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7.束の間の平穏
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※
「わしはここまでじゃ」
浅葱を連れて空を飛び、ある古い家の前に着くと多尾はそう告げた。
「ありがとうございます」
丁重に礼を言う浅葱をじっと見つめる多尾。
視線が気になり口を開く浅葱より早く、多尾が話しだした。
「千草の力を借りずともお主は自らの身を守れるようになるのじゃ」
「……?え、ええ。わかりました」
突然の多尾の言葉に浅葱は戸惑いつつも返事をする。
「そしてブレるな。あやつが人間と生きたいと願った。その事を信じ続けるのじゃ」
「もちろんです。お狐様は嘘をつかない。その一言が千草さんにとってどれ程重いのか理解しています。そして、千草さん以上に僕は彼女と共に在りたい」
今度は力強く答えた。
浅葱の言葉に嘘はない。その事を感じ取った多尾は笑い声を上げると、浅葱の額に手を当てた。
「わしが絡んでおるとバレると少々面倒なのでな。わしに会った記憶を消すぞ」
多尾の言葉が届くと同時に浅葱は気を失った。
「もしもし、大丈夫でしょうか?」
たおやかな女性の声と、少々荒っぽく体を揺さぶられる衝撃で浅葱は目が醒めた。
「……っつ。ここは?」
「こちらは私の家です。浅葱さん……でしょうか?」
声の主の女性と、体を揺さぶった男性が浅葱の目に映る。
どちらも狩衣姿だ。
二人に黙って頷いた浅葱に女性は顔を綻ばせる。
妙齢の女性だ。歳を重ねているようにも若くも見える。
男性は30歳前後といったところか。
その男性に引っ張られるように立ち上がると、浅葱は礼を言う。
「ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらずに。体は痛めてない?」
くるりと目を走らせ、体を動かしてみるが痛むところはない。
「ええ、ありません」
なら良かった、と言うと女性はそこで初めて名乗った。
「私はこの家の当主の白木 安子です。こちらは息子の安貞。白木家は巫覡の家系です」
「ふげき?」
ピンときていない浅葱に安子は頷く。
「ええ。わかりやすくお伝えすると巫女の家系というところでしょうか?そして、あなたも巫覡の血が流れています」
「えっ?僕に!?」
突然の指摘で驚く浅葱を見た二人は顔を見合わせる。
「修行の前に座学だな」
それまで無言だった安貞がため息をつきながら呟くと、浅葱について来るように促す。
浅葱は戸惑いながらも、スタスタ先を歩く安貞に置いて行かれないように早足で歩を進めた。
※
安貞の講義は、浅葱が知らないことだらけだった。
巫覡の家系といっても多様であること。
術を使うのに長けている者、その身に魂を宿らせることができる者、モノの記憶を読める者、魂を呼び寄せることが出来る者……。
一つ共通しているのは、生まれ持った能力であること。
欲しいと願っても才能がない限りはどれだけ修練を積もうと無駄ということだった。
「お前は同調能力に長けているからな。今のように無防備ならあっという間に死ぬ」
「はぁ」
あまりにも突然のこと過ぎて言葉が出ない浅葱は気の抜けた声を出す。
安貞は気にせず話し続ける。
「ということで、お前には自分の身を守れるくらいの結界と簡単な祓いの術を覚えてもらう。というか、お前にどれだけ教えても精々その程度しか習得できない」
「それはどういうことですか?」
安貞よりも圧倒的に長生きをしている筈なのに、浅葱はつい敬語で話してしまう。
「力の性質が違うからだ」
安貞によると、力にはそれぞれの性質があり、違う性質の技を習得することはほぼ不可能に近いそうだ。
火が水になれないように、力もまたその性質を超えられない。
覚えることが出来るのは力を使う基礎となる術だけらしい。
「まぁ、お前は妖狐様の力が混じっているから、習得できないかもな」
浅葱は驚く。安貞と話していると驚くことばかりだ。それでもまだ序の口だった。
「なんでわかるんですか?」
「ん?簡単だよ。先祖に妖狐様と夫婦になった者がいる。だから、白木の人間はアヤカシの――特に妖狐様の匂いがわかるんだよ」
最後に付け加えられた言葉。
浅葱は驚愕のあまり、安貞をただただ見つめるしかなかった。
※
「ただいま帰りました!」
2ヶ月ぶりに店の空気を胸いっぱいに吸い込むと、浅葱は元気よく帰宅を告げた。
「おかえりなさい!お久しぶりです!」
そう答えたのは若葉だ。千草はカウンター内のいつもの席からチラリと浅葱を見て、フッと笑った。
浅葱は今呼吸をするのと同じように、自らの身を守る結界を張っている。
千草の結界に比べると大したことはないが、害をなす小物くらいは寄せ付けないだろう。
修行がうまく行ったことにホッと胸をなでおろす。
「得るものは多かったようだの」
「ええ、とても充実していました」
ならば、と千草は浅葱を手招きする。
「修行の成果を見せてもらおうか」
抽斗からおもむろにメモを取り出すと浅葱に渡す。
