の子だった。
「さえちゃん、最後にマーちゃんを見たところを思い出して」
「わかった!」
大きな目に涙を溜めながらも健気に返事をしてギュッと目を瞑る。
必死にマーちゃん――この家の飼い猫のことを思い出している。
マーちゃんの行方がわからなくなって1週間。心当たりは探したが一向に見当たらない猫。
毎日探しながら、見つからず涙を流す孫にいたたまれない気持ちになった時に、ふと思い出した。
――この喫茶店は願いを叶えてくれるんだよ。
店の常連だったから、その噂は地主の耳にも入っていた。
まるっきり信じた訳ではない。だが、店主の千草と彼女といつも一緒にいる店員の浅葱にはそう思わせる何か不思議な雰囲気を持っていた。
ダメ元だ。そう思い、さえを店に連れてきた。
「吾には難しいな」
望みを聞いた千草は首を左右に振った。あからさまにがっかりする二人に、千草は心配するな、と言う。
「夕方には浅葱が帰ってくる。あいつなら容易にできるだろう。浅葱が戻り次第、向かわせる」
吾は獣の気は読めんが、浅葱ならできると断言した千草。その力強い笑みに二人は一縷の望みを持って浅葱の訪問を待っていたのだ。
期待に満ちた二人の視線を少し照れくさそうに受け止めた浅葱は、さえの額にそっと触れた。
「マーちゃんのこと、思い出して」
囁くように声をかけると、さえはボーッとした目で浅葱を見上げた。
安心させるように笑うと浅葱は静かに息を吐き出した。
深く息を吐くたびに、浅葱に伝わるさえの意識が鮮明になってくる。
※
「呼吸でも祝詞でも謡でもいい。お前が集中できるなら。そして、俯瞰的に見ることを意識的しろ。そうすれば自ずと視えるはずだ」
安貞は浅葱にそう告げた。
安貞曰く、浅葱は潜在的に相手と同化する能力が強いらしい。そのまま無防備に記憶を読むと、意識が乗っ取られたり、そのまま相手の中に閉じ込められたりするらしい。
今まで何度も人や物の記憶を読んだが問題ないと告げた浅葱に、安貞は呆れた様子で肩を竦めた。
「そりゃ、お狐様が側でお前を引き戻していたんだろう。同化してヤバいと思ったことがある筈だ」
心当たりはあった。信夫の湯呑の記憶を読んだ時だ。
その時、浅葱は信夫になっていた。意識は自分としてあるのに、体は動かない。心臓の痛みと共に、もうこのまま死ぬのか、と。
その時のことを思い出した浅葱はブルリと身を震わせた。
「分かっただろう?お前は無防備だ。死ぬなら勝手にすればいいが、ここまで力が強かったら下手したらその体を悪用される。……お狐様もそれを危惧されている」
「千草さんが?」
浅葱が千草の名前を呼んだ時、安貞のギョッとした顔。不思議に思う浅葱に安貞は今日何度目かわからないため息をついた。
「真名ではないとは言え、お狐様のご尊名を口にするとは畏れ多い奴だな」
もうこれ以上は話しても無駄だというように安貞は首を振ると、早速力のコントロールの仕方を教え始めた。
※
息を整え、集中する。
さえの記憶の中のマーちゃんの気を辿る。
(よし、捕まえた)
さえの中のマーちゃんの記憶から、今生きているマーちゃんに意識を飛ばす。
普通なら出来ないことだ。だが元々、残留思念を辿れたこと、お狐様の力と修行の成果で浅葱はこの技を身につけられたのだ。
浅葱はマーちゃんの意識を読み取る。
弱く今にも消えそうな意識だが、辛うじて生きている。
浅葱はこの意識の糸が切れないように注意深くマーちゃんの記憶を探る。
「雨戸……かな?いや違うな。観音扉……。蔵?」
「庭の蔵か!」
地主が声をあげる。浅葱はまだ虚ろな目をして頷きながらもう少し気を探る。
「中で……遊んでると、長持の蓋が空いていて……そこに落ちて、衝撃で長持ごとひっくり返って出られない」
