11 / 47
4.崩れ牡丹
3
しおりを挟む
※
『安倍の名を出されると動かざるを得ない。勤めを果たせ、たまき』
八紘からの手紙にはそう記されていた。
――たまき。
それは千草がかつて呼ばれていた名だ。そして妖狐の世界から追放のような形で人間の生活圏に降りてきている千草に、たった一つ課せられている任務。
――安倍家が妖狐の力を悪用するなら止めること――
ため息をつき、千草は言い放つ。
「呪詛を解いたところでお前の体に巣食っている病は取り除けん」
郷田はガンに冒されていた。きっかけは呪詛だった。だが、全身に行き渡ったガン細胞は呪詛を取り除いたとしても、もう取り除けない。
多少死期を遅らせることだけだ。
「なぁに、動けさえすれば何とかなるさ」
ヒュッヒュッと息を上手く吐き出せないようにしながらも笑う郷田に、千草は嫌悪しか感じなかった。
「金はいらぬ。あのような血で汚れた金など」
「これは幸いじゃ。1億は安くはないからの」
ニタリと笑う郷田にますます不快感が増す。
だがこれ以上、妖狐の名を穢すわけにはいかない。
任務を果たすべく、重い足取りで郷田に近づくと左手を伸ばした。
「千草さん」
郷田に触れる瞬間、浅葱の手が千草を止める。
「僕に呪詛を移してください」
「なっ……。どういうことかわかっているだろう?」
浅葱には千草がどうやって呪詛を祓うのか嫌になるくらい知っていた。
千草は呪詛返しをしない。その身に呪詛を取り込み、自らの妖力で少しずつ呪詛を浄化させる。
「ええ。だからこそです。それに前に約束しました」
「そうだが……。だが、この呪詛は思ったより複雑だ。死ぬより辛い痛みが全身を襲うだろう。」
「それなら尚更千草さんに取り込ませる訳にはいきません。それに……約束を違えるのですか?」
狐は約束を違えない。そのことを逆手にとった浅葱の言葉。苦しそうに眉間にシワを寄せながらも千草はすぐに判断することができなかった。
※
「なぜ、呪詛返しをしないのですか?千草さんの力なら出来ますよね?」
以前、仕事で受けた呪詛は少々厄介だった。一ヶ月浄化にかかった千草は珍しくやつれていた。
そんな表情を見ると、浅葱はつい強い口調で聞いてしまう。
浅葱の珍しく強い口調に千草は驚く。と、同時に言うべきか悩んだ。
千草にとってもまだ折り合いがつけられていないことだったからだ。
沈黙は否定と感じ取ったのだろう。
悲しそうに眉を寄せた浅葱は、千草のおでこに自らのおでこを合わせる。
「千草さん、僕はあなたが……傷つくのを見たくない」
第三の目があると言われる眉間を合わせていることで、浅葱の気持ちがダイレクトに伝わってくる。
心から心配している浅葱の気。
誰にも言うつもりはなかった本音がこぼれたのは、心が弱っていたからだろう。
「……もう吾の手で、むやみに誰かを殺めたりするのは嫌なのだ」
千草の目から一筋だけ流れる涙をそっと指で拭った浅葱は優しく微笑む。
「僕も千草さんが傷つくのはみたくない。だから、これから呪詛を受ける場合は僕の体に移してください」
「……だが」
「僕は千草さんが生きている限り死にません。僕にとって自分が傷つくよりも、千草さんが一人で背負っていることの方が辛い。……あなたの痛みを、苦しみを分けてください」
浅葱の言葉に嘘はない。触れ合っているところから感じ取れる浅葱の優しさ。
「承知した」
そう答えたのは気まぐれだった。だが、浅葱はホッとした表情を見せると、千草を一度だけ強く抱き締める。
「約束です」
浅葱の気持ちが伝わってくる。だが、人間と交わるのは既に禁忌だ。それに千草には浅葱に特別な感情は持っていない。他の人間より少し特別な力があり、便利だから手元に置いているだけだ。
そのことも浅葱は触れているところから感じ取ったのだろう。そっと体を離した浅葱はすべて悟っているような笑みを浮かべている。
なぜか、その笑顔に――腹が立った。
『安倍の名を出されると動かざるを得ない。勤めを果たせ、たまき』
八紘からの手紙にはそう記されていた。
――たまき。
それは千草がかつて呼ばれていた名だ。そして妖狐の世界から追放のような形で人間の生活圏に降りてきている千草に、たった一つ課せられている任務。
――安倍家が妖狐の力を悪用するなら止めること――
ため息をつき、千草は言い放つ。
「呪詛を解いたところでお前の体に巣食っている病は取り除けん」
郷田はガンに冒されていた。きっかけは呪詛だった。だが、全身に行き渡ったガン細胞は呪詛を取り除いたとしても、もう取り除けない。
多少死期を遅らせることだけだ。
「なぁに、動けさえすれば何とかなるさ」
ヒュッヒュッと息を上手く吐き出せないようにしながらも笑う郷田に、千草は嫌悪しか感じなかった。
「金はいらぬ。あのような血で汚れた金など」
「これは幸いじゃ。1億は安くはないからの」
ニタリと笑う郷田にますます不快感が増す。
だがこれ以上、妖狐の名を穢すわけにはいかない。
任務を果たすべく、重い足取りで郷田に近づくと左手を伸ばした。
「千草さん」
郷田に触れる瞬間、浅葱の手が千草を止める。
「僕に呪詛を移してください」
「なっ……。どういうことかわかっているだろう?」
浅葱には千草がどうやって呪詛を祓うのか嫌になるくらい知っていた。
千草は呪詛返しをしない。その身に呪詛を取り込み、自らの妖力で少しずつ呪詛を浄化させる。
「ええ。だからこそです。それに前に約束しました」
「そうだが……。だが、この呪詛は思ったより複雑だ。死ぬより辛い痛みが全身を襲うだろう。」
「それなら尚更千草さんに取り込ませる訳にはいきません。それに……約束を違えるのですか?」
狐は約束を違えない。そのことを逆手にとった浅葱の言葉。苦しそうに眉間にシワを寄せながらも千草はすぐに判断することができなかった。
※
「なぜ、呪詛返しをしないのですか?千草さんの力なら出来ますよね?」
以前、仕事で受けた呪詛は少々厄介だった。一ヶ月浄化にかかった千草は珍しくやつれていた。
そんな表情を見ると、浅葱はつい強い口調で聞いてしまう。
浅葱の珍しく強い口調に千草は驚く。と、同時に言うべきか悩んだ。