「そろそろ帰って来る頃だと思うてな、依頼を受けておった。この者を訪ねて願いを聞き届けよ」
浅葱はメモを受け取ると力強く頷いた。
「わしはここまでじゃ」
浅葱を連れて空を飛び、ある古い家の前に着くと多尾はそう告げた。
「ありがとうございます」
丁重に礼を言う浅葱をじっと見つめる多尾。
視線が気になり口を開く浅葱より早く、多尾が話しだした。
「千草の力を借りずともお主は自らの身を守れるようになるのじゃ」
「……?え、ええ。わかりました」
突然の多尾の言葉に浅葱は戸惑いつつも返事をする。
「そしてブレるな。あやつが人間と生きたいと願った。その事を信じ続けるのじゃ」
「もちろんです。お狐様は嘘をつかない。その一言が千草さんにとってどれ程重いのか理解しています。そして、千草さん以上に僕は彼女と共に在りたい」
今度は力強く答えた。
浅葱の言葉に嘘はない。その事を感じ取った多尾は笑い声を上げると、浅葱の額に手を当てた。
「わしが絡んでおるとバレると少々面倒なのでな。わしに会った記憶を消すぞ」
多尾の言葉が届くと同時に浅葱は気を失った。
「もしもし、大丈夫でしょうか?」
たおやかな女性の声と、少々荒っぽく体を揺さぶられる衝撃で浅葱は目が醒めた。
「……っつ。ここは?」
「こちらは私の家です。浅葱さん……でしょうか?」
声の主の女性と、体を揺さぶった男性が浅葱の目に映る。
どちらも狩衣姿だ。
二人に黙って頷いた浅葱に女性は顔を綻ばせる。
妙齢の女性だ。歳を重ねているようにも若くも見える。
男性は30歳前後といったところか。
その男性に引っ張られるように立ち上がると、浅葱は礼を言う。
「ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらずに。体は痛めてない?」
くるりと目を走らせ、体を動かしてみるが痛むところはない。
「ええ、ありません」
なら良かった、と言うと女性はそこで初めて名乗った。
「私はこの家の当主の白木 安子です。こちらは息子の安貞。白木家は巫覡の家系です」
「ふげき?」
ピンときていない浅葱に安子は頷く。
「ええ。わかりやすくお伝えすると巫女の家系というところでしょうか?そして、あなたも巫覡の血が流れています」
「えっ?僕に!?」
突然の指摘で驚く浅葱を見た二人は顔を見合わせる。
「修行の前に座学だな」
それまで無言だった安貞がため息をつきながら呟くと、浅葱について来るように促す。
浅葱は戸惑いながらも、スタスタ先を歩く安貞に置いて行かれないように早足で歩を進めた。
※
安貞の講義は、浅葱が知らないことだらけだった。
巫覡の家系といっても多様であること。
術を使うのに長けている者、その身に魂を宿らせることができる者、モノの記憶を読める者、魂を呼び寄せることが出来る者……。
一つ共通しているのは、生まれ持った能力であること。
欲しいと願っても才能がない限りはどれだけ修練を積もうと無駄ということだった。
「お前は同調能力に長けているからな。今のように無防備ならあっという間に死ぬ」
「はぁ」
あまりにも突然のこと過ぎて言葉が出ない浅葱は気の抜けた声を出す。
安貞は気にせず話し続ける。
「ということで、お前には自分の身を守れるくらいの結界と簡単な祓いの術を覚えてもらう。というか、お前にどれだけ教えても精々その程度しか習得できない」
「それはどういうことですか?」
安貞よりも圧倒的に長生きをしている筈なのに、浅葱はつい敬語で話してしまう。
「力の性質が違うからだ」
安貞によると、力にはそれぞれの性質があり、違う性質の技を習得することはほぼ不可能に近いそうだ。
火が水になれないように、力もまたその性質を超えられない。
覚えることが出来るのは力を使う基礎となる術だけらしい。
「まぁ、お前は妖狐様の力が混じっているから、習得できないかもな」
浅葱は驚く。安貞と話していると驚くことばかりだ。それでもまだ序の口だった。
「なんでわかるんですか?」
「ん?簡単だよ。先祖に妖狐様と夫婦になった者がいる。だから、白木の人間はアヤカシの――特に妖狐様の匂いがわかるんだよ」
最後に付け加えられた言葉。
浅葱は驚愕のあまり、安貞をただただ見つめるしかなかった。
※
「ただいま帰りました!」
2ヶ月ぶりに店の空気を胸いっぱいに吸い込むと、浅葱は元気よく帰宅を告げた。
「おかえりなさい!お久しぶりです!」
そう答えたのは若葉だ。千草はカウンター内のいつもの席からチラリと浅葱を見て、フッと笑った。
浅葱は今呼吸をするのと同じように、自らの身を守る結界を張っている。
千草の結界に比べると大したことはないが、害をなす小物くらいは寄せ付けないだろう。
修行がうまく行ったことにホッと胸をなでおろす。
「得るものは多かったようだの」
「ええ、とても充実していました」
ならば、と千草は浅葱を手招きする。
「修行の成果を見せてもらおうか」
抽斗からおもむろにメモを取り出すと浅葱に渡す。
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