そこまで読んだ浅葱は、意識をマーちゃんから離した。
数回呼吸をし、息を整えると地主とさえに向かって声をかける。
「庭の蔵にマーちゃんはいます」
※
「ただいま戻りました」
帰ってきた浅葱は自室に戻っていた千草に声をかける。
「猫は無事だったようだな」
千草は窓際の椅子に座り、本を読みながら答えた。
経緯は地主からのお礼の電話で既に知っていた。
浅葱ははにかみながら答える。
「ええ。脱水が酷くてしばらく入院しますが、命に別状はなかったです。あと少し発見が遅かったら危なかっただろうって」
何かをやり遂げた自信に満ちている浅葱に千草は伝えた。
「時々は浅葱も依頼を回そう。その中でお主は力の使い方を実践で学ぶが良い」
「わかりました」
答えた浅葱はまだ店があるからと部屋を出ていく。
部屋を出る直前、爆弾発言を残して。
「千草さん今回の依頼、ご自身の力で解決できましたよね?……僕を信じてくれてありがとうございます。微力ですけど、千草さんのお役に立てて嬉しいです」
千草は一瞬だけ眉を上げて驚きを表すが、浅葱は気付かず店へ降りていった。
「浅葱め。力をつけたからか、言うようになったの」
千草の顔はどこか嬉しそうな一方、憂いを含んでいた。
「そろそろ、妖狐共も動く頃だの」
その言葉は、夕焼け空に吸い込まれて千草以外の耳には届かなかった。
――Fox Tail――
そこは、力の使い方を知った元人間が働く喫茶店。
力を使うたびに人間としてかけ離れていく。
だが、元人間にとってはそんなことは、些末なこと。
愛しい主のために力を使えるのであれば、
この命を賭しても惜しくない。
そうして元人間は、ますます想いを募らせていくのだった。
千草から連絡がいっていたのだろう。スンナリと家に上がることが出来た。
昔からある地主の家。依頼主はその地主の孫である10才の女の子だった。
「さえちゃん、最後にマーちゃんを見たところを思い出して」
「わかった!」
大きな目に涙を溜めながらも健気に返事をしてギュッと目を瞑る。
必死にマーちゃん――この家の飼い猫のことを思い出している。
マーちゃんの行方がわからなくなって1週間。心当たりは探したが一向に見当たらない猫。
毎日探しながら、見つからず涙を流す孫にいたたまれない気持ちになった時に、ふと思い出した。
――この喫茶店は願いを叶えてくれるんだよ。
店の常連だったから、その噂は地主の耳にも入っていた。
まるっきり信じた訳ではない。だが、店主の千草と彼女といつも一緒にいる店員の浅葱にはそう思わせる何か不思議な雰囲気を持っていた。
ダメ元だ。そう思い、さえを店に連れてきた。
「吾には難しいな」
望みを聞いた千草は首を左右に振った。あからさまにがっかりする二人に、千草は心配するな、と言う。
「夕方には浅葱が帰ってくる。あいつなら容易にできるだろう。浅葱が戻り次第、向かわせる」
吾は獣の気は読めんが、浅葱ならできると断言した千草。その力強い笑みに二人は一縷の望みを持って浅葱の訪問を待っていたのだ。
期待に満ちた二人の視線を少し照れくさそうに受け止めた浅葱は、さえの額にそっと触れた。
「マーちゃんのこと、思い出して」
囁くように声をかけると、さえはボーッとした目で浅葱を見上げた。
安心させるように笑うと浅葱は静かに息を吐き出した。
深く息を吐くたびに、浅葱に伝わるさえの意識が鮮明になってくる。
※
「呼吸でも祝詞でも謡でもいい。お前が集中できるなら。そして、俯瞰的に見ることを意識的しろ。そうすれば自ずと視えるはずだ」
安貞は浅葱にそう告げた。
安貞曰く、浅葱は潜在的に相手と同化する能力が強いらしい。そのまま無防備に記憶を読むと、意識が乗っ取られたり、そのまま相手の中に閉じ込められたりするらしい。