千草にとってもまだ折り合いがつけられていないことだったからだ。
沈黙は否定と感じ取ったのだろう。
悲しそうに眉を寄せた浅葱は、千草のおでこに自らのおでこを合わせる。
「千草さん、僕はあなたが……傷つくのを見たくない」
第三の目があると言われる眉間を合わせていることで、浅葱の気持ちがダイレクトに伝わってくる。
心から心配している浅葱の気。
誰にも言うつもりはなかった本音がこぼれたのは、心が弱っていたからだろう。
「……もう吾の手で、むやみに誰かを殺めたりするのは嫌なのだ」
千草の目から一筋だけ流れる涙をそっと指で拭った浅葱は優しく微笑む。
「僕も千草さんが傷つくのはみたくない。だから、これから呪詛を受ける場合は僕の体に移してください」
「……だが」
「僕は千草さんが生きている限り死にません。僕にとって自分が傷つくよりも、千草さんが一人で背負っていることの方が辛い。……あなたの痛みを、苦しみを分けてください」
浅葱の言葉に嘘はない。触れ合っているところから感じ取れる浅葱の優しさ。
「承知した」
そう答えたのは気まぐれだった。だが、浅葱はホッとした表情を見せると、千草を一度だけ強く抱き締める。
「約束です」
浅葱の気持ちが伝わってくる。だが、人間と交わるのは既に禁忌だ。それに千草には浅葱に特別な感情は持っていない。他の人間より少し特別な力があり、便利だから手元に置いているだけだ。
そのことも浅葱は触れているところから感じ取ったのだろう。そっと体を離した浅葱はすべて悟っているような笑みを浮かべている。
なぜか、その笑顔に――腹が立った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり
枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★
大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。
悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。
「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」
彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。
そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……?
人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。
これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~
保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。
迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。
ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。
昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!?
夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。
ハートフルサイコダイブコメディです。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
海の見える家で……
梨香
キャラ文芸
祖母の突然の死で十五歳まで暮らした港町へ帰った智章は見知らぬ女子高校生と出会う。祖母の死とその女の子は何か関係があるのか? 祖母の死が切っ掛けになり、智章の特殊能力、実父、義理の父、そして奔放な母との関係などが浮き彫りになっていく。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
あやかし猫の花嫁様
湊祥@書籍13冊発売中
キャラ文芸
アクセサリー作りが趣味の女子大生の茜(あかね)は、二十歳の誕生日にいきなり見知らぬ神秘的なイケメンに求婚される。
常盤(ときわ)と名乗る彼は、実は化け猫の総大将で、過去に婚約した茜が大人になったので迎えに来たのだという。
――え⁉ 婚約って全く身に覚えがないんだけど! 無理!
全力で拒否する茜だったが、全く耳を貸さずに茜を愛でようとする常盤。
そして総大将の元へと頼りに来る化け猫たちの心の問題に、次々と巻き込まれていくことに。
あやかし×アクセサリー×猫
笑いあり涙あり恋愛ありの、ほっこりモフモフストーリー
第3回キャラ文芸大賞にエントリー中です!
半妖のいもうと
蒼真まこ
キャラ文芸
☆第五回キャラ文芸大賞『家族賞』受賞しました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございました。
初めて会った幼い妹は、どう見ても人間ではありませんでした……。
中学生の時に母を亡くした女子高生の杏菜は、心にぽっかりと穴が空いたまま父親の山彦とふたりで暮していた。しかしある日、父親が小さな女の子を連れてくる。
「実はその、この子は杏菜の妹なんだ」
「よ、よろしくおねがい、しましゅ……」
おびえた目をした幼女は、半分血が繋がった杏菜の妹だという。妹の頭には銀色の角が二本、口元には小さな牙がある。どう見ても、人間ではない。小さな妹の母親はあやかしだったのだ。「娘をどうか頼みます」という遺言を残し、この世から消えてしまったという。突然あらわれた半妖の妹にとまどいながら、やむなく面倒をみることになった杏菜。しかし自分を姉と慕う幼い妹の存在に、少しずつ心が安らぎ、満たされていくのを感じるのだった。これはちょっと複雑な事情を抱えた家族の、心温まる絆と愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる