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6.懐かしい場所

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眩しい陽射しに目を開けた千草の目に映ったのは、自分の部屋ではない場所だった。
「そうじゃ。ここは……」
千草がたまきとして初めて任された稲荷神社であり、浅葱と初めて出会った場所であり、今でも唯一千草が管理している社だった。
貧相な神社だ。
鳥居をくぐるとすぐに狛狐がおり、奥に形ばかりの社があるだけ。
それでも千草にとってはこの小さな稲荷はかけがえのないものだった。

「たまきさま、おめざめですか?」
普段この社を管理させている狐が挨拶に来る。
千草が頷くのを確認すると、地面に擦り付けるように叩頭する。
「あさげのじゅんびができております」
千草は立ち上がり、ねぎらいの言葉をかける。
「悪いな、気を遣わせたようだ」
その一言に飛び上がるように驚いた狐。その様子に逆に千草がびっくりする。
「なんじゃ?」
口をあんぐり開けたままの狐に千草は問いかける。
狐は何も言えない代わりに乱れた気が千草に伝わってきた。

――誰にも媚びない孤高の黒狐のたまき様が下々の者にねぎらうとは。

天変地異かというぐらい驚いている狐の気配に、思わず苦笑をすると千草は言った。
「そんなに変わったかの?」
千切れる勢いで首を縦に振る狐に、千草も困ったように笑うしかなかった。


狐が作った朝餉を食べると、千草は神社の裏手に向かう。
少し神社から歩いたところに、お気に入りの場所があるのだ。
「変わらぬな、この場所は」
山の上の少し拓けた場所。野草が咲き乱れ、眼下には小さい町が見える。
草の間に寝転ぶと、草木に宿った命たちが挨拶に来る。
適当にあしらうと、千草は目を閉じ大きく息を吸った。




「事実か、たまき」
「ええ」
あの夜家を出た後、千草が最初に訪れたのは妖狐というより仙人の域に近い狐の元だった。
妖狐界の中でも彼の名前を知っているものはいない。
ただ、多尾たおと呼ばれていた。
それは彼の尾が18本あることに由来をしていた。
九尾を二人食べたからだとか、二人の狐が同化したからだとか様々な噂は流れるが、真実は誰にもわからなかった。
ただ、遥か昔から生きている多尾は妖狐界の生き字引だ。
彼ならわかるだろうか、という期待感と千草とは違った意味で狐界からは距離を置いている気楽さで最初に足を向けたのだった。

「多尾様はどう思われますか?浅葱のことを」
ふむ、と答えた多尾は千草に盃をつきだす。
求められるままに酒を注ぐ。
多尾の周りには空になった酒瓶がすでに3つ転がっていた。
多尾に教えを請うときは大量の酒が必要だ。それも上質な日本酒が。持ってきた数で足りるか心配をする千草をよそに多尾は盃を重ねる。

「普通なら妖狐の気をただの人間が取り込むことは出来ぬ。
安倍某のように妖狐の血を引いてなければ、妖力に当てられ死ぬだけだ。
お前がかつて人間に体液を分け生きながらえさせた方法も、お前の力とその人間の素質があったからこそ出来た荒業だ」
千草は黙って頷く。

人間の寿命を永らえさせる。それが使えるのは妖狐の中でも限られており、なおかつ人間側の素質も求められる。
元々人間の気と狐の妖力は交わるように出来ていないのだ。

「視える、といったな」
「ええ。吾が力を与える以前より視えておりました」
顎ひげを撫でながら多尾は一つの考えを話す。
かんなぎの家系だろう」
「覡?」
多尾は千草の注ぐ酒を飲みながらポツリポツリと話す。
かつてこの国には、神をその身に降ろすことが出来る人間がいたことを。
男は覡、女はかんなぎと呼ばれていた。
「今では廃れた能力だ。代を重ねるにつれ、血が薄まるのは自然の摂理。特に人間は代替わりが早い」
「ならば浅葱は……」
「先祖返りだろう。覡はその身に神を宿すため、心も体も無にすることができる。
……その表情は思い当たることがあるようだな」
千草の表情の変化に気づいた多尾。千草は黙って頷く。
浅葱の何もかも受け入れることのできる特異な能力。
思い当たるフシはあった。

そして千草は一番聞きたかったことを尋ねる。
「多尾様、浅葱の妖力を取り除くことはできるのでしょうか?」
「無理じゃ」
痛そうに眉をひそめる千草に容赦ない多尾の言葉が来る。
「お主がどのような意図で力を分けたか知っておる。だが、その人間はもうお主の妖力を取り込み過ぎた。二度と戻ることはない。
人間にもアヤカシにもなれない半端者として生きるしかないだろう」


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