今まで何度も人や物の記憶を読んだが問題ないと告げた浅葱に、安貞は呆れた様子で肩を竦めた。
「そりゃ、お狐様が側でお前を引き戻していたんだろう。同化してヤバいと思ったことがある筈だ」
心当たりはあった。信夫の湯呑の記憶を読んだ時だ。
その時、浅葱は信夫になっていた。意識は自分としてあるのに、体は動かない。心臓の痛みと共に、もうこのまま死ぬのか、と。
その時のことを思い出した浅葱はブルリと身を震わせた。
「分かっただろう?お前は無防備だ。死ぬなら勝手にすればいいが、ここまで力が強かったら下手したらその体を悪用される。……お狐様もそれを危惧されている」
「千草さんが?」
浅葱が千草の名前を呼んだ時、安貞のギョッとした顔。不思議に思う浅葱に安貞は今日何度目かわからないため息をついた。
「真名ではないとは言え、お狐様のご尊名を口にするとは畏れ多い奴だな」
もうこれ以上は話しても無駄だというように安貞は首を振ると、早速力のコントロールの仕方を教え始めた。
※
息を整え、集中する。
さえの記憶の中のマーちゃんの気を辿る。
(よし、捕まえた)
さえの中のマーちゃんの記憶から、今生きているマーちゃんに意識を飛ばす。
普通なら出来ないことだ。だが元々、残留思念を辿れたこと、お狐様の力と修行の成果で浅葱はこの技を身につけられたのだ。
浅葱はマーちゃんの意識を読み取る。
弱く今にも消えそうな意識だが、辛うじて生きている。
浅葱はこの意識の糸が切れないように注意深くマーちゃんの記憶を探る。
「雨戸……かな?いや違うな。観音扉……。蔵?」
「庭の蔵か!」
地主が声をあげる。浅葱はまだ虚ろな目をして頷きながらもう少し気を探る。
「中で……遊んでると、長持の蓋が空いていて……そこに落ちて、衝撃で長持ごとひっくり返って出られない」
そこまで読んだ浅葱は、意識をマーちゃんから離した。
数回呼吸をし、息を整えると地主とさえに向かって声をかける。
「庭の蔵にマーちゃんはいます」
※
「ただいま戻りました」
帰ってきた浅葱は自室に戻っていた千草に声をかける。
「猫は無事だったようだな」
千草は窓際の椅子に座り、本を読みながら答えた。
経緯は地主からのお礼の電話で既に知っていた。
浅葱ははにかみながら答える。
「ええ。脱水が酷くてしばらく入院しますが、命に別状はなかったです。あと少し発見が遅かったら危なかっただろうって」
何かをやり遂げた自信に満ちている浅葱に千草は伝えた。
「時々は浅葱も依頼を回そう。その中でお主は力の使い方を実践で学ぶが良い」
「わかりました」
答えた浅葱はまだ店があるからと部屋を出ていく。
部屋を出る直前、爆弾発言を残して。
「千草さん今回の依頼、ご自身の力で解決できましたよね?……僕を信じてくれてありがとうございます。微力ですけど、千草さんのお役に立てて嬉しいです」
千草は一瞬だけ眉を上げて驚きを表すが、浅葱は気付かず店へ降りていった。
「浅葱め。力をつけたからか、言うようになったの」
千草の顔はどこか嬉しそうな一方、憂いを含んでいた。
「そろそろ、妖狐共も動く頃だの」
その言葉は、夕焼け空に吸い込まれて千草以外の耳には届かなかった。
――Fox Tail――
そこは、力の使い方を知った元人間が働く喫茶店。
力を使うたびに人間としてかけ離れていく。
だが、元人間にとってはそんなことは、些末なこと。
愛しい主のために力を使えるのであれば、
この命を賭しても惜しくない。
そうして元人間は、ますます想いを募らせていくのだった。
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