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6.懐かしい場所

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「お主を助けたのは気まぐれだった」
千草は寝転んだまま話を続けた。
「元々、黒狐は人間と共に生きたいさががある。だが、今では人間と関わるのは禁じられておる。そのことに疑問も持たず、狐として生きておった」
千草の過去を聞くのは初めてだ。静かに浅葱は千草の独白を聞く。
「だが、性というのは変えられぬ。どこか知らず知らずの内に負荷がかかっておったのだろう」
天に向かって右手を差し出した。
「ある時吾の力が爆発し、この手で何人もの人間の命を奪ってしまったのだ。
共に生きたいと願っていたのに、自らの手で人間を殺めた。
……今、吾がここにいるのもその償いじゃ」

その時のことを思い出しているのか、千草は一瞬顔をしかめる。
が、すぐに平静を取り戻した千草は起き上がり、正面から浅葱を見つめた。
「人間の寿命を意図的に伸ばすのも許されておらん。だが、あの時の吾はすべて投げやりになっておった。今更一つ罪が増えた所で対して変わらぬと。
お主がいずれ人間と共に生きたいと願った時に叶えられるように、最低限の妖力だけ渡した」
浅葱は何も言わない。ただ、いつものようにそこに在り、穏やかに千草の視線を受け止めていた。

いつもと変わらぬ浅葱の瞳。その目を見ると千草は自分が背負っていた肩の荷が降りるのを感じた。
「お主に力を与えたのを何処かで後悔しておった。人間は人間として生きた方が良いのに、吾のエゴで歪めてしまったことを。だが……」
千草は一旦言葉を切り、浅葱に微笑んだ。
それは浅葱が今まで見たことのないくらい、艶やかな、それでいて晴れ晴れしい笑顔だった。
顔が赤くなるのを止められない。それでも浅葱は千草から目線を逸らさず、いや、逸らすことができず見つめ返す。


「狐と共に在るよりも吾は人間の、特に浅葱の側にいるほうが心地よい」
咄嗟のこと過ぎて浅葱は声が出なかった。千草は気にも止めず話を続ける。
「浅葱の気は良い気だ。お主の気に惹かれ、集まる人間の気も心地よい。浅葱が人間としてもう生きられないなら、吾と共に在ろう」

只々嬉しかった。自ら提案したのにも関わらず、お狐様がまさか共に生きると決断してくれるなど予想だにしてなかった。
これだけで満足しておけばいい、そう頭では分かっているのにも関わらず、心はこの答え以上のモノを望んでいた。
欲だと分かっている。エゴだと分かっている。
それでも、聞かずにはいられなかった。
そして、今なら答えてくれるだろうという予感もあった。
ゴクリ、と浅葱の喉が鳴る。

「それは……」
予想よりも声が掠れた。
「僕のことが好きということですか?」
「そうじゃ」
間髪入れずに返事があった。
喜びも束の間、千草の続きの言葉に浅葱は落胆する。
「若葉も朱里も玄樹も、今は亡き信夫も好きなのと同じように浅葱のことも好いとる」
大きな大きなため息が出た。
千草は何故なのか分からない様子で首を捻る。

「お狐様」
浅葱が珍しい呼び方をした。そう呼ばれていたのはまだ彼が吾郎だった時以来だ。
「僕もお狐様のことが好きです。でも、僕の『好き』は特別な『好き』なんです。わかりますか?」
千草は考えるように腕を組む。が、答えは見つからないようだ。
ウンウン唸っていたが、明暗を思いついたように晴れやかな顔をして口を開いた。
「今はわからぬが、浅葱と居ればいずれわかるか?」

浅葱は力が抜けたように、その場に寝転ぶ。
顔を両手で覆った浅葱は絞り出すように声を出した。
「多分……わかると思います」
そうか、と満足そうに頷く千草を浅葱はしばらく見ることはできなかった。
「千草さん」
「ん?」
浅葱の顔を覗き込む千草に思いの丈をぶつける。
「好きですよ、昔から今も」
「そんなことなど、とうに知っておる」
笑いながら答える千草に、浅葱の口から違うんだよな、という言葉がこぼれた。


――Fox Tail――

そこは、黒狐が営む喫茶店。

人と生きることを禁忌として、自ら枷を嵌めていた狐だが、
さがに抗うことを止めた。

人間が好きな黒狐は、自らの妖力を分けた一人の半端者と共に生きる。

その決断は

修羅の道だということは

今はまだお狐様しか、知らない……。
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