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4.崩れ牡丹
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※
『安倍の名を出されると動かざるを得ない。勤めを果たせ、たまき』
八紘からの手紙にはそう記されていた。
――たまき。
それは千草がかつて呼ばれていた名だ。そして妖狐の世界から追放のような形で人間の生活圏に降りてきている千草に、たった一つ課せられている任務。
――安倍家が妖狐の力を悪用するなら止めること――
ため息をつき、千草は言い放つ。
「呪詛を解いたところでお前の体に巣食っている病は取り除けん」
郷田はガンに冒されていた。きっかけは呪詛だった。だが、全身に行き渡ったガン細胞は呪詛を取り除いたとしても、もう取り除けない。
多少死期を遅らせることだけだ。
「なぁに、動けさえすれば何とかなるさ」
ヒュッヒュッと息を上手く吐き出せないようにしながらも笑う郷田に、千草は嫌悪しか感じなかった。
「金はいらぬ。あのような血で汚れた金など」
「これは幸いじゃ。1億は安くはないからの」
ニタリと笑う郷田にますます不快感が増す。
だがこれ以上、妖狐の名を穢すわけにはいかない。
任務を果たすべく、重い足取りで郷田に近づくと左手を伸ばした。
「千草さん」
郷田に触れる瞬間、浅葱の手が千草を止める。
「僕に呪詛を移してください」
「なっ……。どういうことかわかっているだろう?」
浅葱には千草がどうやって呪詛を祓うのか嫌になるくらい知っていた。
千草は呪詛返しをしない。その身に呪詛を取り込み、自らの妖力で少しずつ呪詛を浄化させる。
「ええ。だからこそです。それに前に約束しました」
「そうだが……。だが、この呪詛は思ったより複雑だ。死ぬより辛い痛みが全身を襲うだろう。」
「それなら尚更千草さんに取り込ませる訳にはいきません。それに……約束を違えるのですか?」
狐は約束を違えない。そのことを逆手にとった浅葱の言葉。苦しそうに眉間にシワを寄せながらも千草はすぐに判断することができなかった。
※
「なぜ、呪詛返しをしないのですか?千草さんの力なら出来ますよね?」
以前、仕事で受けた呪詛は少々厄介だった。一ヶ月浄化にかかった千草は珍しくやつれていた。
そんな表情を見ると、浅葱はつい強い口調で聞いてしまう。
浅葱の珍しく強い口調に千草は驚く。と、同時に言うべきか悩んだ。
千草にとってもまだ折り合いがつけられていないことだったからだ。
沈黙は否定と感じ取ったのだろう。
悲しそうに眉を寄せた浅葱は、千草のおでこに自らのおでこを合わせる。
「千草さん、僕はあなたが……傷つくのを見たくない」
第三の目があると言われる眉間を合わせていることで、浅葱の気持ちがダイレクトに伝わってくる。
心から心配している浅葱の気。
誰にも言うつもりはなかった本音がこぼれたのは、心が弱っていたからだろう。
「……もう吾の手で、むやみに誰かを殺めたりするのは嫌なのだ」
千草の目から一筋だけ流れる涙をそっと指で拭った浅葱は優しく微笑む。
「僕も千草さんが傷つくのはみたくない。だから、これから呪詛を受ける場合は僕の体に移してください」
「……だが」
「僕は千草さんが生きている限り死にません。僕にとって自分が傷つくよりも、千草さんが一人で背負っていることの方が辛い。……あなたの痛みを、苦しみを分けてください」
浅葱の言葉に嘘はない。触れ合っているところから感じ取れる浅葱の優しさ。
「承知した」
そう答えたのは気まぐれだった。だが、浅葱はホッとした表情を見せると、千草を一度だけ強く抱き締める。
「約束です」
浅葱の気持ちが伝わってくる。だが、人間と交わるのは既に禁忌だ。それに千草には浅葱に特別な感情は持っていない。他の人間より少し特別な力があり、便利だから手元に置いているだけだ。
そのことも浅葱は触れているところから感じ取ったのだろう。そっと体を離した浅葱はすべて悟っているような笑みを浮かべている。
なぜか、その笑顔に――腹が立った。
『安倍の名を出されると動かざるを得ない。勤めを果たせ、たまき』
八紘からの手紙にはそう記されていた。
――たまき。
それは千草がかつて呼ばれていた名だ。そして妖狐の世界から追放のような形で人間の生活圏に降りてきている千草に、たった一つ課せられている任務。
――安倍家が妖狐の力を悪用するなら止めること――
ため息をつき、千草は言い放つ。
「呪詛を解いたところでお前の体に巣食っている病は取り除けん」
郷田はガンに冒されていた。きっかけは呪詛だった。だが、全身に行き渡ったガン細胞は呪詛を取り除いたとしても、もう取り除けない。
多少死期を遅らせることだけだ。
「なぁに、動けさえすれば何とかなるさ」
ヒュッヒュッと息を上手く吐き出せないようにしながらも笑う郷田に、千草は嫌悪しか感じなかった。
「金はいらぬ。あのような血で汚れた金など」
「これは幸いじゃ。1億は安くはないからの」
ニタリと笑う郷田にますます不快感が増す。
だがこれ以上、妖狐の名を穢すわけにはいかない。
任務を果たすべく、重い足取りで郷田に近づくと左手を伸ばした。
「千草さん」
郷田に触れる瞬間、浅葱の手が千草を止める。
「僕に呪詛を移してください」
「なっ……。どういうことかわかっているだろう?」
浅葱には千草がどうやって呪詛を祓うのか嫌になるくらい知っていた。
千草は呪詛返しをしない。その身に呪詛を取り込み、自らの妖力で少しずつ呪詛を浄化させる。
「ええ。だからこそです。それに前に約束しました」
「そうだが……。だが、この呪詛は思ったより複雑だ。死ぬより辛い痛みが全身を襲うだろう。」
「それなら尚更千草さんに取り込ませる訳にはいきません。それに……約束を違えるのですか?」
狐は約束を違えない。そのことを逆手にとった浅葱の言葉。苦しそうに眉間にシワを寄せながらも千草はすぐに判断することができなかった。
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「なぜ、呪詛返しをしないのですか?千草さんの力なら出来ますよね?」
以前、仕事で受けた呪詛は少々厄介だった。一ヶ月浄化にかかった千草は珍しくやつれていた。
そんな表情を見ると、浅葱はつい強い口調で聞いてしまう。
浅葱の珍しく強い口調に千草は驚く。と、同時に言うべきか悩んだ。
千草にとってもまだ折り合いがつけられていないことだったからだ。
沈黙は否定と感じ取ったのだろう。
悲しそうに眉を寄せた浅葱は、千草のおでこに自らのおでこを合わせる。
「千草さん、僕はあなたが……傷つくのを見たくない」
第三の目があると言われる眉間を合わせていることで、浅葱の気持ちがダイレクトに伝わってくる。
心から心配している浅葱の気。
誰にも言うつもりはなかった本音がこぼれたのは、心が弱っていたからだろう。
「……もう吾の手で、むやみに誰かを殺めたりするのは嫌なのだ」
千草の目から一筋だけ流れる涙をそっと指で拭った浅葱は優しく微笑む。
「僕も千草さんが傷つくのはみたくない。だから、これから呪詛を受ける場合は僕の体に移してください」
「……だが」
「僕は千草さんが生きている限り死にません。僕にとって自分が傷つくよりも、千草さんが一人で背負っていることの方が辛い。……あなたの痛みを、苦しみを分けてください」
浅葱の言葉に嘘はない。触れ合っているところから感じ取れる浅葱の優しさ。
「承知した」
そう答えたのは気まぐれだった。だが、浅葱はホッとした表情を見せると、千草を一度だけ強く抱き締める。
「約束です」
浅葱の気持ちが伝わってくる。だが、人間と交わるのは既に禁忌だ。それに千草には浅葱に特別な感情は持っていない。他の人間より少し特別な力があり、便利だから手元に置いているだけだ。
そのことも浅葱は触れているところから感じ取ったのだろう。そっと体を離した浅葱はすべて悟っているような笑みを浮かべている。
なぜか、その笑顔に――腹が立った。
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